speculation
祈りを終え、あなたはワラビに何を祈っていたのか訊いてみた。
だが、教えてくれなかった。「恥ずかしいから内緒」とはぐらかされ、あなたははにかむ彼女から何も聞き出せなかった。
あなたとワラビは長く旅をしているわけではない。出会ったのはつい最近だったりする。よってあなたは、ひとまず彼女が旅をする目的について詮索することをやめた。
この日、あなたたちはユーダリールの村で宿を取った。ネコの看板が目印の宿屋である。
どうもこの村では、ネコを神聖なものとして大事にしているようで、宿屋に入る前に寄った雑貨屋でも、ネコの置物が恭しく飾られていた。
個室に入ったあなたが、まずは窓を開ける。すると、心地よい潮風があなたを出迎えた。
窓から身を乗り出して夜の海を望むと、月の白い光が海面にたゆたっていた。椅子に座って目を閉じれば、穏やかな波の音が絶えず聞こえ、この音に誘われたあなたはつい転寝をしてしまった。
しばらくして目を覚ましたあなたが、寝る支度を整え、改めて明かりを消す。お日様の匂いが漂うベッドは、ふかふかでとても寝心地が良く、さらに波の音が子守唄となり、ぐっすりと眠ったあなただった。
そして次の日。疲れを癒やしたあなたたちが旅の支度を整える。
これから何日も歩くことになる。魚の干物や燻製、野菜の漬物に焼き菓子など、あなたたちは村で保存の利く食糧を数日分買い込んだ。
目的地は北の町。ユーダリールの場所を聞いた町であり、あなたたちは戻ることになる。
連絡便だが、これは当てにできなかった。ユーダリールは辺境の村であるためか、七日ほど待たなければ馬車は来ないと、あなたたちは村のヒトから聞いていた。
そうして、村を出て直ぐのことであった。ワラビが見つけた。
「あっ。あれ、“ビッグクラブ”じゃない?」
彼女が指し示す先を見ると、そこにはとても大きなカニが二匹、砂浜に座っていた。
背を向ける二匹は何かをしていた。目を凝らせば、カニ二匹は漁師の商売道具である網を、自慢のハサミで切り裂いていた。
今、カニ二匹は背を向けている。素早く近付けば先手を取れるだろう。
「ねえ、倒そうよ! 倒せばいいお金になるよ!」
鼻を膨らませて張り切るワラビ。あなたが彼女の提案にうなずく。
『ビッグクラブ』。その名の通りとても大きなカニで、片方の極端に肥大した鋏脚、つまりハサミが特徴である。
どちらの脚が大きくなるかは決まっておらず、個体によって右だったり左だったりする。比較的大人しい気性をしており、ヒトを襲うことは滅多にないが、そのハサミで網や舟をもやうロープを切る癖を持つことから、沿岸に住む人々には嫌われている迷惑な生物であった。
またビッグクラブは、その大きな図体から危険な生物としても認識されている。背の甲羅は堅く、大きなハサミはどんな貝殻でも容易く粉々にし、素人が下手に手を出して重症を負う事故もしばしば起きている。
しかし、その死骸はそこそこの値で取り引きされており、特に甲羅と大きなハサミは高く売れた。
また、素人が手を出しづらい生物であることから、これを退治すると喜ばれたりもする。だから降って湧いた先制のチャンスに、ワラビは張り切っているのである。
旅に金は欠かせない。宿代に食事代はもちろんのこと、海や大河を越すならば船代、知らない土地を歩くなら地図代やガイドを雇う金が要る。
吟遊詩人など芸人なら、器具のメンテ代が要るだろう。そしてあなたたちなら、怪我を負ったときの薬代や、武具を買い換える金が要る。
節約はもちろん大事だ。けれども金はあるなら有った方が断然良い。よってこういった動物を狩ることは、戦いの能を持つあなたたちには資金源と成り得た。
それに、ワラビが張り切る理由はもう一つある。彼女の場合はどちらかと言えば、そのもう一つの方が重要かもしれない。
「あのハサミの中のお肉、茹でて食べるとすごくおいしいんだって!」
食いしん坊のワラビが、背負う長い刀身の刀「大太刀」を抜き、ワラを編んだ履物「草鞋」を履いた足で駆け出した。
あなたも「円形の盾」を構えて続く。カニとの距離を一気に縮めるワラビ。そこでようやくカニが気付くが、もう勝負は付いてしまった。
カニが振り返るよりも早く、カニに接近したワラビが、
「やあぁぁぁっ!」
突進する勢いのまま諸手突きを浴びせ、その胴体を貫いた。
甲殻の隙間を突いた一撃であった。カニが、ハサミを上げたままぶくぶくと泡を吹き、そしてカニはその身を砂浜に沈め、完全に沈黙した。
「あっ、逃げちゃう! “キミ”、追い詰めて!」
驚いた残る一匹が横走りに逃げようとする。だが、その先を素早く回ったあなたがカニの逃げ道を塞いだ。
対峙したあなたとカニ。ワラビが仕留めた一匹よりはやや小ぶりだが、さて、倒せるだろうか。
カニを軽く仕留めたワラビは、女の子にしては力があり、そして素早い。だが、彼女最大の長所は力でなければ速さでもない。野生の勘と言うべき反応の良さである。
彼女は敵の俊敏な動きに対応できる優れた目を持っていた。また、敵の攻撃にいち早く反応する反射神経も備えており、「当てること」と「かわすこと」に関し、彼女の右に出る者はあなたの知る限りいなかった。
あなたは彼女のこの才あって共に旅をしている。しかし、そんな彼女は打たれ弱い。小さな体格の所為でお世辞にも丈夫とは言えず、あなたは、その提げる盾をもって彼女を守らなければいけない。
そして彼女も、自身の弱点を補うあなたを、心から当てにしている。
「楽勝だよね? キミ、仕留めちゃって!」
ワラビが残る一匹をあなたに任せた。
カニがハサミをあなたに向かって振り下ろす。だが、あなたがハサミを盾で難なく防いだ。
そしてあなたが、腰に携える「歩兵用の剣」を、勢いよく鞘から抜く――。