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村へ②


王都からテンの村までは、馬車でゆっくりゆっくり行くと三日といったところだ。以前村長と母さんとたどった道のりを、最低限の休息だけを取り最短で辿る。


「…何かいるわね」



カリンさんがそう言ったのは、村まであと半日くらいのところまで来た時だった。



「クリスちゃん、少し回り道をしてもいいかしら?」


「あ、はい…いや、ちょっと待ってカリンさん」



カリンさんの判断に否やはないけれど、そのときばかりは思わず口をはさんだ。遠目に見える人影が白い髪の毛であった気がしたからだ。



そういえばこの辺りは前に、サーラさん達が賊に襲われていたあたりだったなぁと思い出す。

白い髪の毛の知り合いに心当たりがあるんだけど、もしかして人違いで、盗賊とかだったらどうしよう。



「…キアラ?」




ポツリと呟いた私の言葉に、まだかなりの距離があるにも関わらず、速攻でこちらを振り返ったのはやっぱりどう見てもキアラだった。





ーーーーーーーーーーーーーーー





キアラ・ランスロットは、隠しキャラなだけあって、四人の攻略対象の中では少し異質だ。



主人公が他の攻略対象との関わりもソコソコに、学園の温室にばかり通っていると低確率で出会えるキャラで、生徒間でも『温室王子』と言われていた。温室から出てこない、出会うのにかなり苦労する…という意味と、その驚くほど端正な顔から『温室王子』。



白銀の無造作に伸ばした髪を束ねているまだ幼く可愛らしい顔立ちの、一応は後輩キャラというか…可愛い系のキャラ配属だったのだろう。


ルドルフ王子が正統派王子系、ムウファがワイルド系。クリフォードさんが眼鏡の綺麗系、キアラが可愛い後輩系だ。一応は製作サイドも属性を網羅しようと頑張ったんだね。キアラはその生い立ちが壮絶すぎて『可愛い後輩キャラ』にはなりきれてなかったけど。



無表情で無口なキアラは、何度目かの温室での出会いでやっと『グリキの実』が好きなんだと教えてくれる。

そこから知力ばかりパラメーターを上げて、植物に関しての知識を彼に教え、グリキを一緒に育てながら好感度を上げていく仕様がキアラの攻略ルートだ。



何度も私がプレイした『貴方が王様になるまで』というゲームの名前は、実はキアラの為でもあるんではないかと思われる。キアラは、『温室王子』の名前に違わず、実は隣国の王の落とし胤だったという驚愕の設定があるからだ。


ルドルフ王子はもちろん(と言ってもいいのか分からないけれど)ルートによっては王になる。兄である王太子が戦死したり病死したりするルートだ。

そしてキアラにも、隣国の王を戦争で倒し、自らが王座に就くというルートがあったりする。戦争というのは他の攻略対象のルートの物とと同じで、主人公がクリスの魔石を使い国を守るのがトゥルーエンドへの鍵なのも変わらない。



ただ、クリスの魔石を集める際にキアラは主人公に魔石を渡すのを嫌がる。これは唯一のクリスとの繋がりだからと。キアラがクリスに抱くのはそのまま、綺麗な綺麗な「好意」だ。なのに、クリスを殺したのもまた、キアラなのである。



キアラは、隣国の王が戯れに手をつけた、まだ年若い使用人の子供だった。

隣国の王族には、他の国にも自国の民にも言っていない秘密がある。魔法があまり得意でない代わりに、動物と心を交わすことができて意のままに操ることのできる能力を持っているのだ。


キアラは、産まれ落ちた時からその能力がずば抜けて強かった。


彼は動物とだけではなく、魔獣とだって心を交わし会話をすることができた。

でも不幸なのは、それを理解できなかった彼の母だ。

訳も分からないまま孕まされ、産まれた子供にはなぜか、動物や魔獣が寄ってきた。彼女は王族の特殊な能力を知らなかった。

誰にも妊娠のことを言えないままひっそりと出産し、産まれた我が子を慈しむ前に恐怖を感じてしまう。

そして彼女は、妊娠を無かったことにした。

こっそりと、産まれたばかりの我が子を森に捨てたのである。



そこからの彼の生活は想像がつくだろうけれど、キアラは人間との関わりが極端に少なかった。幸い魔獣が彼を助けてくれたので生きてはいられた。感情は魔獣から、言葉は山賊から覚えた。


