clush down
――赦さぬ――
壁の中央、高所に埋め込まれた顔が、あなたたちを見下ろして告げた。
他の顔々が輪唱するように呪いの言葉を吐く。陰湿な空気がこの地下通路に充満する。
壁は少しづつ迫っている。破壊しなければ、あなたたちは潰されてしまうだろう。
「待ってくれ! どうして僕らを閉じ込める!?」
怯えていたマルコが勇気を奮い、壁に会話を試みた。
避けれるものなら戦いを避けたい。何せ敵は前方を覆い尽くす壁、あなたたちは今までこのような敵と相対したことがない。
更にシスイは消耗しており、ワラビは戦えない。しかし、話が通じる相手であろうか、などとあなたが懸念する。
脚を震わせる彼に、中央の顔が、
「我らは師、マグネスの門弟。何人たりとも師が眠る玄室に近付けなどさせぬ」
と、呼びかけに応じるも拒否した。
「門弟? 貴方がたは、軍師マグネスが教師だった頃の生徒で?」
「左様。我ら永久に師の守護を誓い合いし同志」
「……何故だ? 僕たちは軍師マグネスの事績を純粋に知りたいだけだ、神聖なる霊廟を侵そうなどと考えちゃいない」
「聞く耳持たぬ。我ら師は、怠惰で無能、愚劣極まりない王族共から無き者にされんとした。故に我らは、師の守護を定めとした」
「無き、者?」
マルコが怪訝な顔をして訊き返した。
壁の言葉を信じるならば、今、目の前に埋まる数々の死顔は、マグネスが軍師と呼ばれる前の教え子のようだ。
マグネスは穏やかな人物で、歴史や数学を教えていたとは聞いている。慕われていても不思議ではない。
「師の没後、奴ら王位に胡坐掻く愚か者どもは、魔王の軍勢を退けた師の功績を我が物にせんとした」
「なんだって」
「大恩ある師の生きた証を消されんとしていたのだ。分かるか、この怒りを。故に我らは叛逆し、愚か者どもを屈服させた。そうして我らは誓い合ったのだ、魂となりても師を護らん、と」
憎悪と恩讐、憤怒を交えて話す壁の言葉に、あなたがこの大陸でかつて起きた反乱を思い出した。
それは「ゲベルの大火」と呼ばれ、勇者たちが魔王を打倒した数年後、ハルシエシス首都・プエネトにあった王城が炎上した事件だ。
そもそもマグネス現る前のウシル大陸は、まさに魔王軍格好の餌食であった。侵攻する魔王軍に、当時の王を始めとする諸侯は勇んで出陣したのだが、恐将に連戦連敗を喫したらしい。
終いには恐将の靴を嘗め、恭順を願い出たそうだ。そんな王侯からマグネスは存在を消されようとし、その怒りをかつての教え子と名乗る壁が語った。
そして壁は、ゲベルの大火の首謀者だ、とも吐いた。四百年前に起きた事件の真相、信じてよいのだろうか。
「師に近付く者は許さぬ。不埒な輩よ、師への生贄にしてやろうぞ」
「待ってくれ! 僕らは」
「マルコ殿、無駄。こいつらは凝り固まった怨念によって常世に止まる亡霊。話の通じる相手ではない」
「でも」
「死にたくなければ後ろに下がって。キミ、ジュリア、用意はいい?」
崇敬する師の霊廟に侵入はした。
それについては謝る。が、だからと言って潰される気はない、などとあなたが構える。命まで奪われる謂れはないはずだ。
迫る石壁の悪霊。徐々にではあるが、あなたたちとの距離を縮めている。
「あたしにはやることがあるんだ、潰されてなんかたまるかっ!」
既に装填済みのジュリアが引き金を絞り、矢を中央の顔に放った。
狙いは動かぬ的だ。当然、矢は額に突き刺さり、中央の顔に縦への亀裂が走る。だが、
「小娘が」
壁に埋まる別の顔が告げ、更に別の顔が、孵化する魚のように石壁から飛び出す。
飛び出した死顔が大口を開け、ジュリアに噛み付かんとする。
「こっ、こいつ!」
驚きながらも武器を持ち替えたジュリアが、鎖を払って接近する顔を叩くが、石の死顔は吹き飛ばされただけで浮遊している。
再び襲い掛かる死顔。石、厳密にはベトンの死顔は、カタリナに現れた頭蓋骨とは違って一撃では砕けない。
「……く、堅い」
同じくシスイも、別の飛び出した死顔を斬りつけたが、斬っても向かって来る顔に手こずっている。
更に別の死顔が、あなたの頭上を飛んだ。そして、後方にてカンデラを持つマルコを、
「うわあっ! ……す、すみません」
襲ったが、これはあなたが盾で庇って阻止した。
マルコに出来る限りの灯りを焚くようあなたが指示する。併せて剣を振り、顔の一つを砕き、
「このぉっ!」
「滅びなさい」
