強くなる
「いいか、俺がいないときにムチャすんじゃねーぞ!」
「うーん」
「断定しろよ!うん、だろそこは!」
「うーん…」
「マジで…村のことも頼みてーんだから。まずお前が無事で、元気でいてくれ」
「あ、うん。それはホント、できる限りのことはするから。って言うか、ムウファ…」
「ん?」
「…わたしはお前にかばわれてばっかりの役立たずにはなりたくない。今度はわたしがお前を守るんだからな。それだけは覚えとけ!」
「………」
これは、ムウファが王子と旅立つ日の、私たちの最後の会話だ。私のある意味での宣戦布告に、絶句したムウファはそのあと爆笑していた。失礼なヤツだ。
結局、村長にだけはあらかた話を通した。ただ、魔石を取りに行ったことは正直に話したけれど、王子を救った経緯について詳しく言うことは無かった。ムウファも黙っていた。私の魔石についてはもうルドルフ王子の管轄となってしまっていたからだ。そして村の人たちにはムウファは王都に住む村長の親戚の家に行くと説明することになった。
ことの次第を知った村長は、やっぱり激怒して、ムウファと私にゲンコツを落とした(私はなんと、逃げ遅れたのだ)。
初めて見た激怒する村長は、なまじ顔が渋くて男前なだけにビックリするくらい怖かったけれど、跡取りである長男のムウファが村からいなくなることを本当にさみしく思っているのも分かってしまったので…ここでも私は、ムウファやその家族には本当に申し訳ないことをしたな、と思っていた。
村長は王子の事情は何も聞かないまま、至極光栄なことですと言ってルドルフ王子に跪き、息子を差し出した。装備一式や旅の準備も、できる限りのものを瞬時に揃えていた。
自分でやったことの責任も取れない私は、自分の無力さを痛感していたし、ムウファと自分の実力の差というものも改めて実感していた。そんな私が思うのはおこがましいのかもしれないが…村長や村の人たちのためにも、そして私の感情からも、ムウファには何があっても五体満足のまま、元気に笑っていてほしかった。
これから魑魅魍魎の住む王宮に向かうムウファに魔石を手渡しながら、私は彼を母の次に守りたい人物として心に刻んだのだ。
「2年だ。2年で、私は村のこともお前のことも守れるような力をつけてみせる」
「くく…ああ、楽しみにしてる。ただ、無理だけはすんじゃねーぞ」
「クリス、僕も楽しみに待っているよ」
まだ笑いが収まらないムウファと、その横で綺麗な笑顔で私の手を握るルドルフ王子。これからまた果てのない戦いに身を投じるのに、あまり気負いが無く見える。そう何気なく口に出すと、
「…それはきっと君たちがいてくれるからだ。一人じゃない、ということは、こんなにも心強いものなんだね」
ルドルフ王子はそう言ってもう一度、私の手をぎゅっと握った。
王子とは腹を割って話すことはかなわなかったけれど、常に笑顔を浮かべている理由について思い当たった時、周りに集まるすべてを、まずは疑わなければならないという人生がどんなに過酷なのかは、なんとなく分かった。
私にとってはムウファの方が優先されてしまうのだけれど、この人がいつか安らげるその時まで、私やムウファが少しでも役に立つならば、死なない程度には頑張ろうと思えたのだった。
「殿下、ムウファのこと、どうかよろしくお願いします」
「うん、まかされたよ。君が来るときまでにきっとムウファもまた成長しているだろう。君に負けないくらいね」
真剣な私の願いに、王子もまた、真剣な目で答えてくれる。
「そして王子もご無事で。お互いに成長した姿でお会いできる日を、わたしも楽しみにしています」
そう付け足すと、王子はやや驚いた表情を浮かべて、その後破顔した。
「うん、僕も君たちに恥じることのないくらい、立派に成長してみせるからね」
最後にもう一度握手をして、私はムウファと王子を見送った。
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その後はもうひたすら鍛錬、鍛錬、鍛錬の記憶。
ムウファと王子はあの後、魔石採掘の森を抜け、無事に王子の部下と合流できたようだ。途中何度か襲撃にあったようだが、躱せる程度のものだったようで、私が渡した魔石は使うことは無かったと便りが届いた。
王宮では、ルドルフ王子が襲われたことがかなりの騒ぎになっており、今でも犯人捜しをしているが、未だ捕まってはいないという。まぁ、それはそうだよね。その襲撃犯だって今頃は生きてないんじゃないかな。
剣は、昔冒険者をしていたという村のおやっさんが子供たちに稽古をつけてくれているのだが、その人からお墨付きを貰えるくらいには上達した。村の戦力にも数えられるくらいになった。
そのおかげで私の村での地位も少しは向上したようで、また魔法の初歩の授業への出席が許されていた。
そしてその授業を聞いていて、私はひとつ疑問に思っていたことを思い出していた。
それは魔力の相殺についてだ。
基本この世界の魔法での攻守において、攻撃は最大の防御という考えが一般的だ。
お互いの攻撃をぶつけ合う。それが魔法での戦い方なのだ。
その事に対して私はどうしても違和感があった。防御一択、そういう戦い方があっても良いと思えてしょうがなかったのだ。
特に私には守りたいものが多い。考えてみる価値はあると思った。
そして記憶が蘇った今、これこそが『わたし』が転生したことによる、ゲームの『クリス』との最大の違いだったのだと気付いたのだが、、、後の祭りでしたね。くそぉっ。