生き物は弱肉強食、食うために殺す。そう学んできたキアラに、ある日食べ物を寄越したバカがいた。それがクリスだったらしい。



『…食べ物を渡していいの、家族だけ』



母が子に渡すように、父が妻子の為に取ってくるように、食べ物は愛情の証だった。

それを初対面の、しかも人間が自分に食べ物を渡した。それからは魔獣の友と、その人間だけが彼にとって特別になった。



キアラは本当に攻略対象としてそれでいいのかと言いたいくらい無口なので、いつクリスと出会ったのか、何があったのかは全く語らない。

私が知っているその殆どはゲームの進行によって明らかになっていく事実だ。自分の生い立ちにもキアラは興味がない。



『あの人の家だって、知らなかった。そんなつもり、なかったです。でも、あの人は死んでしまった。ぼくが殺した』


キアラのルートに入ると、魔獣を連れてクリスとムウファの村を襲ったのは自分であり、間接的にクリスの死因となったのだということを告白される。



『ぼくは、あの人と家族になりたかった。…でも今は、家族はもういらない』



キアラには、生き物を殺すことに後悔も懺悔の気持ちもない。生きるのは即ち殺すことだったからだ。

それにまた、クリスの死を悲しむ資格もないことも理解している。

主人公はそんなキアラに、自分で育てたグリキの実を渡して『私がキアラの家族になりたい!』と逆プロポーズをする。好感度がきちんと上がっていてキアラがそれを受ければ、クリスの魔石を主人公に渡して、魔獣と共に隣国に討って出るのだ。



キアラにとっては、自分を利用してクリスの村を襲わせた…その人物への報復のような戦いだったのだが、結果として王位が付いてくることになる。


キアラについては、裏設定がありすぎて語りきれないんだよね。プレイヤーのお姉さまがたからも詰め込みすぎだよと言われていた。


しかし、回想の中の私はまだこの時になっても、人も動物も逃げ去るような場所に不自然に佇むキアラを見つけた時ですら、全然何も思い出さなかったのだった。にぶい、鈍すぎるよ、私…。







「キアラ、こんなとこで何してるんだ?」

「ん。キアラ、人を待ってる」

「えっ、また?!こんなとこで?!ここ、もうすぐ危なくなるから帰った方がいいよ!」


カリンさんは警戒を緩めず、その場でじっとキアラを見ていた。私は足早にキアラに近付く。


「クリス、こそ。帰って!」


「えっ」


近付こうとした私を制したのは、キアラ本人だ。


「クリスのこと、友達に言った。でもダメ!帰って!」


友達って誰だろう。まさかこの間のクイーンルフのことじゃないだろうな。今日は一緒じゃ無いのかな?

そんなことを頭の片隅で考えた。そして、あのクイーンルフならばもしかして村を守ってくれないだろうか…とも頭を掠めて、その考えを打ち払った。


友達の自称友達…しかも村を襲うだろう魔獣と同じもの。そんな不安定なものにすがる暇があったら早く村に行って魔石を仕込みまくらなきゃ。



「なんかよく分かんないけど、わたしも急いでいるしな。ここはもうすぐ魔獣が来るってウワサだから、キアラも早く遠くへ逃げろよ!あの友達に乗ればすぐだろ」


私がそう言うと、キアラは少し驚いた顔をした。


「友達、認めるの?まじゅうなのに。みんな、こわいっていう」

「あー…魔獣は確かに怖いけど。おまえと一緒にいたルフはよく考えてみたら怖くなかった…ような気がする」


記憶は美化されるって言うけど。確かにあのときの事を思い出すに、クイーンルフは行儀よく座っていたし、私たちの方に敵意を向けることも無かった。あのときは腰を抜かしそうになったけど、少なくとも今に比べれば命の危険も感じなかったと思える。

今になって、まだまだ遠くの方にいるはずの魔獣の群れの、殺気みたいなものをすごく感じるようになって、あの時のルフの穏やかさがよく分かった。


「こわくない…?」

「うーん…いや。よく分かんない。とりあえずもう一度会ってみたいかな?」


そう言うとキアラは、とても嬉しそうに目を細めて笑った。



「クリスちゃん!そろそろ行くわよぉ?テンの村まであと半日くらいかしらぁ」



私とキアラの会話を遮るようにそう言ったのはカリンさんだ。

そうだ、こうしてる場合じゃない。行かなきゃ!



「て、テンの村…?それ、あっちにある…」


キアラが物凄く驚いているけど、何なんだ?ていうかキアラ、今日は表情が豊かだなぁ。


「うん、あっちの方。テンの村にはわたしの家があるらな。今から帰るんだ。あ!!そうだ、キアラ!これ…」



茫然と立っているキアラの、前に会ったときよりもキチンとした服を着ていたのでそのポケットに、魔石を忍ばせた。時間が足りなくて、魔力は満タンにはできなかったけど、無いよりはマシだろう。


あとはその半開きの口のなかに、グリキの実を放り込んでやった。



もしかしたら、もう会えないかもしれない。そう思うと、キアラにもたくさん感謝の気持ちが湧いた。ベアの時には助けてくれたし、魔石を取ってきてくれたりして。

コイツ表情はあんまり無いけど、不思議ちゃんだけど、すごくいいやつだった。もっと仲良くしたかったな。



「色々ありがとうな、キアラ!うちのグリキのこと誉めてくれて嬉しかったよ」



言いたいことだけ言って満足してしまった私はその足でカリンさんの方へ戻った。その背後でキアラがどんな顔をしていたのか見ることは無かった。





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