ジュリアとシスイも、襲い掛かる顔をどうにか破壊した。
「……ちっ」
「くっ! 今度は二つかよ!」
しかし、石壁に埋め込まれた顔の数は、三つ砕いた程度では屁でもなく、死顔が次々に壁から飛び出した。
シスイとジュリアに二匹ずつ、計四つの顔が襲い掛かる。そして、あなたには三つ。男の死面と女の死面二つが、石の歯を剥き出しにしてあなたに迫る。
一つを剣で斬りつけたが、破壊には至らない。すかさずもう一つを盾で撃つが、これも吹き飛ばしただけ。
そして、三つ目の顔が、あなたの右腿に喰らい付く。千切れるような痛みにあなたが顔を歪める。
「あっ」
「ぐっ!」
シスイとジュリアも噛まれ、二人がその痛みに呻いた。
あなたが腿に噛み付く顔の脳天を、剣の柄頭で叩いて何とか剥がす。ジュリアも左腕に噛み付いた顔を、壁に向かってぶつける事でどうにか放す。
だが、シスイが苦しんでいた。右肩に喰らい付く顔を、怪我している彼女がどうしても剥がせず、
「ううっ」
「姐さん!」
この悶えるシスイに死顔が、壁から一斉に飛び出した。
「うっ、あ、ああっ」
「姐さん!」
絶叫するジュリア。両腕で身を庇うシスイの身に、死顔が次々と喰らい付く。
防ぐ腕に、白き脚に、細い体に。その様子は大きな果実に群がるコウモリさながらで、この蝟集にシスイは成す術がなかった。
跪いたシスイ。それでも顔は群がることを止めず、死霊が生者の体を貪っている。
「マルコさん! 火を、火を貸してくれ!」
ゴーストには光だ。ジュリアが後方のマルコに向かって叫ぶが、この二人を別の飛び出した死顔が阻む。
ジュリアが鎖で死顔を叩き、あなたがマルコを守る。だがこの対応に追われ、マルコから火を受け取れなかった。
火を諦めたジュリアがシスイに集る顔を鎖で撃つ。だが闇夜の礫に糠に釘。数の暴力を止められない。
そして、石壁は迫っていた。あなたたちが顔に気を取られている間に壁はかなり前進しており、程なくしてあなたたちは身動き取れなくなるだろう。
「み、みなさん……」
「くっ! 姐さんを、姐さんを放しやがれ!」
マルコが膝をつき、ジュリアが諦めずに死顔を撃つ。
しかし、シスイは顔が成す亡者の海に溺れ、何よりも石壁が迫っていた。
あなたが石壁に、渾身の力で剣を叩き付けるが、その堅さに弾かれる。
最早打開策はない。このあなたたちの苦境を確信した壁の顔の一つが、
「師の霊廟侵し罪、悔いながら死ねい」
と宣告した時だった。
「お姉ちゃん、動かないで!」
この逼迫した状況を打ち砕くワラビの声に、あなたとジュリアとマルコが止まった。
ワラビが短刀を鋭く振る。下から掬い上げるように描いたワラビの弧が、姉に噛み付いていた顔の一つを、迫る石壁まで吹き飛ばして破壊した。
次々とワラビが短刀を振るい、姉に纏わり付く死顔を瞬く間に引き剥がす。そして、
「――“火神!」
浮遊する顔の幾つかに火を浴びせ、石の死面が床に転がる。
「ワラビ! おまえ、怖くないのか」
「うん、もう平気! キミ、ジュリア、私を守って!」
短刀を収め、背から長刀を抜いたワラビが、上段に構えて目を閉じた。
頼りとする親友が、この土壇場で立ち直った。これにジュリアの意気が著しく上がり、
「きやがれ! 一つ残らずぶっ壊してやる!」
水を得た魚の如く鎖を振るう。
ワラビに襲い掛かる死顔に錘をぶつけて砕き、続いて手で浮遊する顔の頭を掴んでは、床に叩き付けて鎖で撃つ。
更に、隙を見て自身に神通力を唱え、ジュリアが次々と顔を破壊する。あなたも負けじと浮遊する顔を叩き斬る。
程なくして目を開いたワラビが、
「“一撃必殺”!」
石壁を一直線に斬る。
「なっ、なん、だと……」
狼狽した壁の顔。厚い石の壁が斬られていた。
まだ断ち切るには至っていない。ジュリアが初めに撃った中央の顔の下が、中途半端に裂けた格好である。
しかし、ここまで割れれば突破できるかもしれない。親友の一撃に続いてジュリアが、
「あと少しだ、砕けろぉ!」
錘をひび割れに叩き付け、加えてあなたも盾で撃つ。
「す、全てを断つ剣、師より幾度と聞かされた。ま、まさか、お主たちは」
うろたえる壁の死顔に、面を割られて顔を晒したシスイが、跪く格好のまま手裏剣を投げ付けた。
手裏剣は深く額に命中、最後の顔が砕ける。そして、もう一度ワラビが、
「とどめだぁ!」
真っ二つに切り裂き、石壁の悪霊を打ち砕いた。




