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汚名返上、そして油断大敵

「ねえねえキミ。“ジュリア”ったらね、一緒にオフロ入っても裸を見せてくれないの」


 急にワラビが変なことを言い始めたため、あなたは思わず噴き出してしまった。

 クロロに着いた昨日のことである。ジュリアはワラビを連れて公衆浴場へ向かい、共に温泉に入った。

 同性で歳が同じということもあるのだろう。二人は気が合った。だが、ジュリアが終始大きな手拭いで体を隠していたことに、ワラビは不満を抱いているようだった。


 今朝早くに戦士会の店へ赴いたあなたたちは、さっそく(きこり)からの依頼を受けた。

 依頼の内容は、「上流(じょうりゅう)(もり)」に「グレイローズ」が現れたため、これを討伐してくれというものであった。

 クロロのそばにはモルオー(がわ)という流れの緩い川が走っている。ハトゥーサまで続く川で、あなたたちが乗りそびれた定期便の他、鉱山で採掘された石炭を運ぶ為に使われている。

 そのモルオー川の上流。そこには奥深い森があり、その森がクロロのヒト達に「上流の森」と呼ばれていた。


 そして『グレイローズ』とは、灰色の花を一輪だけ咲かせる、外見はバラによく似た大型の植物である。

 バラと呼ばせてもらうが、(つる)性ではないためバラではない。地に根を下ろした別の種であり、森の空気が変わるほどの香りが強い花で、その花弁(はなびら)は香水などに使われた。

 ただ、その芳しい香りも、このバラの生態を知ってしまうと複雑な気分になる。このバラ、地に()わせたトゲだらけの(つた)を触手のように動かすことができ、そして近くに寄った生物をその蔦で絞め殺すのだ。

 絞め殺した生物を土に還元し、その養分を吸って成長していた。対象はヒトも例外ではなく、だから樵など森に従事する者から忌避されており、食人植物といっても間違いではないバラの討伐をあなたたちは請け負った。


「おい! 誤解されるだろ、変なこと言うな!」


 話は戻り、あなたたちの傍らにはジュリアがいた。

 ジュリアもあなたたちと同じく戦士であった。樵の依頼は元々彼女が見つけたものである。だが敵はグレイローズと知り、彼女は当初この依頼を諦める気でいた。

 グレイローズは難敵である。命知らずが一人で討伐へ向かい、絞め殺された話を何度も耳にする植物だ。他の戦士に任せようと考えていたが、そばにあなたたちがいたため、彼女はあなたたちを誘って依頼を受けた。

 こうしてあなたたちは一時的に、ジュリアとパーティーを組むに至った。


「えー、女同士なんだし別にいいじゃん」

「バカ! おまえ恥じらいがなさ過ぎるんだよ! 昨日今日会った奴にハダカを見せられるか!」


 二人の、仲の良いやりとりが続く。


 ***


 平和な道のりであった。今日も天気は良く、高地特有の涼しい風があなたたちの頬を撫でる。

 明るい日射しを浴びながら、上流の森へ向かって歩くあなたたち。だが、茂みに潜む敵意があなたたちを見つけた。草むらからオオカミの群れが現れ、あなたたちの前に躍り出た。

