不撓不屈の正義
「なるほど、ケシを持っていたのは弟の方で、お前たちはあのシスターが謂れのない罪を被せられている、と言いたいわけか」
酔っている刑事を捕まえて部屋に入れたあなたたちは、先にジュリアから聞いた事をつぶさに話した。
クライブと名乗るこの刑事も事件の概要は知っていた。だから話が通じた。
「しかし証言が君たちだけではね」
口を挟んだ刑事の部下。悪人面の刑事とは対照的に、中々の甘いマスクを持っている。
釣り上がった細い目の片方を前髪で隠す彼は、椅子に座って腕を組む刑事の横に立っていた。酔っておらず、雰囲気は飄々とした感じだ。
部下の男はせせら笑っており、これにワラビが噛み付く。
「信じてないの? 私達はあのチャラい……シスターの弟が、この目でケシを出したの見てるのよ」
「フッ、君達はシスターの世話になっていたのだろう? そんな君達が無実を訴えても信用できないな。彼女に都合の悪いことは絶対に喋らないだろうし」
「そんなことするわけ」
「ハハッ、第一君達が騙されていることも有り得る。話を聞く限り、そっちの赤い髪の子だってシスターとの付き合いは半年も満たないのだろう? その程度の付き合いでシスターの何が分かっているというんだい? 君達の知らぬところで麻薬を常用していた可能性も有り得るわけじゃないか」
刑事の部下は信じなかった。それどころか取り付く島すら与えなかった。
真相の証明というのは難しい。あなたたちは持っていない、世間を納得させるだけの確かな信用を。
誇張、歪曲、果ては捏造。全てが全てとは言わないが、世論なんてものはそうして形成され、少しでも大衆が喜ぶ方向に編集されるもの。よってあなたたちの証言が幾ら真実であろうとも、取り上げる正義感の強い者がいなければ誰も耳を貸すはずがなく、関心のない大衆は権威ある司直の発表を信じ、真相は闇の中に葬られるだろう。
「あのシスターはとても美人で優しそうだからね。それが反ってアヘンを所持していたと知れば、みな嬉々としてその発表を信じるだろう。……ま、君達の話を信じることはできないな。せめてシスターと係わりのない第三者の話でないと」
「おい“ソロン”、子供をいじめるのもそのへんにしとけ。ともかく、シンシア・ミゼルがケシを所持していたから捕まえた。これが我々司直の判断だ」
腕を組む刑事がきっぱりと告げた。
その時、――ダンッ! と激しい音が響く。ジュリアが拳を壁に叩きつけていた。
憮然と憤怒。整った容姿がその二つを交え、刑事二人をわななきながら睨む。そして、
「ふざけんな、ふざけんじゃねえ! 先生じゃねえって言ってるだろうが! なんだよ、司直ってのは罪のないヒトに罪を着せる、こんなに腐ったところなのか!?」
十六歳の少女が四百年続く正義の組織を猛然と批判した。
今にも掴み掛かりそうなそうな勢いである。だが刑事と、ソロンと呼ばれた部下は、非難するジュリアの目を逸らさずに見つめ、
「だからだ、司直として幕を引いてしまった以上、俺達は別の手でシスターの冤罪を晴らしたいと考えている」
先の自身の言葉を続けるようにして刑事があなたたちに告げた。
「……すまんな、お前らの不満は重々に承知している。司直も四百年続いているとな、己の利益に心奪われ、志を忘れる者がたまに現われるのだ」
刑事は大人であれば組織に仕える者である。組織として決定してしまった以上、その決定にいくら不服を抱こうとも従わなければならない立場と事情があるのだろう。
屈辱に耐えているようだった。拳を握り締めて我慢している。刑事は身内の恥を、静かに、そして堪えるようにしてあなたたちに謝った。
気を取り直して刑事があなたたちを見据える。真剣な眼差しで、もう酔っている様子は見受けられない。
「俺もコイツも今回の事件には納得しておらん。そもそもシスターの弟が、ご禁制のケシの実をどこから手に入れたかお前ら知っているか?」
刑事があなたたちに尋ねた。確かにケシの出所はあなたも気になっていた。
何度も述べているが、この国ではケシを所持するだけで罰せられる。通常のルートでは手に入らないだろう。
ワラビとジュリアは答えられず、あなたは違法なルートでもあるのか、と訊く。ところが、
「なんのことはない、自分の家からだ。俺たちはハトゥーサの街を隅々まで調査した結果、タバコ農園に隠れてミゼル商会が所有するケシの畑を見つけた」
西方を代表する有名な会社が、犯罪に手を染めていた事実を知る。
「既にミゼル商会は裏で麻薬の製造、販売を行っている。我々司直を抱き込んで、何年も前からな」
司直を抱き込んで。この言葉を聞いてあなたの中で、今まで分散していた事柄の幾つかが繋がった。
商会の立場から考えると、遊び人が持っていたケシの実を放置しておくことはよろしくない。いずれ誰かが疑いを抱くからだ。
疑いを抱けば出所を探られる。ならばそうなる前に、いっそのこと娘に全て被せてしまえ。親はそう考えた。
後は権威ある司直に娘が犯人です、と宣言させれば良い。これで大衆の納得は得られる。最悪である。
