時超えし語り部
「ワラビ!」
「ジュリア、キミ。心配かけてごめんね」
真っ二つに割られた石壁が、――ズゥン、と後ろに倒れ、振り返ったワラビにジュリアが駆け寄った。
ジュリアがワラビの肩を抱き、笑顔で喜ぶ。親友の復帰にジュリアが嬉しがっている。
そしてシスイが、
「ワラビ、よくやった」
跪いたまま妹を見据え、その働きを褒めた。
「そうだ姐さん、直ぐに手当てする!」
シスイは全身を噛まれ、顔こそ面を割られた程度で済んだが、体に深い傷を負っている。
白き腿は全域に亘って内出血しており、濃い色の装束は破れ、その装束の裂け目から現れた白い素肌にも痛々しい歯型が刻まれていた。
あられもない姿であるため、ワラビが羽織を脱ぎ、姉にかける。そして、
「……お姉ちゃん、私に何か言う事はないの?」
不満げな顔を浮かべて姉に言った。
「……?」
「ほら、ありがとう、とか」
「よくやったって言ったじゃない」
「それだけ!? 助けてやったのに!」
「ふっ、私たちは姉妹。私が苦境に陥れば、妹の貴方が助けるのは当然のこと」
「はあ!? なによボロボロのくせに澄ました顔して! なんでお礼の一つも言えないのよ!」
「御礼? ……ジュリア、キミ、マルコ殿。助けてくれてありがとう。この恩は一生忘れない」
「意地でも私にはありがとうって言わないつもりね! この意地っ張り! きー!」
地団駄を踏んで悔しがるワラビを、ジュリアが手当てを施しながら笑った。
「ワラビ、おまえホントにもう怖くないのか?」
「うん。実を言うとね、ジュリアに励まされた次の日くらいから、もうあんまり怖くなくなってたんだよね」
「どうして」
「分かんない。今までちゃんと戦えるかどうか自信なかったから前に出なかったけど、でも、もう大丈夫。私、怖くない、戦えるよ」
ワラビが親友に復調をアピールした。
恐怖を克服したが、その原因は分からないと告げたワラビ。これに対してあなたは、今までの経験からある一つの仮説を立てた。
それは、ジュリアが唱えられる鬼子乃厄等の、いわゆる弱化魔法と呼ばれる魔法についてである。弱化魔法は長く保つものではなく、鬼子乃厄の倦怠感なんかは数刻が精々だ。だからあなたは過去にジュリアから毎日鬼子乃厄を唱えてもらっていた。
神通力や天啓等の強化魔法は更に効果が短い。あの外道が唱えた黒屍恐慌という魔法、効果は数日もつようだが、結局は弱化魔法の一種なのでは、などとあなたは結論付けている。
「ワラビ、復帰ついでだ、あれも斬ってくれよ」
「うん。任せて」
ワラビがジュリアと引き返した。
そして、ワラビが上段に構え、階段を塞ぐ石戸を真っ二つに割る。
この妙技、ワラビにしか出来やしない。姉のシスイですら出来ず、全てを断つ剣、ワラビが勇者の末裔である証である。
ワラビの剣技を改めて見たマルコが、
「手品じゃないですよね? 彼女、何者なんですか?」
眼鏡を押さえながらあなたに問うが、これに関してあなたは答えを濁した。
ワラビとシスイが勇者の子孫と知れば大興奮だろう。勇者の剣とワラビの剣技、関連付けられなくてあなたがほっとする。
「じゃあ帰るか。姐さんがこんなだし」
「待ってジュリア、私の事なら心配は無用。先に進みましょう」
「えっ」
「は!? バカじゃないのお姉ちゃん!」
バカと罵る妹は無視し、姉が更なる侵入を押し通そうとする。
「私たちはあの腐れ外道を追い詰めなければならない。ジュリア、分かっているでしょう?」
「そう、ですけど……」
「ワラビが立ち直った今、早くニャンフンルルに戻らなければ。なのでこの機を逃したら、もうこの先の玄室に入る機会など二度とないの」
「でも」
「大丈夫。また何か現れたら、この子が相手をする」
