血塗れの死闘 - 前
聖堂には、祭壇へと続く広めの身廊があり、その左右を長机と長椅子が等間隔に並べられている。
子供達が元気に手を上げる学び舎であれば、幾多の新郎新婦が契りを交わす空間でもある。その聖堂で今、ヒトを喰い散らかした三つ首の狂った化物が、未だ血と肉を貪らんと息を荒げていた。
入口を背にした化物が、前脚を曲げて低く屈む。三対の双眸という異形があなたたちを捉えている。
しかし恐れるわけにはいかない。正面に立つあなたが盾を構えて前へと進み出る。その後ろでは、ワラビが背から大太刀を抜き、ジュリアがクロスボウに矢を番える。
あなたが化物を食い止めている隙に、後ろの二人が化物を突く。この構えは、各々の長所を生かしたあなたたちにおける必勝の陣形である。
だが、そんなあなたたちの目論見を、狂った化物が嘲笑うかのように、
「……えっ!?」
その巨体が駆けた。まさに疾風の如き速さで。
瞬く間にあなたの横をすり抜け、化物が後ろの二人を狙った。あなたが振り向くが、二人もあまりの速さに意表を突かれて突進を許していた。
そして、狂った化物の中央の首が、ジュリアに向かって牙を剥く。これに対してジュリアが慌てて腰から鎖を抜き、
「うっ、わぁぁぁぁっ!」
横に構えた鎖を化物の口にかませ、何とか牙を食い止める。
だが、左右の首が諦めない。猶も牙を剥いてジュリアに襲い掛かる。
「た、助けてワラビ!」
「うん!」
すかさずワラビが大太刀で突こうとするが化物も勘が良い。狂った化物が僅かに退いてワラビの突きをかわした。
そこへあなたが割って入り、化物が諦めて一旦下がる。
「こ、このっ、びびらせやがって!」
次の口火を切ったのはジュリアだ。クロスボウを素早く構えて矢を放つ。
化物にペースを握られるわけにはいかない。そんな焦りが今のジュリアから感じられた。しかし、化物は体を屈めて楽にかわし、矢が壁に突き刺さる音が聖堂に虚しく響いた。
そして息を吐く暇もないとはこのこと。今度は俺の番と言わんばかりに化物が速く駆ける。
またも化物はあなたの横をすり抜けようとし、後ろの二人を狙った。だが、今度はあなたが何とか立ち塞がれたため、狂った化物は直進をやめて止まり、再度下がった。
「なんて反応してんだよアイツ、矢をかわすなんて……」
ここまでで敵にダメージこそ与えていないものの、あなたたちも喰らっていない。しかし、あなたの後ろではジュリアが落ち込んでいた。
矢をかわされて自信を失っていた。次矢の装填を忘れる程で、確かにヒトの目では追いきれない速さの矢を化物は軽くかわした。これではいかなる攻撃も通用しないと思うのは仕方ないのかもしれない。
だが、それでも戦わなければ皆を守れず、自分たちも死ぬ。このようなときはとても心強い、
「ジュリア! 諦めちゃだめ! 勇者たちだってコイツを倒したんだ、私達にだってできないことはない!」
ワラビが先例を挙げ、ジュリアを叱咤する。
「……そうだ、落ち込んでる暇はねえ、このイヌを、何としてでも倒さなきゃ」
ジュリアが何とか立ち直り、振り出しに戻った戦況。
だが狂った化物は、次は少し違う行動を取った。入口側は机と椅子がなく、広い空間となっているのだが、その空間の右に向かって化物が駆け始めた。
結果的にあなたたちとは距離を置くことになるため、あなたたちが気を緩めてしまう。しかし、ここで化物が驚愕の行動に出る。
化物が壁に向かって跳び、
「えっ!?」
「なっ……!」
その信じ難い姿にワラビもジュリアもあなたも驚く。なんと壁を、狂った化物が走った。
壁を垂直に伝って大きく回り込み、ワラビとジュリアの後ろまで来たところで、化物が頃合は良しと壁を蹴って急降下する。
「……っ!」
この強襲にあなたたちは声を上げる間もなかった。完全に後ろを取られた。
剥き出しの牙が、唾液を散らしながらジュリアに迫る。急いで振り向くが間に合わず、後ろ向きで逃げるジュリアに化物が跳びかかった。
そして、押し倒されたジュリアの左肩に、化物の鋭く大きな牙が立てられる。
「ああっ! うわあああぁぁぁっ!」
絶叫するジュリア。尻をつきながらも逃れようとするが、中央の首が放さない。
続いて右の首がジュリアの左腕に噛み付く。これにあなたたちの頭を横切ったものは、先ほどの遊び人が腕を引きちぎられた光景だった。
――“数多の巨人を屠りし、雷火奔る猛き怒りよ”――
何としてでも食い止めなければ。仲間の死を見過ごすわけにはいかない。
動転するワラビがやぶれかぶれに振りかぶり、
「ジュリアを放せえ!」
化物を斬ろうと大太刀を振り下ろすが、無情にも左の首が刃を噛んで止める。
――“戦え。闇と吹雪が三度続いた。而して、黒き黄昏が訪れた”――
そして状況はますます悪化する。意図か偶然か、化物がワラビを盾とした。
左の首が大太刀を放さず、ワラビを釘付けにした。この為にワラビの後ろにいたあなたは手が出せなかった。剣で切り込めば、下手をするとワラビを斬ってしまうからだ。
しかし迷っている暇はない。残る手段とあなたが盾を構える。
暴挙を止めなければ。神にも祈る思いであなたが、ワラビを巻き込んででも狂った化物にぶちかまそうとしたとき――。
――“冥府より現れし茨の王、惰弱なる者に安楽の救世を謳う。なんと愚かな”
“笛の音が聞こえるか。尚武を是とし向かわん”――
諦めなかったジュリアが唱え、右手を化物の首に押し当てて咆える。
「飽くなき闘争の果てにっ! ――“雷巣”!」
途端、何かが弾けるような音がした。それと同時に化物が一瞬だけ跳ねる。
狂った化物がジュリアを放した。この隙にジュリアが叫び、受けた痛みの恨みを友達に託す。
「今だワラビ! 斬れ! 今なら斬れる!」
ジュリアが唱えた「雷巣」とは、電撃を放出する護身用の魔法であり、敵を痺れさせることができる。
雷巣はジュリアの奥の手である。一人で旅をする身を案じて覚えたそうだ。ただ霊癒に比べると血の消費が激しいため、滅多なことでは唱えたくないらしい。
狂った化物はよろめいていた。痺れの所為で脚が覚束ない。そこへワラビが一閃を浴びせ、初めて痛打を与えた。
「ワラビ、やってやろうぜ。勇者たちがやったこと、あたしらもやってやろうぜ……」
下がる化物に、立ち上がったジュリアが気概を示した。
ジュリアは左肩を押さえ、辛そうに痛みを堪えている。だが、その切れ長い目だけは勝つという意気に燃えていた。
しかし、左肩からの流血が激しい。これではもう戦闘の継続は不可能だろう。




