七日前-3
一月中に上げることが出来ると言ったな。
あれは嘘だ(震え声)。
同盟立学院には『修練階層』というものがある。
学院の敷地の真下に造られた広大な地下空間を上中下の三層に区切ったもののうち、その最下層にあたる階層のことで、総面積100k㎡、階高100mという『地下とは何だったのか』『構造的に問題ないのか』と感想を抱かざるを得ない空間の中には平原を模した戦術教練場、射撃場、ゲリラ戦を目的とした小規模都市郡などなどが取り揃っている。
ここまで金をかける理由は、それだけ学院の戦闘系学科が高度な事をしているということの表れだろう。
オレがここに来たのは探し人がいるからだ。図書館の『学生一覧』とその他専門書を読み漁り、大方の情報を頭に突っ込んだはいいが、結局のところそれはただの情報でしかない。やはり理解するために一番手っ取り早いのは、直接あって話を聞くことだ。
…ここで『闘う』という選択肢が浮かべば男らしいんだけど、生憎オレはそこまで強くない。特に何も準備ができていない今は。
「…ま、素直に教えてくれるとは思ってはねぇけど…」
闘う手段を教えるというのは言ってしまえば敵に弱点を教えるのと同義、百害有って一理無しともとれる行為だ。更に付け加えればこれからオレが質問する相手たちにとって、ロイターとドーズブルフの友人であるオレは偵察と思われても仕方がない。というかそう考えることが出来ない能天気な奴を代表に選ぶほど、代表を選んだ各学科の先生たちが抱くロイターへの恨みは浅くない。とばっちりともいうがもう慣れた。
しかしだからこそこういう物事には順序が大切だ。連中に偵察と疑われるなら、オレの事を偵察と思わない奴を介して話を聞けばいい。それが難しいなら疑わせない材料を用意するだけだ。そして現在時刻は午後五時。この時間は最も利用者が多く、オレの探し人が必ずいる時間だ。
目的の人物がいるかもしれないと一縷の望みをこめつつ、オレは一際戦闘音が響く第一教練・闘技場へと足を運んだ。この時間にここにいなければ、目的の探し人は授業中に居眠りしたか進級試験の結果が芳しくなくて再評価試験でも受けているかで、オレは人ではなくものに頼らざるをえなくなる。
だがそれも、闘技場の真ん中で暴れまわる一人の人物が目に入ったお陰で杞憂に終わる。
「あっ先生、久しぶりー!」
オレを見えたのか、どこか嬉しそうに大きく手を振りながら、声の主が駆け寄ってくる。
身長はオレよりひと周りほど小さい170cmちょっと、日に焼けた肌としなやかな手足、整ったプロポーションが『私スポーツしてますよ』と全身で主張してくるかのような元気印の少女。彼女を説明するとしたら正しくこんな風になるだろう。
彼女の名前は『戴雪』。教育学部教育学科体育専攻の専攻二年で、オレに体の動き方を教えてくれた師匠とも言うべき人であり、オレに魔術の教えを乞うてきた初めての生徒でもある。
「ようシュエ、精が出るな」
「んっふっふーメリーちゃんから聞いたよ~。何でも何でも、『宴』の実行委員長みたいな仕事押し付けられちゃったんだってね!」
シュエは猫みたいな釣りあがった、開いているのか開いていないのか分からない細さの目を上に曲げ、カラカラと笑いながら言った。メリッサの奴にはまだ話していないはずだがフリストあたりが口を滑らせたのだろう。どうせ二、三日のうちに公表されるし、オレも口止めしていなかったから事なので特に気にする必要も無いのだが。
「本来は別の奴がやるべき仕事なんだろうけど、今年は面子が面子だからな…オレがここにきた理由は大体察しが付いてるだろ?」
「当たり前田のクラッカー!もう集まってもらってるよ!」
「おっソイツは助かるな…て…」
彼女は嬉々として周りを見舞わすがそこに立ってる人影は一つもなく、ただ痛そうな呻き声が帰ってくるだけだった。
「…お前、何した?」
「いやぁ、だって皆強いって噂じゃん?んで皆も私に興味あるって言うじゃん?じゃあ戦うしかないじゃん?」
「だからってこてんぱんにノしちまうとかお前やっぱバカだろ」
というよりもここの学生は脳筋か戦闘狂しかいないのだろうか。強いから戦いを挑んだとかいつの時代だ。ツッコミ出したら尽きる気がしない。
「あっははー誉め言葉として受け取っとくよ」
「誉めてるつもりは微塵も無ぇよ。ほらアイツら起こしてさっさと聞くこと聞いちまうぞ。オレもアイツ等も暇じゃないし」
「でもその前に…」
「?」
