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クリスの想い


それは突然の自覚。




私はこの時、例にもれず、ソフィアナ様と王宮にいた。




ルディとムウファは私の魔石に関する一連の説明を受けて、頭を抱えたり唸ったり大変そうだったけれど、すぐに迎えが来てまた前線へと出て行った。今回も、何度目かの武力衝突の兆しのあるトラヴァンス砦だそうだ。私はそれを聞いて、ああ、これでコイツらはこれで大丈夫(・・・)だと思った。なんでそんな風に思ったのか自分でも不思議だったけど(今思えば、当然とも言えるのかな)、ルディとムウファの無事を確信していたんだ。



「……クリス、クリス!」

「はい?どうしました?ソフィアナ様」


私が自分の与えられた部屋で着替えをしていると、珍しくソフィアナ様がノックもしないで入ってきていた。私の前だから問題ないけど、淑女の仮面がはがれかけている。

うぉ…ほとんど着替えを終えていて良かった。一応これでもまだ男性で通ってるんだからね!


「クリス、魔石はムウファさんに渡したのですわね?!」

「え?ええ…」

「…それならまずは大丈夫かしら…あれだけの石ですもの、そうよね?」


ソフィアナ様が、今まで見たことも無いような鬼気迫る表情で何事かを呟いている。その姿を見て、私はどうにも言い知れぬ不安を感じた。


「ど、どうしたんですか…?ソフィアナ様?」

「っ、ええ、わたくしもまだ噂を耳にした程度なのですけれど……トラヴァンス砦に魔獣の群れが押し寄せているらしいと聞いて…」

「!!!」

「本当かどうかも分からないのだけれど。でも、いてもたってもいられなくて…」


どこか視線を泳がせながら、胸の前で手を握りしめてソフィアナ様は呟いた。

大丈夫と確信する気持ちと、彼らを心から案じる気持ちが一瞬のうちにせめぎあって、少し眩暈がする。おかしい。彼らの未来など分からないのだから、心配するのが普通のはずなのに。



「ルドルフ殿下は大丈夫かしら…」

「わ、わたしの魔石を持ったムウファなら、百人力ですから!まずは大丈夫でしょう。いくら象徴として前線に出ているとは言っても、ベテランの護衛騎士たちもついているのですし」

「そう…そうよね?わたくしの心配など吹き飛ばして、きっとまたすぐに帰ってきてくださるわよね」


動揺を押し隠した私のそんな言葉一つで、ぎこちなくも微笑みを見せてくれるソフィアナ様。なんて可愛らしく、慈愛に溢れた人なんだろう。私には眩しすぎる。そんな風に感じていた自分を思い出して、今の私はその感情に違和感を持った。


私は女であって、女性を恋愛対象に見たことはない。でも、この時確かに、私はソフィアナ様へ憧憬を抱いていた。

当時は自覚すらしなかったけれど、ああ。これは本当の、『ゲームの』クリスの気持ちだったんじゃないか?

クリスは、本当の『クリス』は。きっとソフィアナ様に憧れていた、好意を持っていたのだ。



『わたくしが、彼から無理に魔石を奪い取ったのです。』



『怖かった。魔獣、争い、家族。すべてが怖くてたまらなかったのです。だからどうか譲ってくれないかと、初めて会ったに等しかったのに…彼に強請ってしまった』



ゲームも終盤になりトゥルーエンドに向かうと、魔石がどうしても必要なイベントが起こる。隣国がこのアウシュグスト王国に本格的に戦争をしかけてくる、というものだ。

ゲームの間に色々なイベントがあって、攻略対象者たちもかなり力を失っている。それを見た主人公は、クリフォードさんやムウファから聞いていたクリスの魔石を集めることを決意し、それを持ってこの国を守る戦いに打って出るのだ。

魔石を集めるにはクリフォード、ムウファ、キアラに…ソフィアナ様から、魔石を譲ってもらうことが必要なのだが…。


主人公がきちんとパラメータを上げ、攻略対象者の好感度も一定基準より上げていれば無事に魔石は譲られるし、ソフィアナ様はそこで初めて魔石を手にした時のことを語り出す。




『最初は断られました。これは殿下に献上するのだと。殿下のお命を守るものだと』



『でもわたくしは…わたくしは縋ってしまった。殿下の傍には烈火の魔術師を筆頭にたくさんの味方がいる。それなのに、なぜわたくしの傍には誰もいないのかと。なぜ誰もわたくしを守ってはくれないのかと…』



そう告白して、ソフィアナ様は滂沱の涙を流す。ソフィアナ様はゲームでも今も、ご家族と折り合いが悪い。彼女の考えを尊重し育んでくれる相手がいなかったのだ。ライバルとして登場し、散々主人公のお邪魔となっていた鉄壁令嬢のまさかの過去。殿下にはおろか誰にも言えなかったと力なく笑うソフィアナ様を前に、主人公は何も言わず彼女を抱きしめる。

クリスの唯一の命綱を奪い、ルドルフ王子との確執を生んでしまったと罪悪感に捕らわれていたソフィアナ様は、いつでも完璧であることを求めた。それが彼らへの唯一の償いだと信じて。



『この国をどうか、お願い…』



そうして魔石を託されるスチル、通称百合スチル。これを見てしまうとプレイヤーはそのあと誰もソフィアナを邪険にできなくなる。ソフィアナ様恐るべしである。トゥルーエンドは誰にとっても救済エンドなのだ。



そして今気付いた。クリスは、どんなに頼まれたってムウファや王子へ不義理をするような男ではないはずだ。それはゲームの中でクリフォードさんも語っている。そんな彼が、一番大事な王子への魔石をソフィアナ様に渡してしまった。

それは何故なのか…いつクリスがソフィアナ様を見て、どう思って、何を言ったかは分からないけれど…きっと彼は守ってあげたかったのだ。孤独に泣くソフィアナ様の、味方になってあげたかったのだ。男なら、こんなに可愛い女の子に泣かれて黙ってはいられないよね。恰好つけたくなっちゃったとしても何もおかしくないよ。


そんな描写はゲームにはまったく出てはこないし、ただの憶測でしか無いのだけど、私にはそう思えて仕方が無かった。



少し熱のこもった瞳で見つめる私にまったく気づかないソフィアナ様は、やはり落ち着かないのか、図書室に行きましょうと誘ってきた。何かに集中していたいのは私も同じだったので、もちろん頷く。


気のせいか何となく騒がしく感じる王宮内で、図書室への道のりがクリフォードさんの執務室の前を通ること、そして通常ならばあり得ない、その執務室のドアが少し開いていたことは、ゲームの強制力だったのか。



「な…んだって?!王都に…?!」



緊迫したクリフォードさんの声が漏れ聞こえたのは、私たちがその部屋の前を通る頃だった。




いつの間にか二か月も経っていました。見てくださっている方には申し訳ないです。。ちなみに、百合のつもりはありません^^;

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