三人目
カッポカッポと馬の足音だけが響く中、私は簡素な馬車の中で母に今までのことを話していた。村長は今は馬を走らせ私たちの馬車を引いてくれている。ムウファのことも含め村長にはもはや頭があがりません。
私の魔力のこととか王家の家督争いとか、詳しく話せない部分もあったんだけれど。話せる範囲で私のできる限りの詳しい説明をした結果、母が何と言ったかというと、
「そうかい。怪我しない程度にやんなよ」
だった。
伝わっていない?!と思ったけれど、そうではない。母にとっては、私が傷つくことがなければ何をしていてもいいしどこにいても良いのだそうだ。王子の手伝いと言うのがどの範囲にまで及ぶのかっていうのが分からない今は、特に言うことも無いと言い切っていた。
「何事も人生経験さねぇ」と笑っていた。我が母ながら、鋼鉄の心臓恐るべしである。一国の王子だよ?王子!もうちょっとビックリしてよね?!
「そんなことよりもさぁ!クリスあんた、ムウファとそのルドルフ王子、本当はどっちが好みなのさ?」
「ブッッッ」
母は変わっていなかった。
どうなんだいどうなんだいと輝く瞳の母に詰め寄られ、このまま馬車から飛び降りちゃおうかな~なんて思い始めていた時、唐突に村長が外から言った。
「金属音がする。この先で何かあるぞ」
ここで私は、初めて人と人との本格的な殺し合いというものを実感するのである。
「少し見てくる。」
そう言って村長は馬車を停め、このままここで待っていてくれと言い残して進行方向に歩いて向かった。
「母さん、」
「…良いかい、怪我するんじゃないよ。できれば遠くから見るだけにしとくれよ」
私も当然じっとしてはいられなかった。そして母も、私のそういう性格はよ~く分かっていたようだった。
私は馬車を降り、馬車の四方に魔石を置いた。もちろん私特製の魔石だ。
「展開」
一言そういうと、四方の魔石が光を放つ。そして薄く輝く膜が馬車を覆った。
これは私が考えた防御魔法の一つである。人であれ物であれ、この膜に触ると電流が走るようにしてある。かなり強めの電流なのでだいたいの生物ならば気絶するくらいだ。これは魔石を利用していなければただの初期の雷魔法なんだけれど、うまく展開できたようで安心し、現場に向かうことにした。
少し小走りで進行方向へ向かうと、ちょうど何人かの男性が互いに剣を突き合わせていた。
どうやら見たところ、馬車に乗っていた人たちが盗賊に襲われたようだ。片方は3人くらいの、小汚くて嫌な笑い方をする男の人達。対するもう片方は、良い身なりの2人の男性。初老の人とまだ若く見える男性、似ているように見えるので親子かもしれない。
キィンッという音とともに、競り合っていた片方の人物の剣が弾かれた。初老の男性のものだ。
「親父ッッ!!!」
若い男性が叫んだ。
初老の男性はいそいで体制を立て直そうとするが、その隙を見逃す盗賊では無かった。盗賊は持っていた鉈のような刃物を振り下ろそうとーーーーーー
「炎よ弾け!」
間一髪で先に到着していた村長の放った魔法が盗賊の鉈を直撃した。
「なぜ来た!」
「じっとしていられませんでした」
「………ハァァ…。馬車の中にまだ人がいるようだ。クリスティーナ、そこへ行け」
「はい!」
やっぱり村長は話が分かる人だ。すんごい重いため息ついてたけど。
村長はあまり戦いに深入りしないようにしつつ、二人の男性の手助けをしている。たまに魔法を放っているが、村長もやはり属性は火か。ムウファの父さんだもんね。
私は戦いに巻き込まれないよう距離を取りながら、この体の小ささを活かしてスルスルっと馬車に近づいた。
外から耳を傍立てても何も物音がしないので、思い切って馬車のドアを開けてみる。
カチャ……
「こんにちは?」
ひょこっと馬車の中をのぞくと、中には小さな赤ちゃんを連れた、女の人。赤ちゃんを強く抱きしめて震えていた。
「…あなたは?」
茫然とこちらを見る女の人はまだ若く、はちみつ色の瞳がとてもきれいだな~と、場違いながらに思った。笑ったらきっともっと可愛い人なのだろう。
「あ、偶然ここを通りかかって。今外は村長が助けに入ってます」
私がそういうと、女性は目に見えてホッとした顔をした。
「天の助けかしら…。それでもきっと彼もお義父様も無傷ではいられないわね…」
