奮闘ねこいらず
「…………」
地下通路を進み、シスイの鋭い一閃が、飛び掛かる一匹を切り裂いた。
斬られた一匹が血を撒き散らして沈む。矢継ぎ早に違う一匹が、シスイの腕に後ろから喰らい付かんとする。
「そこ」
しかし気付いていたシスイが、腕を払って背後の一匹を石床に叩き落とした。
踏み付けて息の根を止め、そしてシスイが退く。共に戦うジュリアに寄り、姉が妹の親友と背中合わせに臨む。
「ジュリア、無事?」
「ええ、なんとか。にしても、ピラミッドに“ネズミ”がこんないるなんて」
「……ごめんなさい。貴方の手をここまで借りるとは想定していなかった」
「なに言ってんですか姐さん、らしくない。姐さんには助けてもらった恩があるんだ、地獄でも付き合いますよ」
「ふっ、相変わらず熱い女。では散りましょう。お互い武運を」
「はい」
シスイとジュリアが息の合った様子で散開し、迫るネズミどもに各々あたった。
『ピラニアンジャボアス』。トビネズミと呼ばれるネズミの一種であり、跳躍に長けた長い後ろ足を持っている。
この生物はネズミなだけあって小さい。と言っても、ウサギを少しミニマムにした大型ネズミであるが、それでも踏み付けられる程度の矮小な存在である。
しかしこのネズミは、その小さな特徴を実に生かした摂食をする。このネズミは大きな動物に音もなく忍び寄り、跳躍に長けた後ろ足と鋭い前歯で、動物の肉をピラニアの如く剥ぎ取って逃げるのだ。
家畜などがよく被害に遭い、場合によってはヒトの肉も喰らう。いま二人に飛び掛かるネズミたちは、陽がしのげることからピラミッドの中を棲み処にしているのだろう。
「彼女たち、すごいですね」
カンデラを照らすマルコが、ネズミを次々に屠るシスイとジュリアの活躍に感心した。
あなたとマルコ、戦えないワラビは、後方より二人の戦いを見守っている。
通路の幅はあなたたちが横に並べるほどの広さで、シスイとジュリアが前に出て戦い、あなたは二人が漏らした場合に備えてマルコとワラビを守る役目を受け持っている。
「やはり、僕の目に間違いはなかった」
確信したマルコにあなたが、何が間違いなかったのか、と前方の戦いを見守りながら訊く。すると、
「ああ、いや、君たち女性ばかりじゃないですか。でも、君たちを一目見たときどうしてか、護衛を任せられる、って直感が働きまして」
あなたが抱いていた疑念が氷解する。彼はなぜ、女ばかりのあなたたちに護衛を頼んだのだろうか。
心許ないはずだ。実のところあなたは、よからぬ事を企んでないだろうか、などと心の片隅で彼に警戒していた。
名門大学の助教授であることは確認した。しかし、あの僧侶の皮を被った外道に会った後である。
「僕、彼女らのファンになりそうですよ」
丸眼鏡を直してマルコが、実に屈託のない顔で言った。
服の特徴が一致した所為で過敏になっていたのだろう。あなたが自嘲する。
彼は勇者たちに憧れている男だ。ジュリアの家、そしてワラビとシスイの血を、心のどこかで嗅ぎ取ったのだろうか。
「ジュリア、最後の一匹がそっち行った」
「了解! これで最後だぁ!」
ジュリアが鎖を最後のネズミに叩き付けた。
ネズミどもを倒し、一息吐いた二人。この二人は誰の手も借りずに貪欲なるネズミ達をやっつけた。
労うべきだろう。しかし、戦況は予断を許さず、
「うっ、まだ来やがる! 何匹いるんだこいつら!」
ジュリアの苛立つ声が通路に響き渡った。
更なる敵意が現れた。今度は先より数の多い、いわばネズミの群れが、耳を塞ぎたくなるほどの鳴き声を上げて迫って来ていた。
「キリがない。ジュリア、私に任せて下がりなさい」
「姐さん」
「一掃する」
ジュリアの前に立つシスイが手を組む。
そして、静かに紡ぐ呪文は、妹のワラビも唱えられる炎の言の葉――。
――“鉄火鉄血徹頭徹尾。栄光よ、穢れし塵世を焼き払え”
“蒼き空濁る科の雲底、暮れなずむ血が慟哭に消え去ぬ”
“朗々なる月下に悍ましき死が満つる。惨めに落つ涕は既に枯れ”
“闇昇る太陽、禍絶やすべく滅ぼし給え、急々如律令”――
ノミの如く跳ぶネズミの群れを、充分に引き付けたところで、
「――“双火神”」
「うわあっ!」
地下通路を炎が埋め尽くし、その予想以上の火力にジュリアが驚いた。
間もなくして炎が消え、盛んに毛を燃やして飛び跳ねるネズミと、焦げてひっくり返ったネズミだけが残る。
まさしく焼け野原。姉が唱えた双火神の炎は、妹のそれより数段強力であり、聞けば妹が水の元素を得意とするのに対し、姉は火の元素を得手とするよう。
「殲滅」
「すっげ、さすが姐さんだ!」
宣言通りの一掃に、ジュリアが目を輝かせて喜んだ。
そして振り返るシスイ。敵を全て倒し、失った血を補充すべく懐より竹筒を取り出そうとするが、
「ジュリア! お姉ちゃん! まだ来てる!」
新たな敵に気付いていたワラビが、終わっていない旨を喚起した。
それは、その体の大きさにしては軽やかに走っていた。それもそのはず、骨だけなのだから。
カコッ、カコッ――と、蹄のような音を石床に鳴らす。骨だけの「獣」が、地下通路を異常な速さで疾駆する。
急いで前を向くシスイ。だが既に遅い。強襲する骨だけの獣『スカルビースト』が、その頭蓋骨を前へ突き出し、
「あっ」
「姐さん!」
水筒が残る水を撒く。骨だけの獣がシスイの細身を撥ねた。
「この、よくも!」
恩人を傷付けられ、ジュリアが鎖を片手に襲い掛かった。
だが、あなたの方が早かった。あなたが盾の側面で獣の額を強打する。
頭蓋が砕け、残る骨だけの胴体がバラバラと落ちる。すかさず前を望むが、新手は現れない。
ようやく難を除いた。だが、
「ぐっ。ぬかった」
跪くシスイが右腕を押さえていた。
「姐さん! 直ぐに霊癒を唱える!」
「……いや、いい。ジュリア、貴方の手を借りるまでもない。この程度、ツバ付けとけば治る」
心配するジュリアを制したシスイが、また目を閉じ、痛みを堪えながらも手を組み――。
――“悔い改めよ、烏滸がましき友よ”
“邪に惑わず汝ばかり信じ、降りし神が与えた蛆の園”
“既に此の刺蛾、祈り能わず。醜く背きし御心を呪う”
“堕つる明星美しく。嘆きの果て朽ちる身、どうか情けを”――
「――“天津甕”」
強く打った右腕に、痛みを麻痺させる魔法・天津甕を唱えた。




