それぞれの誘い
あれからしばらくあなたたちは、背負子や籠を背負って上流の森に通いつめていた。
グレイローズを倒したあなたたちは樵から信頼を得ていた。指名されるほどの人気ぶりで、あなたたちは依頼を請け負っては成果を示していた。
また、世話になっているシスターの為にも、森へ行くにあたって山菜や果実の採集を欠かさなかった。それとジュリアだが、あれからもあなたたちに同行し、共に樵の依頼および採集を行っていた。
ワラビとの連携は日ごとに精度を増し、併せて二人の仲はもはや親友と言ってもよかった。しかし浴場では、未だジュリアが裸を見せてくれないようで、その不満をあなたがワラビから度々聞かされる。
これと並行してあなたは、鉱夫からの依頼もこなした。一度ワラビに内緒で、坑道から石炭を運ぶ仕事をあなたは受けていた。
何百、いや何千、もしくは何万とも言える坑木が、隙間無く組まれた道が果てしなく続く。時に枝分かれし、時に交差する坑道内に初めて入ったあなたは、一度隈なく調べたい冒険心に駆られた。
また、鉱山の外に立ち昇る煙。これは燃やすことで動力を得て、その動力で坑内に湧き出る水を排出している話をあなたは聞いた。そんな坑道に熱心なあなたを見て勘違いしたのだろうか。あなたは鉱山の監督から「旅人やめてウチで働かないか」と誘われた。
熱心な勧誘であった。有り難かったが、この誘いをあなたは丁重に断った。
そんな日々を送って旅の資金もそこそこ貯まり、あなたたちは一部の装備を新調した。
あなたは「ウォルナットシールド」を購入した。この街の戦士がよく使う、クルミの木材でできた大きな盾である。
ワラビは鉱夫の作業着に用いられている綾織の布地を使い、服屋に注文して着物を仕立ててもらった。それとジュリア。彼女はマーチラビットの毛皮を加工して長手袋に仕上げた、「兎の長手袋」を購入した。
ジュリアは旅に同行するわけではない。その代金は全て自前である。
「ジュリアはこの街の生まれじゃないんだよね? どうしてシスターのとこのお世話になってるの?」
そして、この日も上流の森に通い、その帰り道にワラビが訊いた。
燃えるような輝きの西日が街を照らす。没鶏の時を迎え、あなたたちは教会への帰途に着いていた。一度帰って風呂に入ろうと考えていたときだった。
ジュリアがクロロの住民ではないのは既に述べている。あなたたちと同じく旅をしていたそうだ。
「うーん、なんでだろうな。ここ居心地いいからさ、みんな優しいし。それにあたし、子供キライじゃないし。って言うかむしろ好きだしな」
「そっか。ねえジュリア、……わたし達と一緒に来ない?」
突然のワラビの誘いに、ジュリアが「えっ」と切れ長の目を見開かせて戸惑った。
この誘いにはあなたも同意している。彼女が旅に同行するのならこれほど心強いものはない。遠くから敵を狙い撃つことができ、治癒魔法を使える。どちらもあなたとワラビにはできないことである。
何よりワラビと仲が良い。ワラビの良き相棒となるだろう。また、容姿が良いため華があり、節操もある。瓶詰を貪った前科がある油断も隙もないワラビを、窘められるのは彼女しかいない。
「わたし達は目的があるから、いずれ旅立つんだ。ジュリアが来てくれたら私もっと頑張れる。ねっ、行こうよ。わたしジュリアと一緒に行きたい、旅したい」
「……あたしもおまえと旅したら、きっと楽しいんだろうなって思うよ。でも、少し考えさせてくれ、考えたこともなかったからさ」
ひとまず、答えは保留にされた。
行く気がないのなら即座に断るはずだ。脈はあると思っていいだろう。けれど彼女は長くクロロに住み、もう愛着を抱いているようである。
今いる環境というものは中々変え難いもの。彼女がクロロに根を下ろし、やがて誰かと結婚して子供を産むのも選択の一つであり、それはそれで素晴らしい人生で誰にも否定はできない。
とりあえず伝えるべきことは伝えた。後は彼女次第だ。先を歩くワラビが教会の扉を開けたときだった。
「分からねえ女だな! 早く金をよこせって言ってんだろ!」
しばらく平穏な日々が続いていたため忘れていた。聖堂にはあの男がいた。
借金を抱える碌でもない遊び人、シスターの弟・ロイド。その遊び人が手前側に立ち、奥ではシスターがまだ帰っていなかった子供達を背で庇っていた。
遊び人があなたたちに気付き、さっそくジュリアを呼ぶ。
「おう、ジュリアか」
「早く出て行けよ! 子供たちが怖がってんだろ!」
「へへっ、ジュリア、おまえこれが分かるかよ?」
「……それはっ」
遊び人が懐から取り出した物に、あなたたちが息を呑んだ。
どこから手に入れたのか。それは、花弁のない一輪の花で、晒した緑の子房が鶏卵のように丸く膨らんでいる。
子房の姿にあなたたちは衝撃を受けた。実物を見るのは初めてだが、その丸い子房から採れる果汁は、ヒトを狂わす悪魔の蜜として世に広く知られている。
「“ケシ”の実……」
「そうだ、麻薬の元となる“アヘン”だ。ジュリア知ってっか? この国じゃ禁制とされているがよ、この世にはこれが欲しいって奴がたくさんいるんだ。こんなモノ吸って気持ちよくなりてえ、ってラリったバカがうじゃうじゃといるんだぜ、ハハハッ」
