duel of madness and kindness
「やああああぁ!」
飛び込んだワラビが、左手に握る木刀を鋭く払った。
描かれた弧。これを忍ばない変人が仰け反ってかわすが、その動きを読んでいたワラビが更に踏み込み、
「まだだ、やあっ!」
次は右手に握る木刀を掬い上げるように振る。
「むっ」
この縦に描かれる弧を、変人が身を捻ってかわそうとするが、完全な回避とはならなかった。
焦げ付くような痛み。ヒリヒリとしたそれが変人に汗を滲ます。ワラビの切っ先が変人の顎を僅かに掠めていた。
この摩擦に変人が堪らず退く。一度後ろに下がり、妹と距離を置こうとするが、
「逃がすもんか!」
それを許さぬワラビが果敢に詰め、飛び退く変人を追う。
「いいぞワラビ! そのままやっつけろ!」
この攻勢をかけるワラビに、ジュリアが声援を送った。
快晴の砂漠。ギラギラと輝く太陽の下、ワラビが旅の許可を勝ち取るべく、姉との決闘を制さんとしている。
退く変人に追うワラビ。戦いの主導権はワラビにある。しかし、
「させない」
「うっ!」
「あっ、汚え!」
ジュリアが憤った。変人が地を蹴り、ワラビの目に砂をひっかけた。
目を潰されたワラビの攻勢が止まり、この隙を好機と変人が右手の木刀を振るう。
円を描く変人の木刀が、ワラビの横っ面を捉えている。だが、
「……くっ」
切歯する変人。ワラビには野生の勘というべき反応の良さがある。
妹特有の超反応に攻撃が弾かれ、変人がまたも飛び退く。砂をかけた程度では、と思い知った模様。
一方でワラビも止まる。砂を涙で排出し、目の調子を戻すべく。
「ワラビ! 姐さんはまだ右腕を怪我してるはずだ! 右腕を徹底的に痛めつけろ!」
「ジュリア、貴方なんて酷いことを」
「そういう訳にはいきませんよ姐さん。ワラビにはそばにいてもらわなきゃ困るんだ、酷いも汚いもあるもんか」
アドバイスを送ったジュリアを変人が批難したが、これに対してジュリアは悪びれることなく答えた。
そして腕を組むジュリア。姉妹の対決を真剣な眼で見守る。
変人は地下通路で骨の獣に撥ねられた。他、全身を噛まれている。ジュリアの霊癒あって痛みは引いているが、完治には程遠い。
弱点を狙うことは勝負の定石。増してワラビが旅を続けられるかどうかの瀬戸際だ。どんな汚い手を使ってでも、ワラビには勝ってもらわなければなるまい。
「よし、行くよお姉ちゃん!」
目の調子が戻ったワラビが攻撃を仕掛けた。
今度は砂をかけられぬよう、ジグザグと跳んで変人に迫る。この動きを見てあなたが、いつか女王と相対した夜を思い出す。
右に左にと、跳ねて間合いを詰めるワラビ。だが、身のこなしなら変人も負けていない。
いや、変人は忍者と自称するだけあって機敏さにかけてならワラビ以上だ。チョウが舞うが如く軽やかに飛び、ハチが刺すが如く仕留めるのが彼女である。
腰を落とした変人。これに肉薄したワラビが、
「やあっ! ……えっ!?」
「甘い」
右腕で鋭き弧を描いたが、これを変人が高く跳んで回避した。
「えっ、やっ、ちょっと」
「終わり」
戸惑うワラビ。変人が宙で獣のように体を折り、ワラビの両肩に手を着いた。
ちょうどワラビの肩で逆立ちしたような格好だ。その曲芸めいた身のこなしにあなたとジュリアが息を呑む。
そして、変人が軽やかに着地、ワラビの背後に立つ。これに対してワラビが振り返るが、変人がワラビを羽交い絞めにして捕らえる。
それから跳躍する。ワラビを捕らえたまま変人が、宙で翻って逆さまとなり、
「うわあああっ!」
ワラビを伴って落下する。
「あうっ!」
「“天馬、鵙落”」
とんでもない大技を変人がかました。変人が宙からワラビの脳天を地に叩き付けた。
間もなくして変人がブリッジの体勢から体を起こす。対するワラビは頭を砂に突き刺している。
動かないワラビ。しかしこの姉、容赦がない。今の技は固い地面なら相手の頭を潰すほどの威力だ。
砂だからこそ仕掛けたのだろう。が、妹相手に仕掛ける技ではない。変人の本気にあなたが少々うろたえる。
「ワラビ!」
砂に刺さったままのワラビに、ジュリアが駆け寄った。
勝負は決した。ワラビは変人に敵わなかった、――と、思われたが、
「いったぁ……」
突き刺さったワラビが、砂に両手を着き、逆立ちの状態から頭を引っこ抜く。
そして体を折り曲げ、よろめきながらも立つ。痛がりながらも落とした木刀を掴み、復帰する。
「うう、目がチカチカする……」
「ワラビ、おまえ、あんなの喰らって大丈夫なのか?」
「うん、なんとか、平気。こんなの、昔っからやられてたからね」
「ふっ」
かぶりを振って砂を払う妹に、変人が目を閉じて笑った。