何か言いたげなシュエに何か言い返そうとした瞬間、彼女はオレの目の前から消え、体のバランスが右に崩れる。
「ちょっ!?」
バランスが崩れた理由は、普段から体重を預けていることの多い杖を蹴られたからだ。
が、倒れる前に体が誰かに抱き抱えられる。
「ふっふーん。先生、ちょっと太ったね。最近運動してる?」
「バ・・・お、降ろせ!人前だぞ!」
「えー何時もの事じゃん」
何が気に入らないのか分からない風なことを言っているが良く考えていただきたい。身長190cm近くある大の男が自分より一回り小さい女性に、お姫様抱っこされているのだ。普通逆だし、滅茶苦茶恥ずかしい。
「あーあ、昔の先生はあーんなに小さくて細くってまるで女の子みたいで、私にお姫様抱っこされても楽しんでたのに、どうしてこんなでっかくて厳つくて無愛想な男になっちゃったかなー?」
「歳を考えろ歳を!!つうか早く降ろせ!!」
「その前に質問に答えてよ」
ムッとした顔で詰め寄ってくる。こういうときの彼女…というか基本的な女性全般にだが、下手に誤魔化すよりも大人しく白状する方が万事平穏に物事は進みやすい。
「…してない」
「どれくらい?」
「一ヶ月…」
「ランニングも?」
「ああ」
「筋トレも?型の練習は?ストレッチ位はしてるよね?」
「…風呂上がりのストレッチは一応」
「はぁぁぁぁぁぁ」
言葉も出ないと言った様子で彼女から今までで一番深い溜め息が溢れ落ちた。
だがオレにも言い訳がある。この一ヶ月は卒論の追い込みや卒業試験など馬鹿みたいに忙しい時期で、研究室に泊まり込み徹夜で資料を作っていたりしていた。そして時間さえあれば徹夜で溜まった眠気と疲れをとるために貪るように眠っていた。正直運動する時間があるなら寝る時間を確保してたし、寧ろそんな無理な生活を送っていたのに体調を壊さなかった自分の体を誉めてあげたいくらいだ。
「それは毎日運動してたからでしょ!!私何度も日々のランニングとストレッチだけは欠かすなって口酸っぱく言ったじゃん!!」
『まだストレッチをしてたからいいけど…』と怒りながらも彼女は漸くオレを下ろしてくれた。
「だからと言ってあれだぞ?『運動不足を解消するために私と闘えー!』とかは無しだぞ?今日は時間も暇も無いんだから」
「えー!でも一ヶ月だよ!?そんなに動いてないんだったら、私が教えたこと完全に抜け落ちちゃうよ!!それに私も本気を出したいよ!!」
「最後のが本音だよな。柔な鍛え方されてないけど、本気出されたらオレサンドバッグだろ。それ以上にあそこの奴等の方が間違いなく闘えるだろ。弱い者いじめ良くない」
「五月蝿い!!罰として大人しく殴られろー!!」
「これはひどい」
今にも襲い掛かってきそうな構えをとっているシュエの頭を押さえ付けながら、蹴り飛ばされた杖に歪みが出来ていないかを診る。
「あーもう、また歪んでるじゃん…。蹴るならもっと優しくやってくれよ」
「古くなってるだけじゃないの?」
「否定はしないけど、だからこそ大事にしてやりたいんだよ…って隙見て殴りかかろうとしない」
昔々に自分で作った初めての道具だから思い入れも相当だが、こんな扱いばかりしたりされたりするせいで直ぐに歪んでしまう。ただ素材が安物であり、構造も単純のため直すのも簡単だ。
歪んだ部分に手を当てて意識を集中させる。同時に歪む前の真っ直ぐだった状態を思い浮かべて損傷部分を撫でると、五秒もせずに杖は元の真っ直ぐな状態に戻っていた。
変に脆くなっていないか確認するために何度か叩き、大丈夫だと判断して再び杖をついて体重を預ける。
「わー流石魔力タンクって呼ばれるだけはあるね」
「喧嘩売ってるのか?」
「買うのは大歓迎だよ?」
「嫌だよ戦闘狂」
「チェー」
今やったのは『錬金術』に分類される『形状変換』の魔術だ。物体の材質を変質させることなく形状のみを変化させる魔術であり、潜水艦や宇宙船などの溶接では継ぎ目が脆くなって困る場合などにも使われたりもする。この魔術自体は初等部で学べるが、魔力と恩恵の費用対効果が釣り合わないせいかあまり使われることの無い不憫な魔術でもある。
オレからすれば爪の先程の魔力でもないのだが、だからこそ周りから見れば妬みの対象になる。『魔力タンク』という侮蔑もその一つだ。オレには魔力が少なくても何もせずに体を動かせる方がずっと素晴らしいと思うが、無い物ねだりを人の性と考えると何となく納得も出来てしまう。
「…代わりにどっかでバイキング奢るよ」
