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不穏な空気

 (しゅう)()の時を過ぎ、フクロウの鳴く時分にあなたたちはクロロに帰還した。

 グレイローズの討伐報告だが、もう夜は更けている。あなたたちは報告を明日にしようと考えていた。しかし、教会へ行く途中に建つ戦士会の店の前を通りかかると、店の前ではスキンヘッドで強面(こわもて)のオヤジが腕を組んで立っていた。

 このオヤジはクロロの戦士会職員である。スキンヘッド、言い直してハゲた職員は、あなたたちの姿を認めるや否や強面を崩して喜んだ。

 討伐から帰らないあなたたちを心配していたようであり、街の戦士に呼びかけようか悩んでいたらしい。


 さっそく店の中に招かれ、あなたたちが頭の下がる思いで討伐の証拠を見せた。

 順番だが、まずはジュリアがトゲだらけの蔦を提出した。次にワラビは、何も出さなかった。

 代わりにワラビは山ほどのプラムを抱えていた。最後にあなたが、四つ結びで固く結んだ大きな布を差し出す。

 中には灰色の花弁が入っている。


「…………」


 ハゲた職員が黙っている。包んで三刻は経っているのだが、布越しでもムンムンと臭いが伝わってくる。

 一体どれほど希釈すれば、これが良い香りに変わるのか。鼻をつまむあなたの疑問は尽きなかった。

 ハゲた職員もしかめっ面をしていた。明らかに開けるのをためらっている。だが、確認のため仕事のため義務のため報いるため、どうしても開けなければならない。

 (まま)よ。そんな顔をしてハゲた職員が包みを開けた。それで香りが「もわっ」と店内に広がった。

 こうしてあなたたちは報酬を得た。ちなみに、なぜあなたが灰色の花弁を持っていたのか。これはあなたたちが公平に「ジャンケン」と呼ばれる遊びで決めた結果であった。


「こんなに遅くなるとは思わなかったな。先生、もう寝てるだろうな」


 そして店を出たジュリアが、真っ暗な空を見上げて言った。

 静まった暗い大通り。あと少しで日が変わり、皆ヒツジを数え終えて夢の中だろう。

 静かに歩くあなたたちが、間もなくして教会に着く。しかし、窓からかすかに(あか)りが()れており、これにあなたたちが顔を見合わせる。

 先のハゲた職員のように、シスターもまた、寝ないで待っているのかもしれない。しかし違った。

 ジュリアが扉を開ける。すると聖堂では、見た事のない男がシスターと言い争っていた。


「そんなことにお金を貸せるわけないじゃない! ねえ、お願いだから、ちゃんと働いて借金を返してよ……」

「はあ、めんどくせえなぁ。真面目に働いて借金返そうとしてんだろ? チマチマ働くよりこっちの方がずっと効率いいじゃねえか」

「だからって」

「あーマジうぜえ。お前は何も言わずに金を貸せばいいんだよ」


 ランプだけが照らす薄暗い聖堂の中で、天使のような顔が悲しく柳眉を下げていた。

 普通なら動じるのがヒトの心だろう。しかし男は、シスターの忠言を聞き入れず、ふてぶてしく居直っていた。

 この男はいったい何者だろうか。髪は長くて肌は浅黒く、光る純金であろう指輪が嫌でも目に付く。

 遊び人といった風情だ。その遊び人が、

「だからよ、……おおっ、ジュリアじゃねーか」

 あなたたち、特にジュリアに気付いて振り返った。


「ジュリア、早く戦士なんてやめて俺と付き合えよ。俺はお前の告白を首を長くして待ってんだぜ? なぁ?」


 シスターが泣いているにもかかわらず、遊び人はジュリアを()()れしく誘った。

 面の皮が厚いとはこのことだ。しかも口説き方が、明らかに上から目線でふざけている。

 あなたが(あき)れる。ジュリアも不快感を(あら)わにする。しかしジュリアはこの遊び人を知っているようである。


「誰がおまえみたいなろくでなし相手にするかよ。しかもまた先生を泣かせやがって」

「あん? こんな偽善者放っておけばいいんだよ」

「なんだとっ! 先生はお前を心配しているんだぞ! そんな先生の気持ちが分かんねえのか!」