「はあ!? なんでお姉ちゃんの代わりを務めなきゃならないのよ!」
「バカなの貴方。このヒトにジュリア、本来の形に戻っただけでしょ」
「そうだけどお姉ちゃんの代わりってのはイヤ! そもそもお姉ちゃんがピラミッドに忍び込もうなんて言わなきゃこんな危ない目に遭ってないし」
「ぐじぐじ言わないの。マルコ殿が見ているでしょう。……キミ、頼りにしている。私を護って」
「ってか何でまた仕切ってるのよ! ムカつくこの変人!」
行くと決めたらもう曲げないだろう。シスイは妹が言うとおり強情なところがある。
意志が強い、とも言えるが。喚くワラビは親友が抑え、あなたたちとマルコは先に進むこととした。
***
「うそっ、また!?」
先を歩くワラビが、目に飛び込んだ物に身構えた。
最深部、玄室に侵入したあなたたち。重い扉を開いたあなたたちを待ち受けていた物は、またしても壁に埋め込まれた一つの死顔だった。
だが、いま目の前に存在する石の死顔は、先の死顔とは明らかに違う。
「……なあ、この顔」
「うん。なんか、安らかな顔してるね」
ジュリアが並んで言い、二人が警戒を解いた。
先の顔が恨みの籠もった禍々しい物だったのに対し、玄室の死顔はどこか温かさを感じさせた。
目を閉じている死顔。あなたたちとマルコがそれを凝視していると、
「ずっと待っていた。ようこそ、勇者たちよ」
「えっ」
勇者と呼ばれ、その子孫であるワラビが思わず答えた。
「…………」
ジュリアの肩を借りるシスイも、驚いたように目を見張っている。
間もなくして顔が口を開く。敵意のない声で、顔が目を閉じたまま語りかける。
「弟子たちに喚ばれてからどのくらい経っただろうか。時を忘れる程に、儂はここに訪れる者をずっと待っていた」
「え、弟子?」
「ということは、まさか、貴方」
「左様。儂の名はマグネスと言う。遥か昔、魔王軍と相対したしがない愚者じゃ」
あなたたちが仰天した。顔はハルシエシスが誇る英雄、軍師マグネスと確かに告げた。
「ここに来たということは、弟子たちを葬ってくれたのだろう? 邪悪なる意志に凝り固まった弟子たちを解放した礼を言おう。ありがとう、勇者たちよ」
マグネスと名乗る死顔が柔らかな声で礼を述べた。
しかし、信じていいものなのだろうか。今まで友好的なゴーストなど遭った事がなく、予想外の出来事にあなたたちが戸惑う。
マルコなんてはいま起きている事を理解できず、ただ口を開けて呆然としている。
「勇者たちよ、どうか頼みがある。この顔の下にある骨を、儂が生まれた町、メンネフェルに埋めてくれんか?」
顔の下には祭壇があり、壇の上に祀られている石桶の中の遺骨を、生まれた町に埋葬してくれ、と顔が頼んだ。
あなたが石桶を手に取り、中を確かめる。砕かれた骨が入っており、嘘や罠ではない模様。
ワラビが顔に訊く。
「ねえお爺さん。……お爺さん?」
「お爺さんで構わぬよ」
「じゃあお爺さん。本当にあの、軍師マグネスなの?」
「うむ。軍師などと呼ばれる者ではないが、儂がマグネスであることは事実じゃ」
「マグネスであること証明できる?」
「そうだの……」
顔が生まれた年や親の名前、それからウシルの民なら誰もが知っている有名な事績を語った。
淀みなく話すその口調に、あなたたちが目の前の顔をますます信じる。もしもこの顔が本当にマグネスだとしたら、実に四百年の時を超えた話となり、真実となる。
一通り聞き終え、ワラビがマルコに確かめる。
「ねえマルコさん、お爺さんが言ったこと合ってる?」
「はい、合っています。本当に、あの軍師マグネスなのでしょうか……」
マルコにしてみれば卒倒だろう。事績を探ろうとし、現れたのはとうに死んだはずの本人なのだから。