シュエが普通の女の子だったら一食とかでもいいのだが彼女は武芸者である為、とても美味しいけど量が少ない高級料理店よりも、少し味のランクが落ちても量が食べられるバイキングの方が喜ぶ。良く言えば本能に忠実、悪く言えば胃と闘争本能が脳ミソの大半を占めているのが戴雪という女なのだ。
「…『ゴブレット』?」
「お、おう…。そこでも、どこでもいいぞ」
さらっと高級バイキング店を口にするあたり彼女も少し贅沢をしたかったのかなと邪推してしまうが、全部『宴』関連の経費で落とすのであまり手痛くはない。泣くのはオレに無茶な注文をしてきた校長でありオレじゃない。
「やったー!じゃあ何時にする!?何時にする!?あ、これって二人だけで行くわけだし、もしかしなくてもデートとかそんな感じになっちゃう感じ?ホテルも近いしそのまま朝までワンナイトフィーバーッちゃう感じ?報道部の子に見つかったら既成事実でスキャンダルっちゃう感じ!?」
「それはオレじゃなくてロイターの役割だ。てか嫌だぞお前とそんな関係になるの」
「私もやだなー」
「じゃあ何で下らないこと言ったんだよ」
「いやぁ、先生は嫌いじゃないんだけど、夫婦っていうより親友って感じだし、それに先生とじゃ次代が心配だし」
「否定はしねぇけどがっつき過ぎじゃね?」
「そう?立場ある人は皆こんな感じだよ?皇子君とかレオンちゃんとか」
「あの二人は…まあ、うん、そうだな」
ついさっきそれに関連の話をしていたから、なおのことシュエの言っていることが理解できた。成る程だからロイター誘拐強姦未遂事件のときも下手人たちは必死だったのだろう。オレにとっては遠い世界の話だ。
「…何時まで小芝居続けてんすか。まだやるってんなら帰りますよ」
威圧的で苛立った声がオレ達の会話に割って入る。声のした方を見れば、シュエと闘ってて吹っ飛ばされてただろう学生の一人が案の定イライラした様子でオレを睨み付けていて、そいつ以外の学生も少し何かに納得いかないと言いたげな顔をしていた。
「ごめんごめん皆!久し振りで話が弾んじゃったの。紹介するね、この人は…」
「あー別にいいっすよシュエさん。その人有名ですから」
「有名?オレが?」
「自覚なかったんだ…」
何故か総ツッコミを受けてしまったが、オレが有名な理由は何となく理解できる。何せ年がら年中この学院のアイドル的存在とつるんでいるのだ。一時期は事情を知らない奴等に『腰巾着』だの『虎の威を借るり狐』だの罵られたこともあったが、そういう奴等にはしっかりとお話をして決着も付けた。というより先生方から『ケーニッヒの外付け安全装置』とまで呼ばれているのだから弱い訳が無いだろうという話で、それだけ先生方の評価が高ければ自ずと学生でも有名になるのかもしれない。
「…オレってどんな感じで有名なの?」
だがどうしても気になってしまうのが人間で、オレは好奇心に勝てずに尋ねてしまった。
「色々な話は聞きますけど、大体『外道』の一言っすね」
グサァッ。
手入れされることなく何度も血肉を切り裂いた包丁を突き立てられた様な錯覚と痛みが体を貫き、思わずその場で膝を着いてしまうかのような衝撃に襲われる。
『外道』。短気ではあるが今まで色々な罵詈雑言を投げ掛けられ多少の事は笑ってごまかせるほどの耐性をつけてきたオレに放たれた初めての言葉は、後輩からの蔑みひとつ無い言葉であることも相まって甚大なダメージを刻み付けた。というかオレはそんなに酷いことをしてきただろうか。
「…なぁシュエ、オレってそんなに酷いのか?」
心のダメージを表に出さない為に出来る限り平然を装って尋ねてみる。
「んー普段から怒りっぽいけどそんなこと無いと思うなー」
「目を見て言ってくれ」
露骨に目線を反らされてしまった。どうやら相当酷いらしい。
どうしてそんなに酷い評価なのかも気になるが、これ以上は自分で自分を傷付ける馬鹿みたいな行為になってしまうので、オレは話を戻すことにした。
「…えーっとじゃあ、まず集まってくれたことを感謝する。シュエの人格ってのもあるんだろうけど、来てくれるとは思ってなかった。
知ってるのもいるようだが改めて名乗っとく。オレはアルド・ラングマン、教育学部神学専攻の二年だ。
今日君達に集まってもらったのは、君達のポテンシャルを調べたかったからだ」
シュエが集めてくれた学生六人(全員ではないがこれだけ集まれば御の字だ)の顔を見回しながら手短に理由を説明する。