「へへっ、そういきり立つオマエも可愛いぜ。しかしよぉ、おまえのそんな強気も、これで見納めと思うと寂しいなぁ」

「…………?」


 口角を上げて惜しみだした遊び人。これにジュリアが(いぶか)る。

 遊び人が続ける。近いうちにジュリアを、必ずやモノにすると宣言して。


「もう少しすればこいつの世話になることもなくなるからよ。それによ、“あれ”を見れば、お前きっとビビッて俺を見直すぜ。へへっ、待ってろよ、お前を従わせてやる。……おいっ、また来るからな! 次は金を用意しとけよ!」


 最後にシスターに辛くあたり、遊び人が教会を出て行った。

 それにしてももったいない。性格はふざけているが、遊び人の容姿はとても整っていた。

 (とし)はジュリアやワラビの少し上くらいだろうか。性格がまともだったならジュリアとて分からなかっただろう。

 あなたは勘付いた。そしてワラビも分かっており、

「チャラいヒトだったけど、顔はシスターに似てて結構イケてたね」

 と、遊び人とシスターの関係についてあなたと同じ事を考えていた。

 

「お見苦しいところを見せてしまってすみません。あの子は私の弟なのです」


 シスターが涙を拭いながらあなたたちに謝った。


「ジュリア、いつもごめんなさい」

「気にするなよ先生。アイツは嫌いだけど、でも、先生は尊敬してるからさ」


 クロロの外れには一軒の大きな(やしき)がある。この後のジュリアの説明によると、今の遊び人はそこに住んでいるとのことだった。

 名を「ロイド」と言い、仕事に就かず毎日ぷらぷらし、(ろく)でもない奴らとつるみ、借金を多く抱えているらしい。さらに身の程を(わきま)えぬ大言ばかり吐き、常に偉そうな物言いで自分を高みに置こうとする。まともに話を聞くだけ無駄だ、といった旨をジュリアはあなたたちに伝えた。

 加えて性根が情けなく、強い者にはへいこらする一方で弱い者には強く出る。一度子供たちにあたり散らしているところをジュリアは見た事があり、だからジュリアは今の遊び人を()(かつ)(ごと)く嫌っていた。


「それより先生、今日このヒトらと一緒に依頼をこなしてきたんだ。見なよ、コイツったらこんなにプラムを採ってきちゃってさ」

「ちょっとジュリア、シスターに私が食いしん坊みたいに言うのやめてよ。明日子供たちと一緒に食べるために採ってきたんだもん。手ぶらで帰るわけにはいかないじゃん」

「ふふ、分かった分かった。だからさ先生、これ食べて元気だそうよ?」


 ジュリアがまるっとしたプラムをワラビから取り上げ、そしてシスターに差し出した。

 みずみずしい子供のほっぺたに似た果実を見て、シスターの顔にようやく笑みが戻る。


「ふふっ、もう遅いから明日にしましょう。ジュリア、友達ができたみたいで良かったですね」

「友達!? ……うーん、まあ、友達、なのかなぁ?」

「うふふっ、いつも言ってるでしょ、あなたは素直になりなさい。ワラビさん、この子はヘソが曲がったところがありますから」

「うん、知ってます」

「おい!」


 かしましいやりとりが続いた。そしてシスターがあなたに、「ジュリアと仲良くしてやってください」と告げた。

 シスターも、中々帰らないあなたたちを心配して神に無事を祈っていた。だがその最中に弟が現れ、それで口論となっていた。

 しかし先ほどの男、また来ると言っていた。それに、ジュリアの説明だけでは肝心なことが抜けており、なぜ奴は借金を抱えているくせに豪奢(ごうしゃ)な暮らしをできるのか。普通なら差し押さえられ、金の指輪など付けられなければ大きな邸に住むことなどできないはずである。

 そして、姉のシスターにいったい何を頼みに来たのか。口論から金の無心であることは分かるが、シスターは「そんなことにお金を貸せるわけない」と断っていた。

 いずれにしろ、碌でもない男であることには間違いがない。大変なことが起きなければいいが、などとあなたが気に掛ける。


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