表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/237

砂浜の街道

 はるか彼方(かなた)の水平線に広がる、真っ白で雄大な雲。

 それは、もこもことしてふわふわとして、例えるなら雪のようで綿のよう。あれがやがて灰色に変わり、雨を降らし雷を呼ぶなんて言われても、にわかには信じ難い。

 陽気は暑くもなければ寒くもなかった。心地よい涼しさである。

 不意に香る潮風が『あなた』の鼻をくすぐる。緩やかに広がる波が砂浜を侵食しては引く。


「ねえ見て! イルカだよ! イルカがジャンプしてる!」


 その、とびきり元気な声に海を望めば、一匹のイルカが高く飛んでいた。

 そしてイルカが弧を描くように翻り、水面に帰る様に少女が興奮している。


「すごいね! イルカってあんなに高く飛ぶんだ! まさか今日イルカを見れるなんて思ってもなかったよ!」


 はしゃぐ少女の名前は『ワラビ』と言う。あなたと一緒に旅をする女の子だ。

 彼女は変わっていた。何が、というと服装である。彼女は「()(もの)」と呼ばれる衣装をいつも着ていた。

 着物とは、(はる)か東の果てに住む人々が着る服で、言うなれば民族衣装だ。その袖が大きく裾が膝より長い変わった衣装を、彼女は上手に着こなしていた。

 また、使う武器も変わっていた。彼女の得物は「(かたな)」と呼ばれ、これも主に東のヒトが使う武器である。

 刀は、剣のようでいて(もろ)()の剣とは違う、片刃の反った剣身が特徴的な武器だ。その変わった得物を彼女は、長いもの一振りと短いもの二振りを、それぞれ背と腰の左右に携えていた。

 この事から、彼女の出自が東方であることが(うかが)え、現に彼女も遥か東から来たと言っていた。そのほか外見的な特徴として、着物の大きな袖が運動の邪魔にならないように、「たすき」と呼ばれる長い(ひも)を、袖を巻き込むような形で体に縛っている。また髪形は、長い黒髪を「かんざし」と呼ばれる髪留めで後ろにまとめ、「ぱっつん」な前髪と長く垂れたもみあげが、彼女のちょっとしたポイントとなっている。


「あっ、あれが灯台かな」


 ワラビが指した岬の先には、円筒状の建物が建っていた。

 灯台が見えればもう少し。そう北の町であなたたちは聞いていた。

 いま砂浜の街道を南へ歩くあなたたちは、辺境の漁村・ユーダリールに向かっている。

 ユーダリールは、この世界の西の果てに位置する小さな漁村なのだが、冒険者には聖地と(あが)められており、遠い昔に「()(おう)」が世を支配しようと企てていた頃、その野望を打破した勇敢なる者「勇者(ゆうしゃ)」が生まれた地でもある。

 故に、伝説の勇者にあやかろうと、ユーダリールには数々の冒険者が訪れていた。そして旅をするあなたたちも、旅の無事を祈願しようとユーダリールに向かっている。


「網だ。ユーダリールって本当に漁村なんだね」


 道の脇に広げられた漁網。使い込まれたそれをワラビが見てつぶやいた。

 このワラビという女の子、もう一度述べるが出身は遥か東である。よって、あなたとは食べてきた物や見てきた物、価値観が異なっている。

 しばらく歩くと、前方に集落がうっすらと望める。また、漁村特有の(いそ)臭さが、いささか強くなった気もする。

 ユーダリールまであと少し。あなたたちが更に進むと、

「うん? ……ネコだ」

 集落の方から走って来るネコを、あなたたちは見つけた。


 砂浜を走るネコは何かをくわえており、あなたが目を凝らすと、それは魚であった。

 間もなくしてネコが、あなたたちの横を駆け抜ける。誰かが釣ったのを盗んだのか。いずれにしろよくある光景で、あなたは気にしなかった。

 だが、ワラビにはハマっていた。砂浜を蹴るネコの後ろ姿を眺め、「これで誰かが追いかけてればカンペキなのに」と笑い続けていた。

 一人で腹を抱えるワラビが、あなたには分からなかった。


 ***


 ワラビの故郷では、「マンガ」と呼ばれる娯楽が古くから親しまれているらしい。

 マンガとはワラビ(いわ)く、台詞(せりふ)を添えた絵を連ね()じた、軽妙な物語が描かれた本のようである。先ほどのネコは、そのマンガのワンシーンに酷似したために、ワラビは笑ったようだった。

