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七日前-2

そろそろ投稿日詐欺とかいうタグもついてしまいそうです。

今回はこれまた微妙な感じで終わりますが、よろしければ読んでいってくだされば感激の至りでございます。

前も述べたが、学院は馬鹿みたいに広い。そして広い敷地を一つの食堂で賄うのは少々酷な話だ。故に学院内には本棟と寮のちょうど中間に位置する大食堂の他にも幾つかの食堂や売店がある。


図書館に併設してあるやたら小洒落た喫茶店もその一つだ。建設系の専攻生がデザインした店内は全体的に落ち着いた雰囲気を演出し、喧騒も遠くにあるお陰で普段よりもゆっくりと時間が過ぎていく感覚さえ覚える。幼い頃から本を読む習慣のあるオレも、図書館で本を借りた後にここに立ち寄り、お茶と軽食を口にしつつ読書に耽る事もある。


「そう言えば貴方と初めて会ったのもここだったわね」

「あー…そうだったかな」


メニューを見ながら放たれたドーズブルフの言葉にオレは曖昧な返事を返した。『初めて会った』のはそれこそ十年くらい前の話だ。そんな事細かに覚えてはいない。


「貴方ってホント友達甲斐が無いわよね。普通覚えてるもんじゃないの?」

「んな事言ったってなぁ…そんな鮮烈な出会いって訳でもないだろ多分」

「…」

「…マジか」


どうやら彼女との出会いはオレにとっては鮮烈でなくても彼女にとっては鮮烈だった、もしくはオレにとっても鮮烈だったけど忘れてしまったらしい。


「…え、えーっと、注文決まってるなら店員呼ぶか?」

「そうね」


とにかく話題を変えようとウェイトレスに声をかけ、ドーズブルフはブラックコーヒーだけ、オレはハーブティーとマドレーヌをそれぞれ注文した。

数分もしないうちに注文したものがそれぞれの前に置かれる。


西洋菩提樹リンデ…貴方膀胱炎でも患ったの?」

「そういう知ってなきゃどう答えればいいのか分からないボケをするな。一応ここ喫茶店だぞ?」

「あらごめんなさい。じゃあ何か嫌なことがあってイライラしてるの?」

「飲みたかったからじゃ駄目か?」

「だって貴方、何時もならココアとかカフェモカとか味がしっかりした甘いものを飲むし、お菓子も頼まない。初めての時も、たまに見掛けるときもそうだった」

「…」


特に返す必要もない問い掛けだったので、オレはそのまま黙ってハーブティーに口をつけた。密リンゴに近い香りとは打って代わり仄かであっさりとした甘さが口のなかに広がるが、その味を楽しむ事もせず、カップの半分ほどまで漫然と飲み干す。


「黙ってるって事は、今の貴方は普段の貴方…ぶっきらぼうで突っ慳貪で短気で秘密主義、その癖矢鱈と人に気をかけてるアルド・ラングマンじゃないって事で良いのかしら?」

「まあ、そうなんじゃねぇの?」


今度は適当ではあるが返事を返す。

そもそもオレが欲しい言葉はそんなことではない。ただ一度相手が話すまでは聞かないと決めたから自分から訪ねていないだけだ。ぶっちゃけ意地だ。


「大体検討がつくわね。どうせあの皇子様に朝から振り回されたんでしょ?」

「それだけじゃねぇけど、それも原因のひとつだな。お陰でこっちは寝不足に加えてイライラしてんだよ」

「だから少しでも落ち着こうかなーって?」

「…」


真面目に答えるのも面倒になってきたオレは『ご想像にお任せします』と態度で示すために肩を竦め、半分残していたハーブティーを全部飲み干し店員にお代わりを頼んだ。


「で、聴かないの?」

「何をだ?」


敢えて惚けるが、自分でも今更『何を』と発言したのは馬鹿馬鹿しくも感じる。ただオレにもオレなりの最低限の矜持がある。『はっきりと言葉にして頼られない限りは動かない』。人によっては気が利かないとか言うだろうが、これはオレがかつて経験した手痛い失敗から得た教訓であり処世術でもある。


