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潜入

 クロロ炭鉱の歴史は、古いと言えなければ新しいとも言えない。鉱床が発見された時期はおよそ百年前にあたる。

 質の良い石炭を産出し、そばには緩やかな流れのモルオー川が走り。鉱床が発見されて直ぐクロロの町が興ったが、如何(いかん)せん山の奥深くは外洋へ出るには遠かった。

 そこで先人が目に付けた場所が川の下流域である。モルオー川の下流域は川幅が広く、まさに港を築いてくれと言わんばかりな立地条件であり、こうして石炭を外洋へ運ぶ中継地点として起きた町がハトゥーサで、ハトゥーサは瞬く間に隆盛した。

 近年はタバコの生産もあって更に賑わっている。さて、そのハトゥーサの港。巨大な車輪を持つとても大きな船が、外洋へ向けて旅立とうとしている。


「早く運べ、もたもたするな貧乏人!」


 倉庫が立ち並ぶ港では、小奇麗なセーラー服を着た男が威張り散らしていた。

 この尊大な男はミゼル商会に勤める水夫である。ハトゥーサ市街地に住む者で、船に荷を積み降ろしする人夫たちの監督をしていた。

 水夫は人夫たちを「貧乏人」と罵り、自身は特別なヒトであると信じて疑わなかった。これはタバコ農園の地主らに影響されたからだろうか、人夫たちを遠慮なく見下している。


「まーた言ってらぁあいつ。いつもいつも偉そうに」


 威張る水夫に中年の人夫が、共に(たる)を運ぶ若い人夫にぼやいた。

 今この港では、何十人もの人夫が樽や木箱を船に運んでいる。この人夫たちは郊外に住む人々であり、いつも傲慢に振る舞う水夫には腹を立てているが、歯向かえば目を付けられるため我慢して従っている。

 両者の関係は冷え切っており、一方は奴隷同然と見下し、もう一方は恵まれた身分を妬んでいる。知ってはいたが深い溝を目の当たりにし、若い水夫が嘆かわしいと溜め息を吐くと、

「……うん? おい貴様、見ない顔だな。ひょっとして新入りか?」

 と、水夫から呼び止められて振り返った若い人夫。この男、割と端正な顔立ちをしており、長い前髪で片目を隠している。


「挨拶が遅れて申し訳ありません。“ソロン”と申します」


 偽名を使うまでもない。そう若い人夫は堂々と自らの名を名乗った。

 そしてにっこりと、若い人夫が水夫に微笑(ほほえ)み、その爽やかな容姿を前にして水夫が戸惑う。

 共に荷を運ぶ中年の人夫が、ソロンと名乗る若い人夫のフォローをする。


「コイツは俺の(おい)っ子でさぁ」

「……貧乏人にしちゃあ品があるな。まあいい、キリキリ働くんだぞ」


 見慣れぬ顔だからと呼び止めた水夫だったが、気に留めず若い人夫を通した。

 目論見が露顕せずに済んで若い人夫が一息吐く。この男、刑事の部下・ソロンが人夫に化けた姿である。


「危なかったな、司直のあんちゃん」

「ええ。少し焦りましたね」


 ソロンが釣り上がった細い目を、さらに意味ありげに細めた。

 彼は中年の人夫と共に、ヒト一人くらいが入れるほどの大きな樽を運んでいる。その樽を抱えながらソロンが後ろを向くと、他の人夫たちも同じような三つの樽を引き止められることなく運んでいた。

 第一段階は成功だ。後は首尾を待つのみ。そうソロンが(あん)()すると、なぜか樽の中からソロンが呼ばれる。


「おい、まだか。この中は狭すぎるぞ」

「自分がこの作戦を立てたのでしょうが。我慢してください、後ろの子達は静かにしてますよ」

「ぬう。……では、後は頼んだぞ。俺が戻らぬようだったら直ぐに王に報告しろ」

「ハッ、何を仰ってるのですか。そもそも心配してませんから。もし刑事が殉職するような事態となったら、それは“終末”の始まりです。ザイオニアが総力を挙げてもどうにもなりはしませんよ」

「なんだそりゃ。いつもいつもお前はヒトをバケモノ扱いしやがって」


 ***


 人夫達が荷を積み終えてから(しばら)くして、船からタラップが引き上げられた。

 そして、黒光りする(いかり)が水面から現れ、船に立つ二本の煙突から白い煙が上がった。

 蒸気船が出港した。警告を知らせるような大音量の汽笛が鳴り響き、船体の両側面に取り付けられた巨大な車輪がモルオー川の水面を()ぐ。

 その船の船底部。船内中央の機関室を出て直ぐ、石炭の貯蔵庫内にあたる。

 貯蔵庫内に並べられた四つの樽。――ガタガタッ、と一つの樽が揺れる。


「ぬぅおぉぉ! 狭い! くそっ、ソロンめ! 俺をこんな狭い樽に閉じ込めやがって!」


 と思ったのも束の間。クライブと名乗るあの刑事が、なんと樽を内から壊して飛び出した。

 樽を卵に例えれば、あまりにも元気のあり過ぎる(ひな)である。確かに壊れた樽は小さく、背が高めなクライブの体には合っていなかった。

 樽を選んだのは部下のソロンである。以前小突かれた恨みがあったのだろうか。よって「ソロンの野郎め」と、クライブがこの場にいない部下に向かって毒づく。


「出港したな! よし、行くぞお前ら!」

「……うるせえな、このおっさん」

「ちょっと、静かにしてよおじさん」


 鬱憤を晴らすような彼の怒鳴り声を受け、まずはワラビが、次にジュリアが、並べられた樽からうんざりとした顔で出た。

 そしてあなたも、のっそりと樽の中から這い出る。


 あなたたちが樽の中に入っていた理由。船内に潜入するためであるが、何故ミゼル商会本体に乗り込まず船内なのか。

 理由は商会会長が乗船している事を知っていたからである。刑事二人は会長が暴動を恐れて洋上に逃れた事を知っており、そして今日補給の為に一旦寄港する事も知っていた。

 船内はある意味で都合が良かった。敵地だが、会長が危機を察しても逃走を図りづらいからだ。その事を踏まえたクライブは人夫たちに協力を仰ぎ、これに人夫たちは快く請け負った。


「遂に始めるのか。あんたたち、頼んだぜ」

「気休め程度だが薬や包帯も持ち込んである。俺達はそこの機関室にいるから必要だったら言ってくれ」


 貯蔵庫内に入ってきた汗だらけの男二人が、あなたたちを見つけて好意を示した。

 二人は機関室、つまり炉に石炭をくべる部屋で働く男たちであり、この二人も人夫らと同じくハトゥーサ郊外に住んでいた。

 刑事二人はあなたたちがクロロに滞在していた間、郊外のヒト達を味方に付けていた。だから樽による潜入が果たせ、会長が洋上に逃れたことを知っていたのである。

 ケシ畑を発見できたのは彼らの協力を得たのが大きい、とクライブは言っていた。また、郊外の人々も鉱山の閉鎖には胸を痛めていた。


「船を止めればいいんだな? 任せてくれ」

「うむ、すまんな。頼んだぞ」


 男二人が動力を止めに機関室へ向かう。

 この二人の他にも船内には協力者がいる、と刑事二人からあなたたちは聞いていた。


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