「強くなった。小さな頃はわんわん泣いていたくせに」
「当たり前じゃん。負けるわけにはいかないの。行くよお姉ちゃん!」
鼻を膨らませたワラビが三度飛び込んだ。
今度は真っ直ぐ突っ込んだ。小細工を弄さず、変人に向かって一直線に。
目ががら空きだ。そう見切った変人が、またも砂を蹴ってワラビを止めようとするが、
「お姉ちゃん! よくもやってくれたね!」
興奮したワラビが、砂など構わずに突っ込む。
「やあっ!」
「くっ」
「まだまだぁ!」
「……つっ」
木刀同士が打ち鳴らす抜けの良い音が響き渡る。
ワラビの猛攻を変人は捌いている。が、その速さと重さ、そして鋭さに押されていた。
防戦一方の変人。対するワラビは熱くなっている。やはり先の技、屈辱だったのだろう。
頭を叩き付けられた痛みもさることながら、ワラビは着物を着ているため非常に恥ずかしい恰好をさせられた。裾がめくれ、白い下着が丸見えだったことは言うまでもない。
街中だったら大問題だっただろう。あなたたちだけだからまだ良いが。したがって顔を真っ赤にするワラビが、受けた屈辱を晴らすべく、
「“百禍繚乱大往生”!」
逆手で握った木刀で、変人の姉を滅多打ちにする。
「……う、あ」
怒涛の連打を浴びた姉が力尽きた。
ワラビは勝利した。が、今の連打は姉に決してやってよい技ではない。鬼気迫る顔のワラビにあなたが恐れ入る。
決闘を制したワラビが、大きく息を吐き、
「お、おいワラビ、やりすぎだって」
明らかにやりすぎな親友をジュリアが諫める。しかし、
「……う、更にできるようになった、ワラビ」
変人がなんと、右腕を押さえながら立ち上がった。
あなたとジュリアが恐れる。体を震わせ、右腕をだらんと垂らす変人だが、その両手には木刀を握り締めている。
諦めてない模様。そして下がる変人の、妹を叩き潰さんとする眼が、底知れぬ執念をあなたとジュリアに感じさせる。
「あ、姐さん」
「なにお姉ちゃん、まだやる気なの?」
「当然。姉より優れた妹など存在しない。……ワラビ、貴方はもう、負けている」
「は? なにそのどっかで聞いたことあるセリフ。しかもダブルでだし。お姉ちゃんバカにしてんの?」
「ふっ、かかってきなさい、悪男のワラビ」
「誰が悪男よ! ちっちゃな頃の話をいつまでも! 顔は狙わないでやったけどもう許さない! そのツラぼっこぼこにしてやる!」
挑発を受けて襲い掛かったワラビだが、
「いっ! いたぁい!」
急に素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び跳ねた。
何が起きたのか。あなたがワラビのサンダルに目を凝らすと、鋭く尖ったヒシの実が裏に刺さっている。
あなたが変人の周りをよく見る。すると、同じヒシの実が目立たぬよう巧妙に散らばっている。いつの間にばら撒いたのか。この変人、忍者を自称するだけはある、などとあなたが感心してしまう。
「“不運”と“踊”っちまったようね。……とどめ」
変人が高く跳び、ワラビの後ろに着地する。
痛がるワラビを羽交い絞めにし、再び跳躍。そして、
「……あうっ!」
「天馬鵙落、再び」
二度目の大技を妹に叩き付ける。
「あうぅぅ……」
「ワラビ!」
再び恥ずかしい恰好を晒すワラビにジュリアが駆け寄った。
結局、ワラビは負けてしまった。変人は本気でワラビを連れ戻す気なのか。
ワラビがいなくなれば、あなたたちは実質解散だ。それは納得できないあなたが、変人に抗議しようとするが、
「でも、強くなった。これで気が済んだし、……ワラビ、貴方の旅、この姉が認める」
変人の姉ががくりと膝を突き、妹に旅の許可を下した。
「えっ。姐さん、ワラビ負けたのにいいんですか?」
「うん。ジュリア、貴方も困るでしょ?」
「はい。……はぁよかった。姐さん、ひやひやさせないでくださいよ」
「ふっ」
胸をなでおろすジュリアに、シスイが顔を緩めた。
「この数日間は見極める為の同行でもあった。ジュリア、キミ。貴方たちなら妹を任せられる」
決闘には負けてしまったが、ワラビは旅を許された。
しかしこの姉、実のところ勝ち負けはどうでもよかったのではないだろうか。ただ妹と久々に戦い、じゃれ合いたかったから、このような決闘を迫ったのでは、などとあなたが思う。
気が済んだ、とも姉は先に呟いた。この姉はなんだかんだで妹を愛している。しかし、
「ううっ! このヘンジン! ぶっ殺してやる!」
砂に突っ込まれた頭を自ら引っこ抜いたワラビが、怒髪天を衝く勢いで姉に襲い掛かった。
二度も辱めを受けたワラビは怒り狂っていた。この喚くワラビをあなたとジュリアが止めた。




