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緩やかな傾斜の坂道が、どこまでも飽きるほどに続いていた――。
どのくらい歩いたか。頂の見えない道があなたたちを苦しめる。
さらに、左右は木々に囲まれ、風景は一向に変わる気配を見せない。この代り映えのない長き山道にあなたたちは参っていた。
時刻は栄蛇の時を迎えた。今日も明けよりあなたたちは歩き始め、かれこれ二刻は登り続けている。
一刻は、一日における時刻の間を示し、平たく表すと鼠からの牛の、その時の間の単位である。
クライブと名乗る刑事に出会ったあなたたちは、彼の言葉に従って東へ発った。
刑事に勧められた日は既に暮れ始めていた。あなたたちはハトゥーサ郊外の宿に泊まり、二日前の明けより東の山奥にある炭鉱街・クロロへ向けて出発した。
ハトゥーサの郊外だが、お世辞にも清潔とは言えなかった。道は狭くて暗くてほこりっぽく、水は排水路を兼ねた川から汲み、ゴミも集積場こそあったものの積もりに積もっていた。
市街地と郊外、あからさまな程に差が付いていた。そんな郊外に建つ宿は、確かに料金は安いが周囲から騒音が常に聞こえ、さらに水を自由に使えなかったため、あなたたちはあまり疲れを癒やせなかった。
「ねえキミ、いつまで歩けばいいんだろう……」
あなたの傍らを歩くワラビが弱音を吐いた。
いつもの元気が今日は見られない。進んでいる実感のない山道に、ここ数日の暑い陽気。加えて今日はほぼ食べていない状況が彼女を弱らせていた。
あなたたちが背負う荷の中には、いま食糧がなかった。ハトゥーサの街に寄ったあなたたちだが、市街地では田舎者と店から追い出され、郊外でも買い物できなかった。
排他的な主人に雇われているからだろうか、郊外に住む人々も追い出しこそしないものの刺々しい雰囲気を漂わせており、よってあなたたちはハトゥーサからここまで、荷の中に残っていた数少ない食糧を細く食い繋いで過ごしていた。
彼女がいつも懐に忍ばせているメイプルクッキーも、宿に泊まった日に彼女が食べている。そして食糧を今朝食べ尽くし、もう今はなかった。
「あっ、……そんな」
そして試練は厳しくあなたたちを追い詰める。道の脇にあった立て札には、「クロロまであと十二里」と書かれていた。
一里は、ヒトが歩いて半刻で進む距離を表す。よってあと六刻、歩き続けなければクロロに着かず、
「なんでよ、なんでみんな私をいじめるの。十二里なんて、歩けないよ……」
立て札に絶望したワラビが膝を折る。
泣き出しそうな格好でうずくまったワラビ。しかし、どんなに苦しくても進まなければ着かない。
あなたがワラビに立て、といった旨を告げる。だがワラビは、
「もうヤダ。ねえ、休もうよ……」
立ち上がろうとせず、これにあなたがため息を吐く。
ワラビは勝手である。いや、奔放と言った方が正しいが、あなたは最近彼女の性格に少し疲れている。
シュラクからハトゥーサまでの道中に話は戻るが、あなたたちはこの間を馬車に乗って移動していた。そしてあなたはシュラクにて、名物であるカモメ印の瓶詰をいくつか購入していた。
瓶詰は保存が利く。まさに今のような事態を想定してあなたは購入した。しかし、瓶詰を目ざとく見つけたワラビが、移動中あなたが目を離していた隙に一人で全て貪ったのだ。
最近あなたは、彼女の好き勝手にほとほと困り果てている。彼女を御する何かが欲しい、などと考えている。
しかし彼女を放って進むわけにもいかず、あなたも暫し休憩することにした。
天気は良い。今日もあなたの頭上に、青く澄み渡った空と、燦々と輝く太陽が昇っている。
幸いにもここまでの道中で雨は降らなかった。しかし、山の天気は変わりやすいと聞く。雨が降る前に距離を稼いでおきたい。
