要衝
あなたたちが着いたハレーシャンという町は、各都市を繋ぐ重要な分岐点にあたる。
南西に下れば隣国ミネルバに着き、東に行けば商都エイダラート、北上すれば王都レヴァルツィアに至る。古くより交通の要衝として栄え、故にザイオニア第二の発展を遂げていた。
また、天険の要害と呼ぶに相応しい地理条件も備えている。西にあなたたちが望んだニウーチェ山脈が広がり、北東にはオーリン山脈が、南東にも険しい山々が連なる。
蛇道の入口に位置する、王都唯一にして最大の関門。それがハレーシャンという都市である。しかし、過去にこの関門が突破され、ザイオニアは滅亡の危機に瀕した時代があった。
それは四百年前。魔王の時代に遡る。
ザイオニアという国家、元々はある一人の粗野な男が、北壁以北の広大な大地を、力に任せてまとめ上げたことに始まる。男は鬼のように強かったが度を超した乱暴者であり、数多のヒトから恨みを買ったこの男は、建国から程なくして家臣たちに謀殺された。
そうして剣士ヒートラの祖にあたる者が引き継ぎ、代を経たザイオニアは、国土と資源では類を見ない随一の大国となった。油田にガス、鉄に硫黄に金銀宝石など、広大な大地が産する豊富な資源を生かし、ザイオニアは北の雄として名を知られるようになった。
しかし、そんな大国にも弱点があった。それは国の規模に反して食糧の自給率が低い点である。散々述べているがノースウォール以北は極寒の大地、そのような地では作物が育ちにくい。
北壁が南北を隔て、外洋も氷の海が通航を許さない。ザイオニアは食糧に関して南より送られる穀物に依存している面があり、これに目を付けた魔王の軍勢はハレーシャンの攻略を画策した。
ハレーシャンを押さえれば不落の要塞を築け、ノースウォール以北を干上がらせることができ、更に王都の喉元に迫ることまで出来る。
至難ではあるが、成功すればザイオニアは落ちたも同然。ハレーシャンに目標を定めた魔王軍は、まず東のエイダラートを攻め落とし、ここを攻略の為の橋頭堡とした。そして伝令を飛ばし、魔王軍は王都唯一にして最大の関門に挑むべく戦力を結集した。
ハレーシャンを決戦の地と定めた魔王軍は、如何なる犠牲も辞さない不退の構えを敷いた。兵力にして五十万は下らない大軍を導入し、更に金を湯水の如く放出してザイオニアの貪官を離反させた。
そうして、魔王軍の総力を前にハレーシャンは陥落する。蓋をされたような形で北の地に封じ込められたザイオニアは、凶作も重なって深刻な食糧不足に陥った。
民の生活は非常に困窮し、口に出すのも憚るような悲劇が各地で起きた。
この惨状にザイオニアの王は降伏を申し出た。しかし、魔王軍は聞く耳すら持たなかった。
勇者現る前の魔王軍は、まさしく旭日昇天の勢いで世界を席巻した。そしてこのたび大国ザイオニアを破り、そんな絶頂を迎えていた魔王軍の司令官は、矛を収めて欲しければ王族はじめ諸侯の首を全て差し出せ、とザイオニアの使者に要求した。
降伏も許されず、日に日に痩せ細るザイオニア。それを見た魔王軍は、もう自ら手を下す必要もないと考え、兵力を温存することにした。次はミネルバを攻めるため、ザイオニアの衰退を待った。
しかし、この窮状を打破したのが後の王となる剣士ヒートラである。逼迫した民を憂いた剣士は密かに王都を発ち、蛇道を南下した。それから数年後、勇者と魔道士を仲間に引き入れザイオニアに帰還した彼は、強者や忠節の士を集めて解放軍を結成した。
そして、とある日の未明、解放軍は濃霧に紛れてハレーシャンを奇襲する。寡兵の解放軍だが士気は非常に高く、奇襲は成功し、混乱の隙を突いた剣士が勇者と魔道士と共に、魔王軍の司令官を討ち取った。
司令官の死により魔王軍は遁走し、解放軍はハレーシャンを占拠した。こうしてザイオニアは息を吹き返し、勇者たち三人はエイダラートを解放した後に船で南へと渡る。
そんな激戦が繰り広げられたハレーシャンの夜道を、あなたたちは少しだけ歩いた。
昼間など比較にならない活況ぶりを呈していた。ガス灯が照らす通りのあちこちで、繰り広げられる賭け事に人々が群がっており、路上で若いダンサーが踊っていれば、ミステリアスな雰囲気の占い小屋にヒトが入ってゆく。
羽振りの良さそうな紳士と婦人が、ほろ酔い機嫌で往来を練り歩き、裏通りを覗けば娼婦が客引きしている。眠らぬ街と言われるだけの妖しげな魅力を、あなたたちはこの街から確かに感じた。
