助け
あなたたちはモルオー川を下り、ハトゥーサの近辺より北上した。
嫌な思いをしたハトゥーサには立ち寄らなかった。そうして山間の道を数日歩き、山の麓の町・ブランジにあなたたちは到着した。
街に着いて先ずあなたが驚いたのが、立ち並ぶ宿屋の多さである。素泊まりの安宿から、一泊いくら掛かるか分からない高級志向の宿まで、このブランジという街には一通りが揃っている。
それから、これは道中すれ違うヒトの多さからも感じたことだが、町の規模の割にヒトの往来が激しい。
山の麓の小さな町の割に、大通りは旅行者と住民で賑わっており、今も馬車があなたたちの横を駆け抜け、街の外へと出て行く。
ブランジは、山越えを終えた、またはこれから始める人々のために築かれた宿場町である。
世界の西の果てには、南に突き出た形の「トリスタ半島」という名の半島が浮かんでいる。この半島にあなたたちが訪れたユーダリールやシュラク、ハトゥーサやクロロがあるのだが、半島は「イゾルド山脈」と呼ばれる山々に隔てられていた。
山脈はトリスタ半島の東半分を覆い、尾根続きにユーダリールまで連なっている。したがって陸路にて半島を抜けるなら、この町の東に聳え立つ「イゾルド山」を越える必要があった。
山越えをするヒトは、皆この街で準備した。そんな半島と東を繋ぐ唯一の中継地点だからこそ、この街は小さな割に活気があるのか、などとあなたがいま街を発った馬車を振り返って納得した。
「ねえキミ。早く宿屋探さない? もう今日は遅いからさ」
ワラビがあなたの服の袖を引っ張り、これにあなたが空を見上げる。
ワラビは遅いと言ったが、陽が沈むまでにはまだまだ時間がある。宿はひしめくように立ち並んでおり、特に選り好みしなければ直ぐ見つかるだろう。
また、あなたたちはこの街に初めて訪れた。少しは街を見て回りたいところ。だからあなたが、まだ早くないか、といった旨を告げた。
だがワラビは、
「……ごめん、わたし疲れちゃった。明日から山を越えなきゃならないし、早く休も?」
と、作り笑いを浮かべてあなたに返した。
この笑顔を見て重症だ、などとあなたが感じた。
今まで必ずと言っていいほど、新しい街並みに目を輝かせていた彼女が早く休みたがっている。ここのところワラビは元気を失っていた。
体調は平常だ。悪い様子は見受けられない。やはり、ジュリアとの別れが効いているのだろう。この町に至る道中も消沈しており、寝るときも、寝袋の中で泣いている彼女をあなたは目撃していた。
このままでは依頼や戦闘に係わる。第一暗いワラビなど彼女らしくない、とあなたは悩んでいた。
これを解消するために先日あなたは小細工を弄した。今まで食べ物に喜ぶ彼女を何度も見ているあなたは、発つ前に購入したクロロの名物「石炭飴」を彼女に差し出してみた。
石炭飴とは、クロロに訪れた初日にワラビがお婆さんから貰った物であり、黒蜜の少し喉に絡みつくような甘味が舐める度に溶け出す、石炭に似せた庶民的な菓子である。
子供じゃあるまいし飴の一つ程度で立ち直るとは思っていない。しかし、少しでも慰めになればとあなたは願っていた。だが甘かった。飴は甘くても効果はなく、最近の食べるくせに元気がない彼女にいかがしたものか、とあなたは困っている。
友達と別れて辛いのはあなたも理解している。だが、いつまでも引き摺られるとあなたまで気が滅入ってしまう。
「じゃキミ、おやすみ」
この日、あなたたちは手頃な宿を探し、ワラビは早く就寝した。
あなたは少し街を散策した。宿屋の他には露天商が連なる小規模な市場があり、地図やコンパスの他、雨具や保存食など登山の必需品が売っていた。
僅かながら武具も売っていたが、この街に戦士会の店はなかった。それから、いずれ到達するであろうイゾルド山の頂上を見上げた。円錐状に切り立った頂は岩肌がむき出しで、寒くなると雪に染まると聞く。
頂の直ぐ向こうには湖があるそうだ。このくらいにしてあなたも休むことにした。明日からはしばらく山の中、体力が要るからである。
***
そして翌朝。目指すはイゾルド山を越えた東の大地。
あなたが旅支度を整え、ワラビを呼びに行く。だがワラビは、未だ支度を整えてなかった。
早く支度しろ、などとあなたが彼女を急かす。けれどワラビは、
「ねえ、今日一日だけ待って。ジュリアが、私たちを呼んでいるような気がするの」
とあなたに言った。
女の子だから当たり前なのだが、その言い分はあまりにも女々しかった。
振り切らなければ旅人失格だ。それに、あなたの立場がない。いま彼女が言った科白は、共に旅をする仲間より別れた友達の方が重要だと言っているようなものだ。
つまり、あなたへの侮辱である。いい加減にしろ。そのような旨を伝えてあなたが叱る。そして来るわけがない事もあなたが断言した。
「キミ、ごめんなさい。すごく勝手なこと言ってるのは分かってる。でも今日一日だけ、私のわがままを聞いて」
懇願され、あなたは渋々受け入れた。
しかし何を根拠に言っているのだろうか。普通に考えれば絶対に来るわけがなかった。
あまり彼女に振り回されては、あなたが旅をする目的が達成しない。もし明日も引き摺るようなら、彼女と組むことの解消を考えなければならないだろう。
未練に付き合うのは今日限りだ。そうあなたが一人で、食糧に薬に防寒具など山越えに不足ないか点検する。
そんなあなたに対してワラビは、朝から街の入口に立ち、来るわけがない別れた友達を一途に待ち続けていた。
――しかし、あなたは驚いた。本当に来たのだから。
日が暮れようとした頃である。宿を予約したあなたがワラビを呼ぼうと、街の入口に出向いたときであった。
遠くから、あなたもよく知る女の子が赤い髪を振り乱し、あなたたちの元へ手を上げて駆け寄っている。
「ワラビ! ……よかった、なんとか、間に合った」
間もなくして辿り着いた赤い髪の女の子、ジュリアが、ワラビの前で崩れるように膝を突いた。
あなたたちを追って走り続けたのだろうか。俯いて肩で息をする彼女は、汗と埃まみれで酷くくたびれていた。
そして、ワラビの着る着物の裾にしがみつき、顔を上げた彼女はなんと泣いていた。
この涙はワラビに会えてではなかった。共に戦ったあなたたちに、助けを求める為であった。
「ワラビ、アンタ、助けてくれ。先生が、みんなが……」




