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祈望

 明朝。扉を開けたあなたが、外の新鮮な空気を吸った。

 ぼやける目をこすったあなたが井戸へ向かう。昨夜は日が変わった夜中に眠った。その所為(せい)かあなたは中々意識が覚醒しなかった。

 つるべ式の井戸からあなたが水を汲むと、

「おはようございます」

 修道服に身を包んだシスターに話しかけられた。


「うふふ、まだ眠そうですね。昨日はお疲れ様でした」


 朝日と同様、まぶしい笑みを見せるシスター。男ならこの笑顔の為だけに頑張れるだろう。

 今日はどちらへ、とシスターがあなたに予定を伺う。これにあなたは、ひとまず戦士会へ赴き、それから今日も上流の森へ行くだろう、といった旨を告げた。

 昨日グレイローズ討伐の証拠を示した折に、あなたは店に張り出されていた依頼に関する掲示板を見ていた。その中には、山菜を収穫しに上流の森へ行くので手伝い兼護衛をして欲しいという依頼があり、仲間であるワラビを連れて行くのはもちろん、ジュリアがよければジュリアも連れて受けようかと考えている。

 ジュリアは頼れる、とあなたは感じた。この辺の地理に明るく、敵を遠くから撃つことができ、彼女の協力があれば仕事が大きく(はかど)るだろう。

 しかしジュリアは一人の戦士だ。また付いて来てくれるだろうか、などとあなたが不安を洩らすと、

「その点は心配ないでしょう。ワラビさんと仲良いみたいですし。……ふふっ、あの子、ああ見えてかなり臆病なんですよ?」

 と告げてから、

「では、今日も帰ってくるのは遅くなりそうですね。お弁当を作りますのでそれまで待っていてください」

 と、シスターがにこやかな笑みを浮かべた。


「おはよ先生! 今日ね、ここに来る途中にノラネコちゃんと会ったの!」

「うふふっ、そのノラネコちゃんかわいかった?」

「うん! でもね、おいでおいでしたんだけど逃げちゃった」

「ネコは怖がりだからね。今度ねこじゃらしを持っていってはどうかしら?」


 今日も学びに来た児童を、シスターが連れて教会へ戻る。

 彼女の歩く後ろ姿は上品さを匂わせ、あなたが疑問を感じた。このシスター、何者なのだろうか、と。

 異質なのだ。身なりこそ質素なものの、その立ち振る舞いに仕草。彼女の挙措はどれ一つとってもこの街に似合わず、まだハトゥーサ市街地の住民、といった方がしっくりくる。

 また、彼女が住む教会。ここには神父がいなければ他に修道士もいない。つまり彼女一人が住み、彼女一人がこの教会を経営している。

 昨晩は弟が金をたかりに来ていた。いまいち彼女の素性がつかめず、首を(かし)げるあなたが顔を洗うと、

「おはよキミ。ふぁぁ、まだ眠いや」

 あくびをするワラビと、朝日に目をすがめるジュリアが仲良く現れた。


「おはよアンタ」

「ねえキミ、今日どうする?」


 あなたがワラビに、掲示板に貼り出されていた依頼について伝える。

 異論はなかった。ワラビが快く了承し、

「えっ、あたしも?」

 あなたが、ジュリアもどうかと誘う。


「……へへっ、えへへっ、しょうがないなぁー。あたしに任せな、アンタの出番がないくらいにあたし頑張るぜ」

「ふふっ」

「なに笑ってんだよワラビ」

「別に。ふふっ」


 ジュリアも了承した。シスターの言うとおりであなたが安心する。

 そして、二人が井戸から水を汲んで顔を洗う。このあいだ二人のおしゃべりは止まることなく、たった二日で随分と仲良くなったものだ、などとあなたが感じると、

「ジュリねーちゃーん」

「おっ。おはよ」

 学びに来た児童が現れ、ジュリアが挨拶を返した。


「隙ありっ!」

「きゃあ!」

「へへっ、思ったよりムネあるじゃねーか、忍者のねーちゃん」


 気を抜いていたワラビの胸を、男の子がタッチした。

 にやける男の子に、赤面するワラビ。さっそく追いかけて捕まえ、男の子を羽交い絞めにする。

 そして両の拳をぐりぐりと、挟むように男の子のこめかみに押し付ける。


「いてぇぇぇっ! ま、まいった、参ったよ忍者のねーちゃん!」

「すごーい、あっという間にやっつけた! ニンジャさん、今の“ニンジツ”?」

