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息の合った二人

 木洩(こも)れ日が土と草をかすかに照らす、鬱蒼(うっそう)とした森の中。

 時刻は翳羊(えいよう)の時をしばらく過ぎ、小鳥が小気味良く(さえず)っている。上流の森に着いたあなたたちは、討伐対象のグレイローズを探していた。

 既に述べているが、グレイローズは森の空気を変える程に香りの強い花である。したがってあなたたちは、森に入ったときからバラの気配を感じ取っており、

「この辺にいるね。匂いが濃くなってる」

 ワラビがくんくんと鼻を動かしながら、注意深く辺りを観察する。


 樵は匂いから判断したらしく、あなたたちはバラが森のどこに咲いているのか聞いていなかった。

 匂いを頼りに見つけるしかない。きょろきょろとワラビが首を左右に振る。

 しかし、彼女が先に見つけた物は、芳しい香りを放つ花より食べ物だった。森の中というのは食物の宝庫だ。その誘惑に食いしん坊な彼女が(あらが)えるわけがない。

 

「あっ、“クルミ”がなってる」

「ああ、この森は昔からクルミが自生しているらしいんだ。でももうちょっと涼しくならないと食べれないな」


 大粒に実った黄緑色の房を見て、ジュリアがワラビに説明した。

 落葉樹の一種であるクルミの種子は、昔から食用とされており、旬の時期に実をある程度拾えばそれなりの値で売れる。また、クルミの木は木材として幅広い用途を持ち、強度は元より木目と色合いが美しく、家具や工芸品、楽器や武具などに使われる。

 あなたたちは樵でないため伐採することは出来ないが、樵に申し出て手伝いをすれば御礼としてクルミの木材を僅かばかり貰えるだろう。なお、実の収穫はジュリアが言うようにまだ早い。