 そのマンガについてあなたは知らない。「えっ、“アサリさん”知らないの?」とワラビに驚かれながら、あなたたちはユーダリールに到着した。


「あっ、おままごとしてる。かわいー」


 穏やかな波が寄せては引く砂浜で、ままごとをする女の子にワラビがほほえんだ。

 沖を望めば、海は()の光を受けてまぶしく輝いている。その海の上を、漁師が舟の上から網を手繰り寄せていた。

 集落の方では、ベンチに腰を掛ける老人がひなたぼっこをしている。洗濯物は潮風に吹かれ、魚は開き干しにされている。

 そしてネコが多い。今もしっぽを立てたネコが、道の真ん中を我が物顔で歩いている。そんな余生を過ごすにはちょうど良い風情の、のんびりとした村をあなたたちが眺めていると、

「なああんたたち、なかなか見慣れない格好をしているねぇ。旅人さんかい?」

 エプロン姿の、恰幅(かっぷく)の良いオバさんがあなたたちに()いた。


「あっ、はい」


 ワラビが答え、そんな彼女の素直な返事に、エプロン姿のオバさんがニコニコと喜んだ。

 それから「よく来たねぇ、こんな辺境の村に」と、オバさんが歓迎を表す。あなたたちは外部の者、つまり余所(よそ)(もの)だ。警戒しないのか。しかしここは冒険者の聖地であり、この笑みを絶やさぬ人当たりの良いオバさんは、今まで数え切れぬほどの冒険者や旅人を相手にし、粗野な者とも渡り合ってきた(ため)に慣れているのだろう。

 また、ワラビの見た目はあどけなく、とても話しかけやすい。だからかオバさんが優しく、

「それにしてもまたかわいい旅人さんだねぇ。女の子だから気をつけるんだよ」

 と言ってワラビを気遣った。


 言われたワラビは照れていた。頬に手を当て、「やだ、もう、恥ずかしい」なんて言い、明らかに喜んでいる。

 しかしあなたがワラビの顔を見る。二重まぶたの目はつぶらで、可愛いといえば可愛いのだが、背は低くて顔は丸くて大きめで、正直、十六歳にしては幼い。

 子ども扱いされていることに気付いていないのか。だが、水を差すのも何なので放っておくことにし、あなたが早速この村に来た目的である、「勇者(ゆうしゃ)(ぞう)」がある場所をオバさんに尋ねる。


「はいはい。わたしゃ像の場所を訊いてくると思って話しかけたんだ。像の所まで連れてってやるよ。ついでにこの村で、いっぱい買い物していってね」


 村の宣伝を忘れないオバさんの案内で歩くこと()ぐ。あなたたちは勇者の像と対面した。

 勇者は伝説だ。その剣筋はいかなる物も切り裂き、その諦めない()が魔王を恐れさせたと聞く。

 勇者がいたからこそ今の平和がある。どんな勇ましい姿をしているのだろう。そうあなたは胸をときめかせ、大いに期待していた。だが、剣を天に向かって掲げる目の前の銅像は、そんなあなたの期待に反して優しそうな顔をしていた。

 この目のどこが魔王を恐れさせたのか、などと感じる。柔和そうな目で、それ以外にも体付きは青年男子と同様、いや、背丈に関しては小さいようにも思える。()にも(かく)にも強そうには見えず、期待していただけにあなたはがっかりした。

 ここは勇者の生まれた地である。それならば、この村はもっと栄えてもいいだろう。一向に発展せず(へん)()なままなのは、この威厳のなさに原因があるのかもしれない、などとあなたが像を眺めながら思ってしまう。

 しかし手入れは怠っていない。毎日磨かれているようで、この像を村の人々が大事にしていることが見て取れる。

 とりあえず目的は果たさねば。緑青を吹いた銅像に、あなたが手を組み、ワラビはしゃがんで手を合わせる。


「…………」


 しばらく祈り、あなたが目を開けると、ワラビはまだ祈っていた。

 この冒険の無事をひたすら願っているのか。それとも他に何か祈っているのか。あなたがそう思えるくらい彼女の祈りは熱心であった。

 そもそもユーダリールに訪れたのも、彼女が強く希望したからだ。あなたはまだ、彼女が旅をする目的を彼女から聞いていなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