遠国の異変
――“生きとし生ける者の為に、血の誓いを立てよう”
“母神の揺り籠は、皆等しく臍の緒が繋ぐ。健やかなる泉は隔てなく”
“魔は愛に潜み、魔は正義の名を騙る。誤る愛こそが命を虐げる”
“正義とは救援。尊き命助からば”――
「一つと言えど惜しみなく――“霊癒”」
ワラビの旅が許された翌日の朝。ジュリアがワラビの首に霊癒を唱えた。
ジュリアは以前より霊癒の呪文を改めている。血の消費が軽くなった、とは本人の談。
魔法を受けたワラビがにっこりと笑う。
「ありがとジュリア」
「まったく。おまえまで怪我してちゃあ、あたしの血がなくなっちまうよ」
ほほえむ親友にジュリアがぼやいた。
ワラビは姉との決闘で首を痛めた。二度もあんな大技を喰らったのだから当然であるが。むしろ首を痛める程度でよく済んだ、などとあなたは思っている。
もっとも、ワラビは子供の頃から姉に、レスリングで言うバックドロップや、脳天杭打ちという技を喰らっていたらしいが。しかし、その姉はもっと酷かった。
「――“霊癒”。姐さんもですよ。姉妹そろって熱くなって、もうやめてくださいよ」
「反省。善処する」
咎められたシスイは右腕を吊っていた。
彼女は元々怪我しており、それが祟って遂に折れてしまった。したがってただでさえミイラ女だった外見が、更に酷くなっている。
姉妹揃って私闘で怪我をした。これであの外道に遭ったらどうするべきか、などとあなたが頭を抱える。
「しかし、何はともあれよかった。貴方が元気になってくれて」
「な、何を急に言い出すのよお姉ちゃん」
「陰のある貴方など貴方ではない。やはり貴方は、……何も考えてない能天気な阿呆面がよく似合う」
「なにそれ。またヒトの事バカにして」
「ふっ」
不満げに頬を膨らませる妹に、姉が目を閉じて笑った。
今のシスイのためらい。素直に述べたら、この姉は妹に何と言っていたのだろう。
どうやら妹に対しては素直になれないよう。だからワラビは姉の事を変人の他、「カッコつけ」とも呼んでいる。しかしあなたとジュリアは、ワラビが心を侵されていたとき、いつ片時もそばを離れなかった姉の姿を見ている。
「ワラビ、貴方おぼえてる?」
「なに?」
「私が落石に巻き込まれて、貴方が初めて石を斬った時のこと」
「あー、うん。おっきな地震が起きたときだよね? あのときはお姉ちゃんがたくさんの石の下敷きになって、どうしようかと思ったもん」
「私はあのとき死んだと諦めた。でも、貴方は私が父上からパクっ」
「やっぱり盗んだんだ。あのときのお姉ちゃん、いっつも刀持ち歩いてたもんね」
「……借りた長脇差を抜いて石を斬り、私を助けた。私が何度試みても再現できなかった、先祖の何でも斬る、という剣技を」
「ま、無我夢中だったからね」
「そのとき、私は決心した。貴方を先祖など霞むくらいの、最強の女に育てようと」
語るシスイにジュリアが「へえー」と感心した。ワラビの全てを斬る剣技は、姉の救助を端緒としたようである。
ワラビが一テンポ遅れ、姉に過去を確かめる。
「えっ、じゃあお姉ちゃん、だからあの日から厳しくなったの?」
「うん」
「うえぇ。それじゃ斬らなきゃよかった。思い返せばあの日からだったもんなぁ、私に暴行加えるようになったの」
「人聞きが悪い」
「それまではイジメられてた私に優しくしてくれたのに。でも、なんで今になってそんな話を?」
「なんでかしら。貴方がピラミッドの地下で壁を斬ったから? 不意に、思い出したの」
シスイが遠くを見て言うと、俄かに風が吹き出した。
風が砂を巻き上げる。あなたたちが吹き付ける砂に目を覆うと、
「……あっ」
「あ」
姉妹が口を揃えて言った。また新聞がバサッ、とあなたの顔にかぶさった。
「ふふっ、また?」
「あははっ」
ワラビとジュリアが笑い、シスイまでストールで顔を隠して笑っている。
また、とはこっちが言いたい、などとあなたが心の中で毒づきながら新聞を剥がす。すると、――衝撃の文言が紙面を踊っていた。
急いで記事に目を通すあなた。この食い入るあなたにワラビとジュリアとシスイが、後ろから新聞を覗き込む。
「……ええっ!?」
「ザイオニアで、政変……」
一面には、王都・レヴァルツィアでクーデター勃発、と書かれていた。
「レウリフェンヘルト家は国外追放。王シュナイド・グリフレット・ゼア・レウリフェンヘルト・ザイオニア(以下シュナイド)、王子ヨハン・ランスロット・ゼル・アンゲリンゲン・ザイオニア(以下ヨハン)行方不明……」
「空席となった王位。アンゲリンゲン家当主ローエングリン・コンラット・レムリア・アンゲリンゲンが王を代行……」
ワラビとジュリアが茫然とした声で記事を読み上げた。
動揺するあなたたち。しかし、有り得る話ではある。あなたたちは現に以前、宰相と呼ばれる老人が焚きつけて起こした反乱に巻き込まれている。
あなたとクライブの奮闘により、あの時は阻止に成功した。だが反乱の首謀者は前王のゲールヴ。あの男はヨハン曰く、後ろ楯がなければ何もできない小者とのこと。
反乱分子は乱の後もザイオニアに燻っていたのである。それに、王の代行を務めるローエングリンという男、レヴァルツィアの城下でシュナイドを「売国王」と罵っていた。
続く記事を、ワラビとジュリアが目を皿のようにして読み上げる。
「反乱軍はシュナイドが兵をペルカララ島の救援に向かわせた隙を突いた模様」
「反乱分子が潜在している事を知りつつ手元の兵を割いたことは、シュナイドの明らかな失策……なんだこれ! きったねえな!」
「ひどいよね。みんながいない隙を狙うなんて。火事場泥棒じゃない」
政治的なパフォーマンスもあるかもしれないが、シュナイドは人道的な理由で兵を派遣した。
未曽有の大災害だ。ヒトとヒトが手を取り合って乗り越えなければならない。その隙に乗じた非道なクーデターにワラビとジュリアが憤慨する。
シスイはあなたたちの事情を知らない。よって怒る二人に訳を尋ねる。
「ねえ二人とも、なんでそんなに憤っているの?」
「お姉ちゃん、王様も王子様も私たち知ってるの。すごい気さくでいいヒトだったの」
「ワラビ、政変が起きたってことは、司直にも影響あるよな? おっさんはともかく、ラズさんとソロンさん、大丈夫かな」
「心配だよね……」
クライブらは明らかにシュナイドの一派だ。二人が親分とその同僚を心配する。
また、ザイオニアの第二王子にしてあなたの弟子、テオは無事だろうか。あなたが彼の行方を気に掛ける。
「みんな大丈夫かな……」
「無事だよジュリア。そう、信じよう」
衝撃のニュースがあなたたちの足取りを重くし、心配するジュリアにワラビが根拠なくとも励ました。
しかし、ニャンフンルルに戻ったあなたたちを更なる衝撃が襲う。現実とはなんと残酷か。あなたたちは知ることとなる。
霊癒の呪文って、もう何を題材にしたか忘れてしまいました