ヒトはあまりにも事が進み過ぎると、却って疑うものだ。そもそも彼は今日に至るまでゴーストに遭ったことがなく、化かされているのでは、と思う方が自然である。
思考が追い付かずにいるマルコに代わり、シスイが尋ねる。
「マグネス殿」
「何かの」
「貴方自身が体験した魔王軍の戦について、詳しく聞かせてくれないかしら?」
「そうか。久しく会話していないから思いもつかんかった。其方らにしてみれば、儂はまさに歴史の生き字引なわけか」
「そう。貴殿が勇者ウルや剣士ヒートラ、魔道士ダビデとどのように関わったのか、是非」
「……だが、あまり語りたくない。すまんが訊かんでくれ」
顔がシスイの質問について拒否した。
「どうして」
「話を聴きたい其方の気も分かる。だが、魔王軍との戦については思い出したくないのじゃ」
「…………」
「熱砂の謀戦と言われている戦があるだろう? 儂も弟子たちがそう呼んでおったので知ったのだが。あの戦で儂は、取り返しのつかない罪を犯したのじゃ」
顔が落とした声であなたたちに告げた。
熱砂の謀戦。説明しているが、マグネスが恐将率いる魔王軍を砂漠に誘き寄せ、勝利を収めた合戦である。
ウシル大陸を救い、魔王軍を初めて負かせた栄光の一戦だ。何をしたのか。あなたたちとマルコが耳を傾ける。
「あの頃の儂は初めてヒトに認められるようになり、図に乗っておった。年甲斐もなく、な」
「…………」
「己の知恵が多くのヒトに幸福をもたらし、国を救うものだと信じていた。……魔王軍の唯一の穴を見つけた儂は、その穴を突くことで敵を砂漠に誘い込んだのじゃ」
「穴?」
「うむ。儂はウルやダビデらに、年端もいかぬ娘を攫ってこい、と指示をした」
あなたが首を傾げる。年端もいかぬ娘、とはどういう意味なのだろうか。
勇者たちが魔王軍の要人を捕らえたことで、砂漠への誘き寄せが実現した、と聞いている。勇者たちが娘を攫ったとは聞いていない。
もしや、その娘こそが要人なのか。あなたが尋ねるが、
「いや、ただの村娘なのじゃ」
と顔は歴史を否定した。
「当時は町ぐるみで魔王に降る者が多くての。何としても阻止せねばならなかった。また、敵の将は情に弱く、領民の為に出陣するような節が見受けられた。だから儂は敵に挑発を兼ねた脅しをするべく、魔王に降った村の娘を捕まえてこい、とウルたちに指示したのじゃ」
「反対されなかったの?」
「された。特にヒートラには“悪魔め”とまで罵られた。ダビデが何とかウルらを納得させていたが、御国のためとは言え、酷いことをしたと後悔している」
「…………」
「……して、その娘じゃ。兵たちに散々嬲られ、終いには戦の神への生贄とされた。ウルらは懸命に止めていたが止められず、しかもあろうことか、儂は知ってて見殺しにしてしまった……」
顔が明らかに悔いた声で語った。
歴史は要人を捕らえた、と綴っている。村娘を攫って脅迫した非道を隠蔽すべく、後に弟子たちが改変したのだろうか。
歴史とは分からぬものである。極論を言えば勝者こそ正義、勝者にかかれば真実も塗り替えられる。
顔が吐露する。国家という大きな存在に頼られ、戦とは無縁な村娘を犯してしまった罪を。
「儂は確かに国を救った。が、真に救うべき弱き者を不幸にした。……だからこんな所にいつまでも漂っているのかもな」
信じざるを得ないだろう。顔は紛れもなく軍師マグネスである。
吹く理由が思い付かない。何よりも、顔は当時の事柄を、さも見てきたかのように語っている。
マルコが食い下がる。更に話を聴ければ、魔王の時代の実態が追求できる。
「しかし、マグネス殿。貴方の知恵は、今の時代の者にとって必要です。そのような戦争の犠牲者を生み出さないためにも、もっとお話を聴かせて頂けませんか?」
