謂れなき罪
「えっ? シスターが司直に捕まったって、ウソでしょ、ジュリア」
「本当だ。本当、なんだ……」
絞るように話したジュリアの言葉に、ワラビが信じられないといった顔で立ち尽くした。
乙女の涙をさらすわけにはいかない。あなたたちが泊まる部屋にジュリアを連れる。
そして、ジュリアから訳を訊いた。するとジュリアは、ここでも堰を切ったように涙を流し、
「あたしは、何度も何度も違うって言ったんだ。でもあいつら、司直の奴は聞かなかった。司直の奴ら先生を、“麻薬所持の疑いで逮捕する”つって、強引に手枷をはめて先生を連れて行っちまったんだ……」
シスターが司直に捕まった時の事をあなたたちに話した。
「なんでだよ、先生がどうして、こんな事になっちまったんだ……」
両の掌で顔を覆うジュリアの肩は、悔しそうに震えていた。
あなたたちが言葉を失う。あの慈愛に満ちあふれた優しいシスターが司直に捕まった。
しかし、納得がいかなかった。ケシの実を持ち込んだのはシスターの弟だ。間違いなくあなたたちは見ている。
シスターは、街の人々は否定しなかったのか。あなたが尋ねるが、
「先生はしたんだ。でも、あいつら先生がロイドの姉さんだからって、ハナっからロイドが持ってたケシは先生のなんだろう、って決め付けてんだ」
遊び人の姉なばかりに疑われてしまった旨をジュリアが話し、
「それに、街の半分くらいのヒトが司直の言うことを信じちまってるんだ。子供たちなんかは信じてくれてるけど、それでも掌を返したように冷たくてさ、あたし、すごく悔しくて……」
街を飛び出した訳を嘆くように語った。
シスターが実はケシを持っていた、などということはまずないだろう。ジュリアが共に長く暮らしている女性だ。それに弟の愚かな行為には猛反対していた。
だが、疑われる理由。そもそもシスター、一体何者なのか。それをあなたがジュリアに尋ねた。
一人で教会を経営し、弟が金を借りに来ていた。質素な身なりと暮らしぶりから金満家などということはないだろうが、それでも彼女の仕草や振る舞いはあの街におおよそ似合わない。すると、
「今まで黙っていてごめん、先生が嫌がるから話さなかったんだけど、……ハトゥーサに“ミゼル商会”って会社があるだろ? 先生はそこの会長の娘にあたるんだ」
この答えを聞いてあなたが目を見開かせた。
ミゼル商会は、クロロ炭鉱の経営権を握り、クロロの良質な石炭を供給または販売する会社として名を馳せている。西方では非常に有名で、ハトゥーサが石炭の町として知られるのは偏にこの会社があるからだ。
元々シスターの素性に疑問を抱いていたあなただったが、まさかそんな令嬢とは思わなかった。けれど東方出身のワラビは分かっていないようだったので、その旨をあなたが説明する。
「シスター、そんなお嬢様だったんだ」
「でも先生は、そんなの鼻にもかけずみんなと接している。あのヒトは、クロロの街と人々、それに鉱山を愛しているから修道士をしているんだ」
「ジュリア、シスターのこと好きなんだね」
「ああ、あんなヒトになりたいくらい憧れてるよ。だから助けたいんだ、先生を」
ジュリアのシスターに対する想いを話す傍ら、あなたがそういえば、と不自然なことを思い出した。
あの狂った化物・ケルベロスだ。なぜ遥か昔に滅んだはずの獣を、あの遊び人が飼っていたのか。
それに、死骸の回収だ。普通なら司直はケルベロスを倒したあなたたちから事情を訊くところだろう。しかし訊いてこなかった。それどころかさっさと回収してその存在を隠したいようだった。
ケルベロスは、シスターの逮捕と関連しているのか。一見無関係のように思えるが、あまりにもタイミングが重なる。連続で事が起こっている。
誰かが、あの化物の露見を恐れている。
「でも先生だけじゃない、街のみんなも酷い目にあってるんだ。……先生が捕まってから直ぐ、ミゼル商会の奴がクロロに来て、何の前触れもなく鉱山を閉鎖したんだ」
「ええっ!? それじゃあ、あそこで働いているヒトたちが」
「ああ、みんな職を失って路頭に迷っちまう。このままじゃ下手したら暴動だ。突然働く所がなくなってみんな商会に怒ってるよ」
俯くジュリアが辛そうに告げた。
酷い変心だ、何の告知も無いまま閉鎖なんて。あなたたちがクロロに滞在していたとき、そのような噂は微塵も聞かなかった。
閉鎖もあって街の人々はシスターに冷たくなったのだろう。だが何故、そのような事態になったのか。あなたが尋ねてみるが、ワラビと同じ歳の女の子が商会の内情など知る由もない。
聞くこと自体が間違っており、ジュリアは「分からない」と返した。これはあまりにも理不尽だ。何の落ち度もないヒト達が、突如として町を追われようとしている。
「なあ、あたし、ずっと迷っているんだ。先生は助けたい。でも、このままじゃ先生の無実を晴らしても、もうあの街に先生の居場所がない気がするんだ。ワラビ、アンタ、あたしどうしたらいいんだ、助けてくれ……」
シスターは鉱山を経営する商会の会長の娘。その会長が、クロロのヒト達を締め出そうとしている。
ジュリアの言うとおり、たとえシスターが釈放されてもその居場所はないだろう。職を失ったヒト達からシスターは憎しみを一身に受け、そして愛するクロロの街も無くなるのだから。
重たい助けであった。敵は西方で名の知られた会社と、世界一の国家権力である。対するあなたたちは何者でもない、どこにでもいる一介の戦士だ。たとえジュリアの助けに応じたとしても、その期待に添えられる結果にはならないだろう。
「キミ」
しかし、予想される結果など関係なかった。
ワラビが燃えている。親友の願いと、世話になった人々の危機に、瞳の中の焔を燃やしている。
この問題は一筋縄ではいかない。真の意味の解決は、無実の証明かつ鉱山の再開である。
たとえシスターのみ助けたところで、鉱山が閉鎖されていては悲しみを止められない。しかし、無罪と有罪では天と地ほどの差がある。シスターは何の縁もないあなたたちを快く泊めてくれた。
恩に報いらなければならないだろう。東に「一宿一飯」という言葉もある。どこまで出来るか分からないが、せめて、とあなたも決心する。
ひとまず司直だ。幸いあなたたちはある人物を知っている。それは、ハトゥーサで会っただらしない刑事。あの男から事情を訊き出し、問い質すしかあるまい。
王からの覚えが良いほどの人物なら、シスターの釈放だけでも叶うかもしれない。あなたとワラビが目を合わせて頷き、まずはあのクライブと名乗る刑事を探し出そうと決めたとき、
「くそう! こんなことあるかクソッたれ!」
やけにうるさくて聞き覚えのある声が、部屋の外から聞こえた。
「クライブ刑事、落ち着いてください。他の客に迷惑ですから」
「なんだとっ! これが落ち着いていられるか! 司直が悪に屈したんだぞ、俺は司直に勤めていてな、これほど情けないと思ったことはない!」
「いてっ! なに僕に八つ当たりしてるんですか!」
「うるさい!」
都合よく現れたため、あなたとワラビが驚いた。
急いであなたが部屋の扉を開くと、あのだらしない刑事が、目の前で部下と思しき男を小突き回していた。