現にクロロのヒト達の半数は信じており、その最悪のシナリオをあなたが刑事に尋ねる。すると、
「その通りだ。親父は娘に全て転嫁してしまえばいい、と考えた。これがシスター逮捕の真相だ」
と刑事は即答した。
ワラビは立ち尽くしている。ジュリアは愕然としている。
ミゼル商会会長とシスター。この親子の間に情などないようだ。娘をスケープゴートにしてまで、親が罪を逃れようとしている。
ジュリアが俯き、そして呟く。また大粒の涙を落として。
「そんなの、あっていいのかよ……。親が子に、罪をなすりつけるなんて」
「ジュリア」
「ワラビ、あたし、悔しいよ……」
ワラビの着物を縋るように掴むジュリア。さめざめと泣いている。
あなたが、クロロ鉱山の閉鎖について訊く。この事柄はシスターの逮捕と繋がっているのだろうか。
結論から言うと、そこまで関係なかった。しかし、
「これは商会と付き合いの長い者から聞いた話なのだが、クロロという土地は山深く、そのうえ道は山道とモルオー川しかないだろう? つまり出入りする人間の監視が非常に容易なわけだ。アヘンの売上に味を占めた会長は、更に多くのケシを作付けするべく、監視の利くクロロをケシの一大農園にするのではないかと聞いている」
刑事が商会の抱く、不幸な人々しか生み出さない邪悪な野望を明かす。
「鉱山を閉鎖してまでやることかよ。しかしこれを聞き出すには苦労したな」
「そうですか? 僕の目にはクライブ刑事が脅しているようにしか見えませんでしたが」
「おいソロン、貴様、余計なこと言うな」
「その言葉、そっくりそのまま送り返しますよ」
肩をすくめる部下に、刑事がしかめっ面を浮かべた。
酷い話である。誰も幸せにならない。商会は己の利益の為だけに数え切れない不幸を生み出そうとしている。
鉱夫はどうでもよいのか。今まで商会を支える為に汗水垂らして働いて来たはずだ。そんな何十年にも亘る功労者をいとも容易く切り捨ててしまうのか。路頭に迷わせてもいいのか。
あなたの脳裏に、働く鉱夫の姿や子供たちの笑顔、クロロの人々が浮かぶ。
「あのシスターが会長と別居しているのも麻薬あってだろう。悪に染まった親父に娘は付いていけなくなったのだ。……ケシの栽培を知っていたのなら、告げないのも罪ではあるのだがな」
「クライブ刑事、そこは大目に見てやりましょう。シスターは女性ですし、元々あの親子は仲が良かったと聞きます。親を信じたかったんじゃないのでしょうか?」
「ふん、どうした? いつもは冷たい貴様がやけに温情的じゃないか」
「冷たいとは心外ですね。僕の目にはシスターが正しく、会長が悪に映っただけですよ。酌量する余地などいくらでもあります、杓子定規も今回はよしましょう」
「ソロン、貴様は本当に意地の悪い性格をしている。そのつもりならこいつらをいじめる必要などなかっただろう?」
「フフッ。あのシスターがどこまで慕われているか知りたかったもので」
上司が部下との話を終え、あなたたちに向き直り、
「ということだ。ケシの実から始まる一連のシスターの逮捕に鉱山の閉鎖、これらは全てミゼル商会が黒幕だ」
と伝えた。信用してもいいだろう。あなたは以前この刑事が、ハトゥーサの街にて捜査していた事を知っている。
司直としては既に手を引いたのだ。彼は顔こそ悪人のようだが、彼の悪を許さぬ想いはひしひしと伝わる。不撓不屈の、この挫けぬ熱き心があるからこそ、世界一の権勢を誇るザイオニア王からの覚えが良いのだろうか。
そんな事を考えるあなたに刑事が、
「フッ、おまえのことだから分かっているだろうが、お前達が倒したと言うケルベロスも間違いなく商会が出所だ。これについて詳しいことは明かせんが、俺達は裏を取っている」
と言い、残る不可解な事柄も繋げた。
「しかし会長も何を考えているのやら。突然の鉱山閉鎖はどう見てもやり過ぎだろう?」
「何か企んでいるのかもしれませんね。会長が鉱夫たちの暴動を予測できないほど愚かとは思えませんし」
「現に船に逃げ込んだらしいな。そんなに“教団”に貢献して何をしたいのだか」
「クライブ刑事、その名前をここで口にしては」
「うおっと、……そうだったな」
慌てて口を閉ざした刑事が、立ち上がってあなたたちに言い渡す。
「まあ安心しろ。今回の調査で動かぬ証拠を俺たちは手に入れた。俺たちはこの証拠を会長の前で叩きつけようと考えている。司直としては手を引いたが、俺たちはこのくらいでは諦めん。シスターは俺たちが必ず救い出してやる」
刑事があなたたちに約束した。だが、あなたは納得いかなかった。
俺たち俺たちと、またこの刑事は戦士会の者は係わるなと言っている。それに、あの優しいシスターが謂れのない罪を被らされそうとしている。感情的にも、あなたは許せなかった。
気遣いなど御免だ。だからあなたが、今度は断らせない、と刑事に告げる。
「もう巻き込まれちゃったし、断れないよ、おじさん」
「おっさん、あたしも、戦う」
「誰がおじさんでおっさんだ! ……くっ、俺はお前らの身の保障をせんぞ!?」
承知の上である。
「……ええいっ、勝手にしろ! 付いて来たければ付いて来い!」