「貴方も、面倒な男になっちゃったわね」

「大人になるってそういうことだろ」

「…私が話すって言ったら聴いてくれる?」


彼女にしては珍しい何処か戸惑うような、遠慮するような声で投げ掛けられた問いに対し、オレは返す言葉も決まっているにも関わらずわざわざ数秒ほど間を置いてから、


「ああ。何処まで協力できるかは分からんが、聴くだけはタダだしな」


オレはそのお願いの言葉を出来る限り面倒臭そうに返した。

が、


「…」

「…」

「………プッ」


お互いにらしくない馬鹿馬鹿しいやり取りにオレ達は耐えることができず笑いを溢してしまったのだったのだった。





「貴方は私がここを卒業したあと何をするのかは知ってるわよね」


一頻り笑い合って茶化し合った後、彼女は何時も通りの凛とした口調で話を切り出した。


「確か実家に帰って継ぐんじゃなかったか?ああ、その前に魔法使いとしての軍役もあったな」


何度も言うが、ドーズブルフは世界でも稀にしかいない魔法使いだ。その価値はどの分野に所属するにしても困る事はなく、殊軍事的な抑止力という点に於いては前時代の核や大規模儀式魔術等に匹敵する。世界の治安維持の役目を持っている『同盟』としては何としても確保したい人材だが、彼女とて一人の人間だ。彼女なりの人生があるし、それを強制する事は誰にも許されていない。

だから─彼女に限った話ではなく、この学院で戦闘技術を学び一定以上の成績を修めている学生は、特別な事情がない限り学院を卒業した後の一年間は同盟の『治安維持軍』に所属し訓練を受ける事が義務付けられており、また一年の訓練期間が明けてそれぞれの進路に進んだ後も、非常事態によっては治安維持軍の外部協力者として参戦を強いられる。

因みに本来ならばオレもこれに参加しなければならなかったが、オレを戦力として使える戦場が限られ過ぎているのと、オレ自身が貧弱すぎたおかげで参加をしなくていいことになっている。普段は恨めしいがこんな時だけはこの身体も役に立ってくれる。


「その一年は私の中では既に無いものとして考えてるから、正直どうでもいいのよ」

「補助金とか出るのに?」

「その時間働いてた方が、補助金なんかよりよっぽど稼げるわ」


確かに彼女は云百万の奨学金と借金を株と為替を駆使して中等部の時点で返してる。実際に働いていた方が稼げそうだ。


「その一年が終わって、実家に帰ったあとの話が本題なのよ」

「成る程」

「私の家は、ほら、自分でいうのもなんだけど、本当に小さな町の小さな本屋でしかないのよ。田舎だから今は何もないけど、近くに大きなスーパーとかショッピングモールが出来ちゃったら、それこそ一瞬で消し飛ばされちゃうような、そんな店なのよ」

「そう言えばそうだったな。逆にこのご時世でよくそんな形で商売が成り立ってるなって思うくらいだよ」

「で、問題はそこからなんだけど…」


声のトーンを落として彼女は小声で続けた。


「実家にね、縁談がたくさん持ち込まれてるの」

「…あー…成る程、そりゃまた大変だ」


予想の斜め上を行く彼女の悩み事にオレは溜め息すら出すことも出来ず、ただただ同情の念にかられてしまった。

魔法には発現条件が二つある。血統か、偶発的に得られるかだ。そして一度偶発的に生じた魔法は血統として希釈されながら受け継がれていくのだ。

魔法は神の声を聞き力の一部を借りる力であり、因果を越えて運命すらねじ曲げる超然的な能力だ。物によっては自分の望むもの全てを手に出来るし、永遠の命だって得ることも不可能ではない。現に、記録に残っている最初の魔法使いが『終末』を引き起こし一つの時代を終わらせたとも言われているくらいだ。

更に言えば、今世界にいる魔法使い及びその魔法は既に希釈が起こっている一族だ。ならば新たに産まれた血族を身内に引き入れたいとも考えるだろうし、それは他の魔術師一族のみならず、大小様々の国家の貴族も彼女の『血』を得るために躍起になるはずだ。