「ち、違うってば。わたし忍者じゃない、……きゃぁ!」

「隙ありー」

「なっ、なんでジュリアが触るのよ! しかも正確に私のチクビつついてるし。やだ、もう」


 ワラビが男の子を放した間隙だった。ジュリアにもいじられ、そのがっくりとしたワラビの反応にジュリアがにしし、と笑った。

 それから女の子が、手にしているある玩具をジュリアに見せ、

「ねえジュリねーちゃん、作ってくれたコレ、どうやって飛ばすんだっけ?」

「忘れちまったのか。いいか、これはだな」

 その、T字型の玩具の棒の部分を、ジュリアが両の(てのひら)で挟み込み、そして擦り合わせるようにして勢い良く回す。


「わー、飛んだー。たかーい」


 玩具は瞬く間にあなたたちの頭上を超えて舞い上がり、その浮上した様子に女の子が手を叩いて喜んだ。

 やがて、回転する玩具がふわふわと下りてきて、ワラビの黒髪に「ぷすっ」と刺さる。

 笑う皆を後目に、ワラビが髪から玩具を引き抜き、

「へえ、西で作ったとは思えないくらい良くできてる。ねえジュリア、この“(たけ)とんぼ”ジュリアが作ったの?」

 とよく覗いてからジュリアに尋ねた。


「ああ。ただで住ませてもらってんだ、子供らのおもちゃくらいは作ってやらないとな」


 西方と東方の文化が交わって久しい昨今。この回すことで浮上する玩具、(たけ)とんぼと言う。

 竹とんぼという玩具、発祥は東方である。だからワラビは竹とんぼをまじまじと覗いてから訊いた。

 あなたは会った時から思っていたが、このジュリアという子、とても器用である。女の子の服には花をモチーフとした精巧な()(しゅう)が施されていて、男の子の服には動物をモチーフとしたアプリケが貼られているが、これら子供達が着る服の装飾や補修は、シスター(いわ)く全て彼女が施しているらしい。

 また、その器用さは戦いにも生かされていた。彼女は扱いの難しい鎖分銅という得物を、まるで自らの手足の如く操る。ナイフの扱いも長けていて、一昨日遭ったマーチラビットや昨日遭遇したスライコヨーテを彼女は無駄なく解体した。

 ひょっとしたらどんな武器でも、彼女なら直ぐに使いこなせるのではないだろうか。それと治癒魔法を使える彼女は、「(いのち)」に係わる魔法が得意だと言っていた。命と聞いて分からなかったあなたが尋ねると、どうやら魔法には一般に伝わる四大元素の他にも元素があるらしく、彼女が言った命とはその四大とは違う元素だった。

 四大元素しか知らないあなたには初耳であり、この話題には興味をそそられた。ワラビが魔法でゴーストを退治した場面を目撃して以来、魔法について興味を抱いているあなたが詳しく尋ねると、元素には、彼女が得意とする命や四大の他に、力や存在を成す元素「(ちから)」や、変質を成す元素「(じゃ)」といった物があると彼女は言った。

 他にも多少の専門用語を交えて彼女は分かりやすくあなたに説明した。この事から、ジュリアが魔法に詳しいことが窺え、一度話をじっくり聞いてみたいもの、などとあなたが考える。

 ちなみに、あなたは魔法についてワラビにも聞いたことがあるが、その説明は要領を得ず理解に苦しんだ。理屈よりも感覚な子のため、教えるという分野ではワラビは当てにできなかった。


 そしてあなたたちが教会に戻り、依頼を受ける為に支度を整えていると、

「お待たせしました。はい、お弁当。今日も依頼がんばってください」

 シスターが訪れ、バスケットをあなたたちに渡した。

 昨日の花弁とは打って変わり、バスケットからはとても旨そうな匂いが漂っている。これに我慢できないワラビがバスケットを開ける。すると、

「わあー、おいしそう。シスターありがとう」

 サンドイッチがぎっしりと詰まっていた。新鮮な野菜を挟んだ物があれば、肉や卵を挟み込んだ物もあり、どれもこれも垂涎(すいぜん)でワラビが(いた)く喜んだ。


「先生、じゃあ行って来るよ」

「はい、いってらっしゃい。貴方たちに、神のご加護があらんことを」


 シスターが手を組み、あなたたちの無事を祈った。


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