憂い顔も可愛い人っているんだね。うちの村には豪快に泣くようなおばちゃんか子供しかいなかったから新鮮だ。
「相手は3人だったし、村長もいれば大丈夫ですよ」
「ええ、ありがとう…この子もお礼を言いたいみたい」
女性が抱いていた赤ちゃんは、私と目が合うと無邪気にキャッキャと笑った。少し触ってみると、ほっぺなんかプクプクだ。
「えへ、かわいい……貴女たちは旅が多いのですか?」
赤ちゃんと戯れながらふと、馬車の中には旅の道具が多いことに気付いたのでそ訊ねると、彼女はアッサリと肯定した。子持ちの旅は負担も多いだろうに。
「そうねぇ…私たちは商いを生業としているから。旅は人生よ」
誇り高く笑ったその女性を、私はとてもかっこいいなと思った。
「じゃあ、これ。これからの旅の安全を願って…お守りです」
私はポケットから一つ、赤ちゃんでも握れるくらいの小さな魔石を渡した。
「あら!カワイイ」
「もしできたら、いつもこの子のそばに置いておいてください。困った時はこの石に少しだけ魔力を込めて、『展開』と」
「うふふ…おまじないの言葉かしら?」
「そうです。おまじないです。コレ、私の故郷の魔石なんですよ」
「ありがとう、大切にするわね」
そんなことを言いながらふわふわしたこの母子に癒されていると、コンコンと外からドアがノックされた。
「サーヤ!無事か?!」
馬車の中に入ってきたのは、先ほど戦っていた若い男性だ。見たところ無傷のようで、このサーヤと呼ばれた女性は、
「あなた…!無事で良かった…!!」
と泣きながら彼に抱きついた。うん、このご夫婦が無事で良かった。
「クリスティーナ出てこい。行くぞ」
「はい!」
村長に呼ばれたので即座に馬車から降りると、あたりにはブワッと血生臭さが漂った。まさに死臭と呼ばれるものだ。
思わずヒュッと喉から音がした。緩んでいた気が引き締まる。そうだ、ここはまぎれもなく殺し合いの場だった。
幸いなことにと言っていいのか分からないけど、多くの血を流し死んでいたのは盗賊の方だった。
先ほどまで鉈を振り回していたその腕が根本からズバッと切れて無くなっていて。先ほどまでギラギラと光っていたその目はドロッと濁っていた。人の生とはこんなにも脆い……そう実感するには十分な光景だった。
私は一人村で特訓していた時、何度となくこの光景を想像していた。それでも現実はとても…重い。自分で殺したわけではないけれど、足が震えた。でも吐き気はない。直視もできた。きっと次は、私でも切れる。切れるようになってみせる。
「一人逃がしてしまった。きっとすぐに仲間が来る。急いで出るぞ」
「わかりました」
「お待ちください旅のお方。これを…」
腕を少し切られ、血を流していたが元気そうな初老の男性が、一つの紙を私たちに差し出した。
「今回は本当に助かりました。今は何も差し上げられるものがありませんが…いつか王都で、ここを訪ねてください。きっと力になりましょう」
店の場所が書いたその名刺のような紙を貰った私たちは、そのまま現場を後にするため母の待つ馬車に走った。
その際村長はそのまま馬車に意識を向けていたけれど、私はなぜか、不意に一瞬だけ森の方に意識を向けた。なんとなく視線を感じたような気がしたのだ。
「……!」
私たちのいる街道から少し森に入った場所にその少年はいた。ガリガリに痩せ細って、とても汚れているその子は、落ち窪んでいるがやたらとギラギラした瞳をこちらに向けていた。憎しみの塊。そんな目だった。
「(死ねばよかったのに)」
彼の唇がそう動いたような気がしたとき、私は思わず、持っていたグリキの種をその場に落とした。
グリキとは赤い実をつける野菜だ。種だけでも食べれなくはないが、環境の変化にも強くすぐ実がなることが特徴のその実は栄養価も高く、なにより野菜なのに腹持ちがいい、私の村の特産物だった。
「(これやるよ)」
そう言ったら彼は少し驚いたような顔をし、すぐにその小さな体を翻して森の奥に消えていった。
その後馬車に戻った際、魔石に触れ「解除」と言った私に村長が変な顔をしていたけど、説明はうまくできないので気付かないフリをした。
それからは少し速度を上げ、先ほど戦いの場と化していたその場所も一気に駆け抜けた。死体はもう、無かった。私のグリキの実がどうなったのかはわからなかった。