進み始めよう、とあなたが立ち上がる。だが、そこへ一匹の獣が茂みから飛び出し、あなたたちの前に現れた。
「あ、あれ“マーチラビット”だ。アイツ焼いて食べよう」
『マーチラビット』。ウサギではあるが、残念ながらあまり可愛くはない。
草食動物のくせに気性の荒い生物で、動く物を見ればとりあえず攻撃しなければ気が済まないおかしな性質を持っている。また、繁殖能力が高く、つがいを放置していると瞬く間にこのウサギは増え、人々の畑を荒らす。
肉は美味で、毛皮は衣類に用いられる。狩れば実入りの良い生物ではあるが、その討伐は少々厄介である。
マーチラビットは、他のウサギとは比べ物にならないほどの発達した脚部を持ち、その跳躍力は小さな子供くらいの背丈なら軽く飛び越える。しかも、そのすばしこく跳び回る脚でキックまでし、その威力は大型の動物ですら怯ませる。
「…………」
実も蓋もないことを言って立ち上がったワラビだが、大太刀を構える姿には精彩がなかった。
やはり空腹が効いているのか。どことなくふらふらとしていて、彼女が敵と対峙したときに覗かせる、斬る気概を感じられなかった。
そもそもワラビはすばしこい相手には、腰に携えた二本の小太刀を使う。正常な判断ができていない。
まずいと思ったあなたが、ワラビをかばおうとする。だが遅く、高く跳躍したウサギが体を横にひねり、
「……きゃぅっ!」
荒々しい後ろ蹴りを、気の抜けたワラビに浴びせた。
「うぅぅ……」
ワラビがのびてしまった。倒れた拍子に頭を打ったようである。
続いて獰猛なウサギがあなたに襲い掛かる。シュラク東の廃墟で盾を壊されてしまったあなたは、新たに買った同じ円形の盾を構えてウサギの蹴りに備えた。
他にもあなたは、鉄の板金で構成された上半身を覆う鎧を身に着けている。「ロリカ・セグメンタタ」とも呼ばれる歴史の古い型の鎧で、これもシュラクで購入した。
守りは万全だ。着地したところを狙ってやると、あなたが利き手に剣を握って蹴りを待つ。
だが、そのときだった。高く跳んだウサギがあなたの目の前で、――急に横へと吹っ飛んでいった。
あなたがピクピクと倒れたウサギを見ると、骨で出来た矢が突き刺さっていた。
どこから撃たれた物なのか。あなたが周りを見回す。すると、赤い髪をした女の子が木々の中に立っていた。
女の子が赤い髪を揺らしてあなたに駆け寄る。その手にはクロスボウを構えていた。
「助けたつもりだったんだけど、でも、“アンタ”強そうだね。余計だったかな?」
いたずらっぽく笑った彼女は、健康的な小麦色の肌を持ち、少しハネ気味の赤い髪をポニーテールに結わえていた。
容姿はかなり整っており、美人の部類に入るだろう。切れ長い奥二重の目が、大人な印象を見る者に与える。
しかし、少女のようなあどけなさも感じた。笑ったときに見せた白い八重歯がとても可愛らしかった。
「ねえアンタ、山道を歩いてきたのかい?」
赤い髪の女の子が、クロスボウを背負いながらあなたに訊いた。
頷くあなた。彼女はチュニックを着てハーフパンツを履き、肩から矢筒を提げる他には、腰から鎖を垂らしていた。
あなたたちはハトゥーサにて、クロロ行きの便を尋ねている。しかし馬車はなく、代わりにハトゥーサとクロロを繋ぐ川の船便はあったのだが、それも発ったばかりで次の便は六日後と言われた為に歩いていた。
もっとも、クロロへの山道がこんなにも辛いものとは知らなかったが。
ともかく礼を言わなければ。あなたが謝辞を述べようとする。
だが、あなたに先んじてのびているワラビが、起きていたら赤面するような「どデカい」腹の虫で、元気良く彼女に挨拶した。
気を失っても、腹だけはいつも通りなようだ。これに彼女が噴き出し、
「ふふふっ、今からこのウサギ捌くからさ、そこの腹ペコな子、起こしておいで」
降ろしたバックパックからナイフを取り出し、ウサギの耳を掴んだ。