ワラビとジュリアには刺激が強いため、あなたたちは宿を取ってこの日は早く寝た。二人から叩きのめされたテオも大人しく寝た。
そして次の日。あなたたちがレヴァルツィアに進路を定めて駅に向かった。
あなたたちはあまりこの国での滞在は許されない。理由はザイオニア国内に戦士会がないからだ。今のザイオニア王が「戦士会など不要」と宣言したことは周知の事実である。
司直が国内の治安を担うこの国では、戦士は必要とされていない。よって稼ぎの手段がないあなたたちが、さっさとテオを送って旅に戻ろう、と駅に向かう途中、
「この丁稚上がりが! 調子に乗りやがって!」
「げふっ!」
路地裏の方から剣呑な声が聞こえたため、あなたたちは何事かと振り向いた。
「下っ端野郎のくせに、なに俺らに無断で商売してやがる!」
「も、もう、関係ないじゃないか。王は、商売の自由を」
「うるせえクソが!」
「ぐはっ!」
「テメエッ、“ウィルガスト家”に逆らう気か? ここにおわすのはウィルガスト家の若き頭領“シモン”様だぞ?」
「なっ!? ウィ、ウィルガスト家……」
「ウィルガスト家の力は分かっているよなぁ? テメーもテメーの家族も、直ぐに路頭に迷わせてやるぞ? ……おい、シモン様の前で、関係ないなどともう一度ほざいてみろよ、おおっ!?」
路地裏へ向かってみれば、中年の男が若い男四人に取り囲まれていた。
若い男四人は小奇麗な恰好をしていた。ある者はワイシャツの上にジレを羽織り、ある者は肩の張った背広を着て、またある者は派手な柄のプールポワンを着こなしている。
どの男も、歳の割に値が張りそうな装いをしている。加えて、警棒やナイフなどを手にしている。
対する中年の男は、木綿の上衣にズボンと、慎ましい庶民だ。そして中年の男には暴行の痕がある。
困ったヒトを助けるのは戦士の役目。そこへ、若者の一人があなたたちに気付く。
振り返った若者四人。あなたたちと男四人が対峙する。
「なんだお前ら」
「そのおじさん放しなさいよ。寄ってたかってかわいそうじゃない」
「なんだと、このチビ女。……おおっ、赤い髪のねーちゃんイケてんじゃん。俺らといいコトしねえ?」
背広を着た若い男の一人がジュリアに目を付け、近付こうとするが、
「おっと、このヒトをどうしようってんだよ? オレが相手になってやるぜ」
テオがジュリアを庇い、背広の男に立ち塞がる。
そして剣に手を掛けるテオだが、「邪魔だ」と背広の男が先に警棒でテオを殴り、更に腹を蹴ってテオを悶えさせる。
「なんだこのザコ、カッコつけやがって。……さあねーちゃん、どこ行きてえ? どこにでも連れてってやるぜ、俺こう見えても騎士だからよ、フヘヘッ」
「はあ。ロイド思い出しちまったじゃねえか」
溜め息を吐いたジュリアが、素早く腰の鎖を抜いて男の首に巻く。
鎖を巻かれてうろたえる男。続けてジュリアが筒から矢を抜いて握り、尖端を男の右眼に突き刺そうとする。
もちろん刺す訳がない。眼のスレスレで止め、
「あたし戦士なんだけどさ、あんたらなに? あたしらと戦うつもりなの?」
若者四人を威圧する。加えて、
「やぁぁっ! ……ねえ君たち、こうなりたい?」
鉄の柱を斜めに両断したワラビが、長刀を男四人に向けて脅す。
「せ、戦士だとぉ。この国にどうして」
「シ、シモンさん」
「……チッ。ここは退くぞ」
敵う相手ではないと思い知ったようで、男四人が中年の男を放して奥へと去った。
立ち直ったテオが、二人を尊敬のまなざしで見つめる。
「二人ともステキだ、愛してるぜ」
「はぁ。あんなのにやられるとか、おまえってホント弱いよな。ま、あたしを守ろうとした点だけは褒めてやるよ」
ジュリアが溜め息を吐きながらも、テオを少しだけ認めた。
「あ、ありがとう」
「ああ、お礼なんていいですよ、あたしら戦士なんで。気を付けてくださいね」
「ねえ、勢いで斬っちゃったんだけど、どうしよう」
中年の男に応えるジュリアのそばで、ワラビが自ら切った鉄の柱に顔を青くしていた。
鉄柱は屋根を支えていた柱だった。今でこそ崩れていないが、何か重い物が載れば瞬く間に崩れるだろう。
幸い、周りには誰もいなかった。中年の男が去ってあなたたちも退散する。しかし、
「ほお」
一人の男が、今の様子を陰から見つめていた。