が、彼女自身好みじゃないと動かない女だ。そうなれば何処に手を出すか。

言わずもがな彼女の親類だ。だが非情な行いをすれば彼女自身から報復を受ける。だからこそ『お見合い』という体を取って彼女の家族と彼女自身に好かれようとするのだ。

個人的には事が穏便に運んでいてとても良いとは思うが、そんな平和なことじゃないからこそドーズブルフはオレに相談を持ちかけたんだとも取れる。


何より彼女には意中の相手がいる。今はまだ、片想いだが。


「で、お前はどうしたいのさ?このままどっかの誰かと見合いして結婚か?それとも何だっけ?竹取物語のカグヤヒメみたいに無理難題を押し付けて、一生涯未婚を貫くのか?ああ、そう言えばお前の魔法は月に関係してたな。ならなおのことそうした方が趣があって面白そう─」

「貴方、私を身請けしてくれないかしら?」


オレの言葉を遮り、ドーズブルフは超特大の爆弾を吐き出した。


『身請け』。二つの意味を持つ言葉だが、オレに対してこう言ったということはつまり出家して神の花嫁である『修道女』になりたいということだ。神の洗礼を受け修道誓願を立て、生涯に渡り神に遣えるのが修道士で、その誓いを立てていれば結婚することは出来ない。契約を重んじる魔術師なら特にだ。

だが彼女は間違った認識をしている。第一に身請けをしているのは『教国』の方であり、オレ達の宗派は身請け何てしていない。第二に、そもそもそれは教会ではなく修道院の仕事だ。教会と修道院が一緒になっているのなら話は別だが、うちの教会と一緒になっているのは孤児院だ。それもオレが入って以降一人も来ていない、半ば閉鎖中のだ。


「残念ながら、うちではそれはやってない。オレを経由して教国に引き取ってもらうとかなら話は別だが、教国の連中が魔法使いを引き取ってくれるかどうか…」

「無理ね。よければ聖人として祭り上げられた後枢機卿の跡取りだが何だかと結婚させられて、悪ければ悪魔として祓われるわね」

「オレは後者に一票入れるよ」


理由は色々あるが、最近で思い当たるのはロイター絡みで教国内部でドンパチやったことだろう。謝ったけど許してもらえなかったのはとても悲しい思い出だ。そんなことをしでかしたオレの紹介する魔法使いとなれば、かなりの確率で『疾風ッ!』的な扱いをされるだろう。


「だからこそ、貴方に頼んでるのよ」

「おいおい話を聞いてたのか?オレは…」





「貴方にめとってほしいのよ」

「───────ッ!」


我が人生の中でも指折りのブッ飛んだ発言に、オレはお代わりで持ってきてもらったハーブティーを真ん前に吹き出し噎せ返った。多分目の前に座っていたドーズブルフの服は大変なことになっていそうだけどこの際そんなことは無視だ。


「汚いんだけど」

「ガッゲホッ!!ちょ、ドーズブルフ、テメェ血迷ったか?」

「…貴方にびちゃびちゃにされちゃったから、ちょっとトイレ言ってくるわね」

「誤解を招くようなことを言うな!!」

「戻ってくるまでに考えておいてね」


そんな何時もの調子で、彼女は一旦席を立ちトイレへ向かった。

それにしてもとんでもないことになってしまった。

娶る。つまるところ嫁さんを迎えると言うことだが、話が飛びすぎて頭の理解が未だに追い付かない。それ以前に何時だったかオレが酔っぱらって『オレはゼェッッッタイ誰とも結婚しねぇ!!』とか謎の宣言をしたとき『他の子は知らないけど、私も貴方みたいな面倒くさくなっちゃった人とは友達以上に成りたくないわ』とあまりにもあんまりな切り捨て方をされた覚えがある。

それにアイツはオレの体質とかもよく知っているし、それに対するオレの心構えだとか何だとかも理解してくれていたはずだ。白血が遺伝性のものである以上、オレは誰かと子を成すこともないし、同時に結婚する気もない。