 五匹のオオカミが「狩る」という意志に併せ、歯を剥き出しに(うな)りを上げる。


「うっ、“スライコヨーテ”だ。あれだけいるとちょっと厄介だな」


 『スライコヨーテ』。常に群れで行動する小型のオオカミである。

 一匹一匹は大したことない。子供でも体が大きければ撃退できる。だが、その集団で行う狩りは、しばしばヒトにとっての脅威となり得ていた。

 このオオカミが生息する地域では、群れと遭遇したら直ぐ逃げるようにと警告を促している。肉食動物の怖いところである。

 また、スライとは「ずるい」の意味であり、ずるいと言われるだけの妙な賢さをこのオオカミは備えている。


「来るぞ!」


 五匹のオオカミが一斉に駆けた。あなたたちを()らうという明確な殺意を持って。

 昨日のマーチラビットは草食動物だ。ビッグクラブもヒトを獲物とはしていない。そういう意味でこのオオカミは、あなたたちが初めて遭遇するヒトを獲物とした敵であった。

 己が生きる為の殺意に、あなたが緊張を覚える。しかしワラビは、

「へへっ、私に任せて!」

 頼もしいくらいに恐れを知らなかった。


「キミ、ジュリアを守ってあげて!」


 腰に携えた二振りの小太刀を抜き、ワラビが切り込んで行く。

 まずは一匹、飛び掛かったオオカミの首をすれ違い様に掻き切った。これに二匹が反転して、ワラビに襲い掛かり、まるで翻弄するようにぐるぐるとワラビの周囲を走り続ける。

 間もなくして一匹がワラビに飛び掛かった。これを難なく避けるワラビ。しかし、もう一匹がその避けたところを狙ったように牙を剥き、――噛み付かれる、と(はた)からは思えたが、

「やぁっ!」

 超反応で描いた弧がオオカミの鼻を払い、払われた一匹が激しく流血して倒れた。

 残る一匹も軽く片付けた。胴に小太刀を斬りつけ、こうしてワラビはオオカミ三匹をたった一人で(ほふ)った。


「へえ……、アタシあの子みくびってた、結構やるじゃん」


 ワラビの強さを見てジュリアが、戦闘中にもかかわらず目を丸くした。

 昨日の事を目にすれば侮るのも仕方がない。ワラビはウサギ一羽に軽くのされていたのだから。

 しかし、ワラビは幼いところがあるが、戦いではとても信頼できる仲間だ。そのような旨をあなたが、剣で一匹を仕留めながらジュリアに伝える。


「そりゃあ負けてらんないね。残る一匹はあたしが片付けるよ!」


 気勢を上げたジュリア。クロスボウを武器とする彼女だが、今は鎖を構えていた。

 彼女がいつも腰から垂らしている鎖。これは鎖分銅で、彼女は(いしゆみ)の他にこれも得物としていた。

 駆けるオオカミを見極めた彼女が鎖を振り払う。鎖の分銅がオオカミの左目に命中、これにオオカミが止まる。

 すかさず彼女が分銅を引き寄せ、柄と分銅を一束に握った。そして浮いた鎖をもってオオカミの脳天を(たた)き、その打撃にオオカミが血を()き散らして倒れた。


「ちょろかったね。ねえジュリア、このオオカミってどこか売れるの?」


 解体しようとワラビが、倒れた一匹のオオカミに近付いた。

 そのオオカミは鼻を切った一匹である。ワラビは、このオオカミについて詳しくなかった。


「バカッ! 不用意に近付くなっ!」

「えっ? ……きゃぁっ!」


 ジュリアが止めたが遅かった。ワラビが、急に立ち上がったオオカミに右腕を噛み付かれた。

 まさに早業だった。気を抜いていたとは言え反応する間もなく、オオカミは驚くような速さでワラビの右腕に食いついた。

 オオカミが、せめて一矢報いようとワラビの右腕にぶら下がって暴れる。これにワラビが左手の小太刀でオオカミの首を掻き切る。

 このずるいと言われるオオカミ、「死んだふり」も得意としていた。


「いっ、たぁ……」


 ダメージを喰ってしまった。苦痛の表情でワラビが右腕を押さえる。

 上は手甲が盾となってくれたが、それでも下顎の牙が深く食い込んだようで、ワラビの右腕からは血が止めどなく垂れていた。

 早く手当てをしなければ。あなたが行動に移すよりも早く、ジュリアが急いで駆けつける。

 そして、ワラビの手甲を外し、その傷口に手を当てて――。


――“生きとし生ける者の為に、血の誓いを立てよう”

  “羊水に揺られし生命よ、死に導く(すべ)を我は覚えない”

  “才幹に(おぼ)れず、知識に甘んじず、師の教えを(あまね)く広め(たも)う”

  “善も悪もない。我は盟に()り、隔てなく銀の腕を造ろう”――


「――“霊癒(レイシオ)”」


 ジュリアが怪我を治す魔法、「治癒魔法」を唱えた。

 この「霊癒(レイシオ)」とは、生物が持つ再生能力を促す魔法である。即効性はないが、明らかに唱えたと唱えないとでは傷の治りに差が生じる。

 それから消毒を済ませた後、包帯を取り出して素早くワラビの右腕に巻く。ジュリアも魔法を使えた。


「ありがとう、ジュリア」

「……まったく、世話が焼けるんだから」


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