遊び人が嘲るような笑い声を響かせた。
ケシの実を傷付けると液が出て、それを乾燥させた物をアヘンと言う。これから生成される物質には鎮痛や陶酔の作用があり、古くから医療目的で使われてきた。
一方で、生成された物質をヒトが摂取すると止めどない快楽に満たされる。いや、快楽だけならまだ良い。この物質は快楽を与える裏で、煙草より遥かに強い毒を摂取した者に与え、しかも煙草より遥かに強い依存性まで背負わせる。
一度摂取した者は、また快楽を味わおうと追い求め、体がボロボロになるまで摂取し続ける。さらに断とうと思い立っても強い依存性がそうはさせず、また摂取するまで恐ろしい幻覚を見るようになる。
死に至るまで体と心を食い潰す、やめようと思ってもやめられない悪魔の蜜。よって許可のないケシの所持は多くの国で禁じられていて、それ故に中毒者はいくら高値でもこの悪魔の蜜を追い求める。
「俺はよ、そんなバカどもにこのアヘンを売って稼ごうと思ってんだ。へへっ、人生一発大逆転だぜ。だからよ、来月には種を急いで撒かなきゃならねえ。姉貴、早く俺が畑を買えるだけの金をよこせ、この教会を売り払ってでもよ」
以前この男が教会に訪れ、シスターが嘆いた訳をあなたが理解した。
愚かな男である。人に不幸を背負わせて甘い蜜を吸おうとしている。それに、姉のシスターが悲しんでいるのに、弟の遊び人は我が身を省みようともしない。
たとえ栽培に成功してアヘンを生成したとて、この男はどのようにして卸すのか。既に密売ルートを見つけているのかしれないが、いずれにしろケシの所持は犯罪である。
「ジュリねーちゃん、ニンジャさん、怖いよ……」
「先生……」
子供達が不安がり、シスターが抱いて懸命に慰める。
「このっ、お前がここまでバカとは! 先生の弟だから我慢してたけど、もう我慢できねえ! ぶっとばしてやる!」
「まあ落ち着けよジュリア。俺が考えなしに来たと思ってたか? ……俺は手に入れたんだぜ、お前をモノにするだけの力をよぉ」
「なんだと!? お前なんかが戦士のあたしに勝てると思ってんのか!?」
「へへへっ、……ヒヒッ」
憤るジュリアに、遊び人がいやらしい笑みを浮かべた。
寒気がする視線だ。股間を膨らませている。しかし、目の前の男は軽薄。武器も持っておらず、とても強いとは思えない。
何がこの男に自信を与えているのだろう。今この場には戦士が三人いる。この状況を理解せぬほど愚かなのだろうか。それとも、強気に出れるだけの根拠を持っているのだろうか。
「ひゃは、ハハハッ、ハハハハハッ! お前のそんな強気が、これからしおらしくなると思うとたまんねーなぁ! それじゃあ見せてやるぜ、俺が手に入れた力をよお!」
狂った眼で遊び人がジュリアに宣言したときだった。――ガシャン! と窓の割れる音が響いた。
あなたたち、そしてシスターや子供達が振り返ると、そこには一匹の見たこともない大きな獣が、突き破った窓の前に立っていた。
獣の姿はあまりにも異様だった。皆が言葉を失う。だが、ただ一人遊び人だけがまくし立てる。
愉悦を交えた狂気の形相で、俺に従え、傅け、跪け、と。
「ひへへっ! どうだ、これが俺が手に入れた力だ! コエーだろぉ、ションベンちびるだろ!? コイツがいればこの世は俺の思い通りだ! 俺をナメていた奴みんな這いつくばらせてやるぜ、ひゃはは!」
現れた獣は、以前見たことがあった。
ハトゥーサの街で見た刑事の徽章だ。その存在が、いま確かに立っていた。
オオカミに似た三つの首が荒々しく息を吐き、三つの口から垂れる涎が早く獲物を欲しがっているよう。そして、六つの鋭い目がそれぞれ、シスターと子供達、あなたたちを凝視する。
それは、神話の時代から伝わる伝説の獣で、魔王の時代にはその尖兵として恐れられていた。
――地獄の番犬『ケルベロス』が、この聖堂に現れていた。
「きゃあぁぁぁ!」
「なっ、なんだあれ! 逃げろっ、逃げろ!」
突然の恐怖の襲来に、子供達がパニックに陥る。
我先に奥へ逃げ出す子供達。この怯える様子が遊び人の嗜虐心をくすぐり、
「へへっ、逃がさねーぜ。おいケルベロス! あのガキら食っちまえ!」
乱暴にケルベロスの尻を蹴る。だが――。
「……おい! 俺だ俺! 飼い主の言うことをきっ、……うわぁぁぁ!」
ケルベロスは伝え聞く限り、飼い主に従順な獣のはずである。
魔王はこの伝説の獣を何らかの手段で生み出しており、そしてこれと対峙した勇者の仲間である剣士は、飼い主の為に健気に働くケルベロスの忠実さを認めた。
そのような経緯があってケルベロスは司直の徽章とされていた。だが今、目の前にいる獣は、忠実さの欠片もない狂った化物であった。
中央の首が、遊び人の右肩に噛み付く。続いて左の首が右腕に噛み付く。
そして二つの顎が、遊び人の右腕を引きちぎる。
「あっ、たすっ、たす、けっ……」
哀れな声が聖堂に響き、その凄惨な様子にシスターが絶句した。
やがて、シスターがよろめき、その場に倒れ込む。
「先生!」
幸か不幸か、狂った化物が貪っている隙に、あなたたちが奥へシスターを避難させた。
そして、獣の荒い吐息がやけに聞こえる聖堂で、あなたたちが遊び人を喰い散らかした狂った化物と対峙した。