なのにあの発言である。これは、相当思い悩んでいるとみた方がいい。

ならばオレに出来ることはただ一つ。彼女の本当の願いを聞き出して、それを叶えるためにどうにかすることだけだ。


「お待たせ。じゃあ、聞かせてもらっていいかしら?」


帰ってきて早々に彼女は変わらぬ口調でオレに問いかけた。だからこそ、オレは何時もよりずっと落ち着いた声で、


「…本当はこう言うのには日数を貰いたいもんだが、オレもお前もこの時期は多忙だからな」


まず、そんな愚痴から言葉を切り出し、続けた。


「お前、それでいいのか?」

「何が?」

「好きな人いるんだろ」

「あら、私は貴方の事好きよ?」

「それはあくまで友人としてだろ。そういうのじゃなくて、男女の仲で好きな人がいるだろって話だ」


彼女は数秒ほど押し黙り、『ええ』と頷いた。


「でもいいのよ、その人は」

「何故?」

「迷惑になるからよ、私と一緒にいると」

「ほお、オレはお前みたいな女はそばにいるだけでも男としちゃ最高のステータスになりそうだと思うが?」

「なら、貴方が持てばいいじゃない」

「オレは男以前に牧師であり、同時に修道士でありたいとも思ってる。それにお前はタイプじゃない」

「貴方のところの戒律には無い言葉じゃなかったかしら?」

「戒律以前の心の持ちようだ。で、重要な事をはぐらかしてるが、結局何が迷惑なんだよ。まさか『身分がどうの』とか『他との関係が』とか考えてるんじゃないだろうな」

「…」


彼女はまた黙った。わざわざ何故など投げ掛けるまでもない。オレが言った事が図星だったからだ。

そしてそれを踏まえた上でわざわざオレにこの話を持ち掛けたのは、オレがそう言った事とは全く無縁の人間だからだ。成る程経済をやる人間らしい実に効率的で打算的な物の考え方だ。

それが、実に腹立たしく感じた。友人として頼られるのは吝かではない。オレは自ら首を突っ込みたくはないが頼られる分にはとても嬉しいと思っている。だが頼られる理由がオレの事を本当に必要としてではなく、他の人には迷惑になるからなどという打算と替え玉だということは、非情に気に食わない。

加えて一番腹立たしいのは、こいつ自身が自分の価値を無意識のうちに貶めている事だ。謙遜ではなく、無下にしていることだ。それが一番頭に来る。


だが、ここで何時ものように短気を起こしてはいけない。相談を受けている以上、今日のオレは紳士的でなければならない。


「で、結局お前はそれで満足なのか?」


怒りに任せてぶつけるのではなく、諭すように尋ねる。


「誰にも余計な迷惑をかけていないんだもの。まあ、パパとママには悲しい思いさせちゃうけど、別に合えない訳じゃないし、貴方の事も知ってるから大丈夫よ」

「オレは『お前は』と聞いたぞ?」


「私の事はいいでしょ?」


その言葉を聞き、彼女の瞳を目にし、その瞬間オレは『ああ、そう言えばこいつはこういう人間だったな』と理由もない納得を覚えてしまった。

ドーズブルフは魔法使いだ。だがその魔法を自分のために使ったことはほとんど無い。いや、それ以前に、こいつは自分自身を理由にして動くことの無いタイプの人間だ。自分で物事を判断できないわけではなく、自分を判断基準に置かない。そういうタイプの人間だ。


「…お前は変わらねぇな」

「貴方が変わりすぎてるのよ」

「成る程な…」


率直な感想を言ったら皮肉を返された気分だが、オレは深く溜め息をついて、


「よしわかった。一応考えておいてやる」


そう、諦めて頷いた。

相手が絶対に折れないならこうするのが一番の近道だ。


「じゃあ…」

「ただし、条件だ。オレも即答は出来ないから時間を置かせろ。そしてさっきも言ったがオレはお前を嫁には貰わん。愛無き結婚何ぞ、聖職者として認められん」

「…」

「そんな裏切られた顔をするな。絶対に何とかするからよ」


友人から一度頼られた時点で、オレの頭からは見捨てる選択肢は無い。頼られてそれを蔑ろにするのは聖職者としても、そしてオレのポリシーにも反する行いだ。

仕事が増える結果になってしまったがそれもしょうがない。どうせ残り一週間だ。数日程度の徹夜なら、この身体も持ってくれると信じよう。


「そんじゃ、オレもそろそろ行くよ。やることが増えたからな」


拍子抜けした顔のままのドーズブルフにそう言った後、オレは頼んだ分の金を置きそのまま喫茶店を出た。

アルドは意地っ張りな男の子なんですよ。


年末年始が忙しいのはどこもかしこも共通なのでしょうが、それを言い訳に投稿日に遅れるのは違うと思うのですよ。筆の走りが遅いのは生まれながらですが。


だから今回はあえて何時投稿するかは明言しないことにしました。最低でも一ヶ月以内には次の話を投稿できればいいなと思っています。

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