血塗れの死闘 - 後
不意の電撃に腹を立てたのか。ジュリアの雷巣を喰らった三つ首の化物は、更にジュリアを狙うようになった。
ジュリアは大怪我を負っている。弱った者から仕留める化物の判断は正しい。しかし、それをうかうかと見過ごすあなたではなかった。
先ほどから幾度となく化物が、ジュリアに近付こうとしているが、それをあなたが全て阻んでいる。
あなたはジュリアを化物から守っていた。それでも化物が諦めずに突進するが、盾を構えたあなたが立ち塞がり、あなたと化物が衝突する。
互いの体を押し合う形となった化物とあなた。狂った化物が、あなたに構わず突き進もうとする。
対してあなたは一歩も引かず、化物の巨体を盾で押し返す。これに焦れて狂った化物が、あなたを先に始末せんと左首の牙を剥いた。
しかしあなたは敢えて右腕を噛ませた。一つだけなら大したダメージを喰わないと踏んだからだ。中央と右の首は盾を押し付け、化物の好きにさせない。
化物の悔しそうな唸り声が盾越しに聞こえた。そしてあなたが、化物の腹をつま先で強く蹴り、これに化物が堪らず右腕を放してあなたと距離を置く。
「あ、アンタ! その、……ありがと」
そんな化物と戦うあなたを見て、後ろで壁に寄りかかるジュリアが申し訳なさそうに言った。
ジュリアは左肩を押さえて休んでいた。実は左肩を噛まれた後も、ジュリアは体に鞭打って戦おうとしていた。しかし怪我を負った体を憂慮したあなたが、自分が守るから大人しくしていろ、といった旨を言い渡していた。
そして宣言通り、あなたが鉄壁と化してジュリアを守っている。だからジュリアは感謝していた。実は顔を仄かに赤くしてジュリアは嬉しがっていたのだが、あいにくあなたは化物と向き合っているため気付いてやれなかった。
「やあぁぁっ!」
所変わって気合一閃。ワラビが、下がる化物の横っ腹を小太刀で切り裂いた。
血飛沫が掛かるが驚かず、さらに化物の胴体を無言で深く刺す。ワラビは執拗に化物を痛めつけている。
しかし化物はあなたたちを、壁をも伝う俊敏さで翻弄していた。それが今や、あなたに阻まれればワラビの好いように傷付けられている。
この理由はワラビの一撃にあり、電撃の後の一閃が左後脚の腱を切り裂いていた。だから化物は自慢の足が使えず、冷静さも失っていた。
さらに下がった化物。その腹からは血が流れ、左後脚を引き摺っている。今や立場は逆転し、化物はあなたたちにとって恐るるに足らない獣に成り下がっていた。
「よくもジュリアを。このイヌっころめ、ギタギタにしてやる……」
それにしても容赦がなかった。二本の小太刀を逆手に持ち、ただ八つ裂きにしようとワラビが化物に歩み寄る。
このワラビが恐ろしく映ったのだろう。化物が大きく退き、吠えて威嚇する。普段のワラビから窺えない静かな怒りを、今のワラビの目は湛えていた。
怯える化物が虚勢を張る。しきりに吠え、まるで近付くなと言っているように。
だが、もう遅い。イヌらしくどんなに懐き、どれだけ従順になろうとも、ジュリアを傷つけた化物をワラビもあなたも許す気はなかった。
勝利は目前だった。このままワラビが傷付け、あなたが守れば倒せるだろう。
しかし、そんなワラビとあなたの怒りが、逆にあなたたちの首を絞める事態となる。もう化物は体面など気にしていなかった。泣きべそを掻く子供の如く、意地も誇りもかなぐり捨てていた。
化物が、前足を蹴って更に後ろに退く。そして、
「あっ!」
その可能性をあなたたちは失念していた。化物が、窓を破って逃げ出した。
「まずいよ! あんなの街に放たれたら大変なことになっちゃう!」
急いで追うべくあなたが扉を開く。ワラビは窓から飛び出していた。
表へ出ると、やはり往来は恐怖に包まれており、三つの首を持つ異形の化物に、街の人々がクモの子を散らしたように逃げ惑っていた。
悲鳴が飛び交う大通り。お爺さんが腰を抜かしている。幸い化物は街のヒトに目もくれず、ひたすら遠くへと逃げている。
だが、逃げる故に距離を稼いでいた。足が一つ効かない割には中々速く、ワラビなら追い付けるだろうか、などとあなたが思案を巡らせていると、
「あたしがやる。今度は絶対に当ててみせる」
後ろではクロスボウを構えたジュリアが、既に逃げる化物の姿を捉えていた。
「ジュリア、大丈夫なの?」
「心配するな、撃つくらいならできる」
怪我を気にするワラビだが、ジュリアは振り向きもしなかった。真剣だからである。
そして、血だらけの左手で最後の照準を合わせ、あなたとワラビが固唾を呑んで見守る中、
「絶対に仕留めてみせる!」
ジュリアの意地と共に、クロスボウから矢が放たれる。
目にも止まらぬ速さで放たれた矢。それが追い付かんと夕闇に消える。
あなたは彼女の射撃を信頼している。当たることは当たるだろう。が、化物の巨体を矢だけで仕留められるだろうかと不安を抱いていた。
だが、杞憂に終わった。間もなくして走る化物の動きが止まる。
そして化物がよろめき、その巨体を眠るように沈める。こうして死闘が幕を引き、あなたたちは何とかケルベロスを撃破した。
「はぁ、……やった」
「ジュリア」
膝を突いて倒れ込むジュリアの体を、ワラビが支える。
「ははっ、なあワラビ。あたしたち、あの勇者がやったことをやれたんだな」
「うん。だからもう、動かないで」
「ああ、そうさせてもらうよ。それにしても、疲れた……」
もうジュリアは目を閉じ、ワラビに満身創痍の体を預けていた。
ワラビがジュリアを背負い、教会に連れて帰る。それにしても、とあなたが今一度果てた化物を眺める。
あんな化物、現実にいるなんて聞いた事がない。遥か昔は魔王の尖兵としていたらしいが、全て滅んだと聞いている。そんな化物を何故あの遊び人が飼っていたのか。
あなたの疑問は尽きなかった。あの化物はどこで生まれ、何故この街に現れたのか。




