切断生命線
「姐さん、天津甕は」
「そう。天津甕と霊癒は両立しない。ジュリア、ありがたいけど、その心遣いだけ受け取っておく」
「そんな」
シスイが腫れる右腕を押さえながらジュリアに言い渡した。
痛みを麻痺させる魔法・天津甕は、再生を促す魔法・霊癒と両立しない。同じ治癒魔法でありながら、生成される物質の相性が悪いらしい。
ジュリアは天津甕を唱えられないが、この事を実家の関係から知っており、シスイは天津甕と霊癒、どちらも唱えられる。
紫色に染まった上腕。この痛々しい内出血に、ジュリアがシスイを心配するが、
「ジュリア、ほっときなよ。お姉ちゃん意地っ張りだから」
ワラビが諦めろと呼びかける。
「ワラビ。でも」
「こうなったら聞かないよこのヒトは。お姉ちゃんってね、一度こうだと決めたらテコでも動かないヒトなの。自分が絶対に正しいって信じてる“邪威庵”みたいな女だし」
「…………」
「んでもって間違えても絶対に謝らないし」
「……誰が邪威庵」
シスイが喋るワラビの口に、
「休息万病」
「……んぐっ!」
あの外道の詠唱を止めた、粉の入った球を左手でピッ、と弾き入れ、
「げほっ! げほ、げほっ! なっ、何すんのよ!」
「黙れ。ジュリアがこんなに心配してくれているのに、妹の貴方は心配しないの?」
「心配したって聞かないじゃ、……げほっ!」
「懲罰。……ジュリア、貴方は善い子ね。どこで教育を誤ったのかしら、この子も見習ってほしい」
「はは……」
顔を真っ赤にして咳き込むワラビに、ジュリアが乾いた笑い声を上げた。
「キミ、マルコ殿。先に行きましょう」
「し、しかし、その腕では。一度退いて手当てした方がよろしいのでは?」
「心配無用。私たちは火急の事情があって明日にはニャンフンルルに発たなければならないの。マルコ殿とご一緒できる発掘調査も今日限り。さあ、急ぎましょう」
気に掛けるマルコだが、シスイは本日限りと言って押し通した。
ニャンフンルルに発たなければならない。外道の捜索は忘れていないよう。
しかし、右腕の腫れが酷い。後を引かなければいいが、などとあなたも心配する。
***
地下通路を進み、狭くて暗い、急な斜面の階段を下る。
「段をよく見て。足を踏み外さないよう気を付けて」
「はい」
松明を掲げて下りるシスイの先導に、後ろ向きでロープを掴むジュリアが返事をし、この先行して階段を下る二人を、あなたとワラビとマルコは上から眺めていた。
石の階段は長い時を経ているためか、下手に踏めば崩れてしまいそうに朽ちていた。そこでシスイが石床に杭を打ち込み、ロープを張って命綱とした。
床とロープの強度から、命綱の定員は二名とした。降りる順番は、まずシスイとジュリア、次にワラビとマルコ、最後にあなたである。最後にあなた一人の理由は、重い装備があることと、戦えないワラビとマルコを守るためだ。
程なくして、ロープがピンと張られては撓む事を四度繰り返す。これは合図で、シスイとジュリアが階段を下り切ったようだ。
「じゃマルコさん、私たちも行こう。私が踏んだ所を真似して下りて」
「了解」
ワラビがカンデラを提げ、マルコと下り始めた。
松明に火を点けたあなたが階段を見下ろす。戦えない二人だが、この狭い階段で襲われることはないだろう。
あなたが周りを見渡す。幸い、敵が現れる気配は感じられない。もしも先のネズミなどが現れたら、あなた一人で対処しなければならない。
暫くし、またロープが張られては撓むことを繰り返した。ワラビとマルコが下り切った模様。あなたがロープを片手に進み始める。
この命綱は帰りも使う。あなたが踏み外すことのないよう、慎重に階段を下り始める。
そして、あなたが階段を下り切ると、ぴちゃりとした感触を踏み締めた。
水が溜まっている。奥へ続く通路を見渡すと、所々に苔が生えている。
「この下に流れる地下水脈の影響でしょうか。深い所まで来たみたいだ」
なぜ水と苔が、と疑問を抱くあなたに、マルコが天井を見上げながら答えた。
あなたが納得し、湿り気の感じられる苔むした通路を、あなたたちとマルコが進み始める。
反響する足音。ところが、
「うわっ!」
「えっ、なに?」
「な、なんだ?」
マルコとワラビ、ジュリアが声を上げた。後方より重量ある何かの落ちた音が、この地下通路にけたたましく轟いた。
「なんだよこれ! 閉じ込められたぞ!」
急いで引き返したジュリアが叫んだ。
閉じ込められた。これを聞いてあなたとワラビが急いで戻るが、
「ジュリア!」
「ダメだ! この隙間じゃ指が入らない!」
ジュリアが指を入れようとして出来ずにいる。階段への出口は、一枚の石戸によって塞がれており、
「……あっ! ねえキミ、ジュリア、見て!」
「えっ。これまさか、……骨だ!」
ワラビが指さした壁と床の隅には、ヒトの砕けた骨が積もっていた。
「マルコ殿」
「ええ。何ですか、この音」
「三人を呼んで。何か、来る」
「はい」
マルコに呼ばれ、あなたたちが前を向く。
すると、今度は前方より大きな何かが、引き摺られている音が響いている。
「なんだろう」
ワラビが呟き、響く重い音に警戒するあなたたち。
マルコが通路の奥を窺うべくカンデラを高く掲げる。すると、
「……ひいっ!」
その光が現した物に、マルコが腰を抜かした。
前方に映るは、死人の歪んだ顔、顔、顔――。
――我ら師が霊廟、侵す者は誰ぞ――
「ねえジュリア」
「ああ。どういう訳か、壁が迫って来てやがる」
ジュリアがワラビを下がらせた。
これもゴーストなのだろうか。いま起きている事実を挙げるならば、あなたたちに死人の顔が埋め込まれた「壁」が迫っている。
壁は徐々に徐々に、あなたたちに近付いている。
「み、みなさん、あれ……」
「マルコ殿、しっかりして」
怯えるマルコを、面を被ったシスイが立たす。
そして下がらせ、苦無を抜くシスイ。巨大な壁があなたたちを圧し潰さんと迫っていた。




