犯人は田中2
「ちょっとすいません、人を探しているのですが」
「はあ」
「貴方が、田中さん?」
「そうですけど…」
月曜の朝。私が通勤していると、普段は人気のない通りに数名の男達が屯っていた。無視して脇を通り抜けようとする私を、サングラスにスーツ姿の男達がそれを制して何やら尋ねてきた。
「すいません…私、急いでるので」
「まあまあ。おい皆、いたぞ」
「へえ、こいつが」
「こ、こいつ?」
「通り魔事件の、田中容疑者?」
「と、通り魔!?容疑者!?」
背の高い数名の男達が私を取り囲み、物珍しいものを見るような目でじろじろ眺めた。私は混乱した。一体何を言ってるんだこいつらは。初対面でいきなり人を犯罪者呼ばわりとは、あまりにも無礼すぎる。第一、私には彼らの言う犯罪に全く身に覚えが無かった。
「申し遅れました。私達はこういうものです」
「け、警察の方でしたか…!」
男の一人が取り出した黒い手帳に、私は思わず身じろぎしてしまった。いくら潔白だとはいえ、警察に声を掛けられたら緊張せざるを得ない。だが、彼らが何故私の前に現れたのかは一向に分からなかった。もしかして、全く別の事件の犯人と顔が似ているとかで、誰かと間違えているのではないだろうか?
「いえ…そういうことではございません。貴方が犯人なんです」
「犯人だって?い、一体何の!?」
「ですから、通り魔事件のですよ。ここ、北通り13人殺傷事件の」
「馬鹿な!?」
私は絶句した。あり得ない。私が通り魔?そもそも、この通りで通り魔事件が起こったというのか?毎日通っているが、全く気がつかなかった。
「あり得ません!私が!?一体いつ、私が人を刺したっていうんです!?」
「ああ、それは、今からなんですよ」
「はい…!?」
「此処だけの話…私達は24世紀に創設された、『時空2課』の者なんです」
「タイムトラベル…といえば、貴方は信じてくれますかな?」
「私たちは、未来から来た時空警察です」
「貴方はこれから1時間後、この通りで13人もの人間を刺して回るでしょう」
「でしょう、って言われても…!」
「見てください、これ。明日の朝刊です。貴方が一面で載ってますよ。そしてこれが、200年前の明日回収した凶器です」
そういって、男は新聞と出刃包丁を取り出し私に見せた。1月8日…見覚えのある景色の写真…そして、無表情で虚空を見つめる私の顔写真…どす黒い血のこびりついた出刃包丁を手渡され、私は背筋が凍りついた。
「ふざけるな!捏造だこんなもの!わ、私が通り魔だなんて!」
「落ち着いてください、田中さん」
こんな馬鹿げたことに、落ち着いていられるものか。
「私を捕まえに来たんですか!?」
「いえ…実はそこなんですけど。24世紀でも議論されているのですが、現時点では貴方はまだ犯罪を起こしていない。だからまだ、我々も手を出すわけには行かんのです」
「私は…私は通り魔なんてしたくない!」
「ええ。分かっています。ですがこれはもう、確定した未来ですから。貴方が事件を起こさなければ、それはそれで未来が変わってしまうことになる」
「本来は死ぬべき人が生き残ったり、起こるべきことが起こらなかったり」
私は出刃包丁を取り落とした。私が犯罪者になることは、もう決まっていることだというのか?嫌だ…絶対に私は人を刺し殺したくない。
「じゃ…じゃあ、私を逮捕してください!何処かに監禁するとか!犯罪を未然に防ぐのが警察の仕事でしょ!?」
「いいえ。貴方をきちんと歴史通り犯罪者にすることが、我々の務めです」
気がつくと、私は男達に取り囲まれていた。
「いるんですよねえ…我々警察が来ると、犯罪なんてしたくないなんて駄々を捏ねる困った人が」
「でも犯罪が起こらなきゃ、歴史が変わってしまいますから」
「それにね、ぶっちゃけた話、どうでもいいんですよ。二百年前に誰が死のうが。貴方、どうですか?江戸時代に侍に斬られた人の話を聞いて、何を感じますか?」
「観念しろ、田中」
「お前が犯人だ」
「た…助けてくれぇ!誰か!『殺され』させられるぅ!!」
サングラスの男が私を羽交い絞めにした。目の前のもう一人が落ちた出刃包丁を拾いなおし、ゆっくりとその柄を私に向けて差し出した。私の助けを呼ぶ悲痛な叫び声が、人通りの少ない路地に空しく響き渡った…。
『……さて、次のニュースです。今朝7時ごろ、北通りで通り魔事件が発生した模様です。犯人はすでに取り押さえられていますが、被害者は13名にも及ぶとの発表がありました。犯人は、『どうしても逮捕してくれなかったから、彼らを刺して回った』などと意味不明の供述をしており…」