「頼む若いの、聞かんでくれ。そもそも儂が祀り上げられること自体が間違いなのじゃ。儂は大層な者ではない、ただの功名心に焦った愚者なのじゃ」
「ですが」
「頼む。どうか死者に鞭打つようなことはせんでくれ……」
死者に鞭打つ、とまで言われ、マルコが止む無く引き下がった。
これ以上は訊いても無駄だろう。話を戻し、あなたが遺骨をメンネフェルに埋めればいいのか、といった旨を訊く。すると、
「うむ。それなりの礼はする。と言っても今も価値があるかは分からんが、そこに本が二冊あるだろう? それを持って金にしなさい」
と顔が答えた。
「本……? ジュリア」
「はい」
シスイがジュリアの手を借り、祭壇に捧げられていた本の一冊を受け取る。
そして、一冊を手にし、風化による崩れが起きぬよう床に置き、慎重にめくる。
もう一冊もめくり、間もなくしてシスイが、その眠たそうな目を見開いて顔に振り向き、
「マグネス殿。これは、一体どこで」
「さあの。魔法に興味を抱いていた儂に、弟子たちが捧げた物だからの」
「これはすごい。いかなる財宝にも勝る本、ありがたく頂く。……ワラビ」
「なに?」
妹に一冊を手渡す。
「こっちの一冊は私が預かる。もう一冊は貴方の方が向いている、持ちなさい」
「えっ」
「大切にしなさい。そして、絶対に完成させなさい」
姉が妹に宿題を言い渡した。
ワラビが本をめくる。魔法と言っていたことから、魔導書の類だろうか。
過去、魔導書はとても価値のある物だった。権力者や神職者が競って欲しがっていたことは以前述べている。
「ワラビ、何て書いてある?」
「うーん、“たまちるこおりやいば”? ちゃんと読んでみないと分かんないや」
「おいおい、慎重にめくれよ。破れちゃったら読めなくなるぞ」
普通に本を読むような仕草でめくるワラビを、親友が注意した。
「最後にもう一つ頼みがある。もう祀り上げられるのは御免じゃ」
「……?」
「勇者たちよ、どうか儂の魂が宿るこの顔を壊してくれ」
顔が自身を消し去ってくれ、と頼んだ。
あなたたちに異存はなかった。件の娘にゴーストと化した弟子、彼はこの玄室で長い間悔いていたのだろう。
あなたがマルコに尋ね、彼が暫し悩んだ後に頷く。そして、
「お爺さん、さよなら」
「うむ。……長かった。これで儂は、ようやく罪を赦される」
ワラビが顔に松明をあてた。
***
そして帰路。地下通路を歩くあなたたち。
「姐さん、その本だけでよかったんですか?」
「うん。あれ以上は望まない。……ジュリア、ヒトは欲を掻き過ぎると、いつかしっぺ返しを食らうものよ。程々に満足するのが幸せのコツ。覚えておきなさい」
「はーい」
墓荒らしに来たシスイだが、本以外の宝については手を付けなかった。
玄室には財宝があふれていた。だがシスイは「これはマグネスの弟子たちが師に捧げたもの」と告げ、あなたたちを圧し潰さんとした者の意志を尊重した。
しかし、「いずれ私たち以外の誰かがいつか忍び込むでしょう。私はそれを奪えばいい」とも言った。よく分からないポリシーを彼女は持っており、やはり変わっている、などとあなたが独りごつ。
そういえば、このピラミッドを築いた豪商とやらも、マグネスの教え子だったのだろうか。
それにしても、「勇者たちよ」と告げたマグネスだが、ワラビとシスイが勇者の子孫であることは分かっていないようだった。
あなたたち全員に告げた言葉であり、本来の勇気ある者、としての意味で言ったのだろう。そのワラビは、
「お姉ちゃんってさ、ホント軽いよね」
ジュリアに代わって姉を背負っていた。
「ちゃんと食べてる?」
「心配は無用。……ふっ、妹に心配されるなど、私もまだまだ」
「何カッコつけてんの」
この姉妹に、ジュリアとあなた、マルコが笑った。