「今のオレには『学生一覧』の閲覧許可が出てる。で、それだけ読んでればオレの知りたいことも大方知ることはできるんだけど、詳細なところはどうしても実体験に勝るものはないんだ。でも直接君達に頼むのも疑われるから、こうしてシュエを仲介したんだ。回りくどくてすまんな」
「で、ポテンシャルを調べてどうするんすか?王様に教えるとか?」
さっきから何かと口を挟んでくるヤツがまた余計な一言を口にしたが、逆にこういったリアクションをしてくれる奴がいて安心さえもしてしまった。理由を切り出すタイミングが分からなかったから有り難いが、何とも情けない話である。
「君、名前は?」
「ヴェルナー・ルンマーです。高等部二年の魔導騎士専攻っす」
「ああ、君が噂の『龍騎士』か。龍を模した騎乗型オートマトンの繰り手だったか。ロイターの奴がビビってたぞ?」
「…馬鹿にしてんスか?」
「アイツはオレと違って感想をそのまま口にしちまう奴だ。しかも無駄に洞察力もいいから評価も正しい。慢心さえしなけりゃ素直に受け取っておいても問題はないだろうよ」
「はぁ…」
「まぁあれだ、詰まるところロイターの奴には教える必要がないんだ。そしてもう一人の代表のドーズブルフはオレ以上に疑り深いから教えるだけ徒労に終わっちまう。寧ろ信用させるまでに時間が掛かるから、出来ればオレもしたくない」
『理解してもらえたかな?』と笑って聞いてみると、ルンマーはまだ少し不服そうながらも頷いてくれた。一応他の面子も見てみるが、何か言いたそうにしていても特に何か言ってこないからわざわざ突っ込む必要はないだろう。
「じゃあちょっと準備するから待ってくれ。なぁに、一分も使わんから」
そう言ってオレは手に持つ杖で一定のリズムをつけながら衝くと、何もない打ちっぱなしのコンクリートの床に幾何学模様と文字状の傷が走った。
「詠唱無しでの刻印陣の形成って…呪印師の秘奥じゃ…」
六人の内の誰かが呟く。こんな骨董品もビックリの超ロートル魔術を知っているとは余程勉強熱心なのだろう。
これがオレの片手に満たない程度の誇りの二つ目で、唯一にして絶対誰にも負けない特技『呪印魔術』だ。呪印とは字の如く『言葉』と単体で意味を持つ『印』を組み合わせて発動する原始的な魔術で、属性魔術などの言葉のみで発動できる魔術の登場によって表舞台から消えた魔術の一つだ。ものに印を付け、対応する呪文を述べることで効果を発揮する単純な魔術だが、準備に手間がかかるし結構魔力が必要なため使えたとしても敬遠されがちというのも、この魔術の廃れた理由でもある。
だったらその理由さえ克服できれば、その弱点を利点として捉えることが出来れば、何も問題がない。
道具を用いず、詠唱も必要とせず、ワンアクションで呪印を刻み陣を発動する。そうしてしまえばわざわざ道具も必要がない。
ただしそれをするには魔力を効率的に操り、刻む対象を壊さないようにしなければならない。言うが易いがするは難し、単純でありながら難解なことだ。それ故に秘奥と呼ばれるのだ。
だがその条件がオレには当てはまらない。
「秘奥って人は大袈裟に言うけど、オレのやってる事ぁそんな難しいことじゃないぜ?馬鹿みたいに多い魔力で無理矢理陣を刻んでるだけだ」
詠唱無しの刻印陣は、魔力を効率良く運用するために結構なリソースを取られてしまい、一度に刻むことができる陣の数が減ってしまう。
だがオレは魔力の効率化を考えていない。そもそもスタミナが無いのだから戦いが始まれば短期決戦が望ましい。なら長く戦うための効率化を図るよりある程度の無駄を考慮しつつも短時間で数を稼いだ方が勝率が上がる。昔の偉い人は『数は力だ』と言ったが、オレの魔術はまさにそれだ。
「それ真似できる人なんて世界中探しても百人いないと思うんですけど」
「沢山いたらオレももっと生きやすい世の中だったんだがな。と、これで準備はおしまいっと」
最後に一際強く地面を杖で衝いた瞬間、ほんの少しの脱力感と同時に円と幾何学模様で描かれた陣に仄かな灯りが点った。
それを見届けて満足したオレは陣の真ん中に立ち、もう一度呼び出してもらった奴等を見る。
「じゃあまあ早速始めていこうか。とは言っても難しいことを頼むつもりは更々無い」
そこで一旦言葉を切り、少し戸惑いながらその後の言葉を口にした。
「あー…お前らの全力で、オレを攻撃しろ」
アルドは一番強いんじゃなくてそこそこ強いんです。
今回出てきた戴雪さん。徹頭徹尾女友達ポジです。
ヒロイン?その内生えますよ(お茶濁し)
次回の投稿は未定です。短ければ今月中。