「クルミ食べたかったなー。……あっ、“スモモ”」

「スモモって? ああ、プラムのことか」

「ちょっと採ってくるね。いいねこの森、おいしそうなのがいっぱいあって」

「落ちるなよ。もう魔法は唱えてやらないからな」


 続いてたわわに実ったプラムを目ざとく見つけたワラビが、実にサルのような要領で軽やかに()に登った。

 そして、太い枝に(またが)り、手を伸ばしてプラムの実をもぎ取る。さっそく口に運び、あふれる甘酸っぱい果汁に彼女が幸せそうな顔をした。

 だが同時に見つけた。頬張りながらもワラビが指を差し、その指した方角には、

「いふぁっ、……いたよ! ほら、あそこあそこ!」

 灰色の花弁を持つ巨大なバラが立っていた。


「キミ、ジュリア、行くよ!」


 あなたの準備もそこそこに、樹から飛び降りたワラビが森の中を疾駆した。

 背の大太刀を抜き、脇目も振らずにバラへ駆ける。その様子は獲物を見つけたネコのよう。しかし、

「気をつけろ、蔦が!」

 ジュリアが注意を喚起する。蔦が察知するのか、振動で感じ取るのか。バラから地を這うように伝うトゲだらけの蔦が、一つ二つと目を覚ましたように起き上がった。

 そして、二本の蔦が(むち)のようにしなり、太いトゲを()ってワラビを襲う。だが、

「当たるもんか!」

 ワラビは駆けながらもこれを避け、あっという間に距離を縮めた。

 子房の根元を狙ってワラビが刀を払おうとする。これにて勝負は付くかと思われた。

 難敵と言われるだけはある。灰色のバラが、その花弁をワラビに向かって目一杯に開き、

「……うぇっ!?」

 これにワラビが動きを止め、(ひざまず)いてしまった。


「くさい! げほっ、げほっ!」


 ワラビが()せ返っている。間もなくして強烈な花の香りがあなたの鼻を襲う。

 いくら良い香りでも、強すぎれば悪臭となる。防衛本能を働かせたバラが、その悪臭を斬ろうとするワラビに浴びせていた。

 忍び寄る蔦が、動けないワラビを(から)め捕ろうとする。だがあなたがこれを払って阻み、何とかワラビを連れ戻す。


「はぁ、はぁ……、すんごい臭かった、頭がクラクラする……」

「近付けないようだね。じゃ、あたしがこれで撃つから、あんたたちは蔦からあたしを守って」


 臭いが収まり、仕切り直してジュリアがバラの前に躍り出た。

 あなたたちはジュリアを要とした陣を敷いた。中央にジュリア、その左右をあなたとワラビが固める。

 クロスボウを構えたジュリアが引き金を引く。放たれた矢は花を貫通し、灰色の花弁がはらはらと散る。

 バラが再び蔦を振り上げる。弩という武器は連射が効かず、矢を装填するジュリアを守ることが今のあなたとワラビの役割である。したがって右から迫る蔦をあなたが盾で防ぎ、左から迫る蔦をワラビが小太刀で払う。


「次だ!」


 ジュリアが放った二発目の矢は、花の中央を僅かにずれて捉えた。

 着実にダメージを与えていた。灰色の花弁に混じって()(しべ)が地に落ちる。

 しかし、敵は難敵と称されるバラだ。黙って花弁を散らされるわけがなく、バラが地に這う蔦を全て振り上げる。

 攻撃が格段に激しさを増した。あなたが次々と迫る蔦を何とか防ぎながらも、二人は大丈夫だろうかと左を見やる。

 しかし心配いらなかった。今日のワラビは()えており、二振りの小太刀で迫り来る蔦を刈っている。

 時おり(すさ)まじい超反応まで見せ、ジュリアを蔦から守っている。そして、

「…………」

 今度は無言でジュリアが矢を放ち、また花弁に混じって雄蕊が地に落ちた。


「ジュリア、調子いいね!」

「ああ、お前もな」


 ジュリアは落ち着いていた。その射撃には余裕すら(うかが)える。

 実はジュリアは依頼を受けた始めこそあなたを当てにしていた。だが、もうワラビをすっかり信用し、ワラビに身を任せている。

 証拠に蔦がジュリアの近くまで迫るが、ジュリアは一瞥(いちべつ)すらしなかった。ワラビがジュリアに迫る蔦を全て断つからである。そしてワラビも、ジュリアを射撃を当てにし、蔦を刈ることだけに専念している。

 二人は息が合っている。互いに背中を預けているような感じだ、などとあなたが蔦を払いながら思う。


「とどめだ! “ワラビ”、花の根元を斬れ!」


 そして四発目を撃ち込み、バラが(つい)に隠していた()(しべ)をさらした。

 満を持してワラビが再び大太刀を抜く。花弁は大方落としており、もう噎せ返るような臭いは発せないだろう。

 障害はなかった。蔦も(ほとん)ど刈り尽くし、ワラビがバラへ駆ける。

 そして、――一閃(いっせん)。バラの花が(がく)ごと地にぽとりと落ちた。


「倒したよジュリア!」

「やった、やったなワラビ!」


 戻るワラビをジュリアが抱き締めた。共に戦って(きずな)が育まれたようである。

 二人が抱き合う光景は、見ていてとてもかしましかった。その仲の良さを眺めながら、あなたが盾と腰を下ろして一息吐いた。

 これにて依頼は完遂だ。トゲだらけの蔦と灰色の花弁を持って帰れば討伐の証明となるだろう。


「ええっ、キミ、これ持って帰んなきゃダメなの? ジュリア、臭いからお願い」


 根を掘り起こし、残った茎を火神(アグニ)で焼きながらワラビが花弁をつまんだ。

 あまりにも臭いから、ワラビが花弁をジュリアに押し付けようとする。これに対してジュリアは鼻をつまみ、「くせー、あはは、来んなー」と笑って受け取らなかった。


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