最後の仕事⑤
そろそろ、ルドルフ王子の話をしよう。私の記憶が確かであれば、彼の…ゲームの中のルドルフ王子のコンセプトは『懺悔』だったと思う。
ルドルフ王子はこのゲームにおいてメインヒーローであり、その分相当攻略が難しい人だった。なんでかって、主人公が初めて会う時、王子は自分の事が大嫌いなんだ。主人公は自分のパラメータを上げつつも、王子を過去から解き放たなければならないのだけど、その過去ってのはもちろんクリスを救えなかったこと。その上王子は、自分はクリスから憎まれていたと思い込んでいる。
クリスが自分の生命までなげうって村を守り抜いた後、現場に追い付いたルドルフ王子とムウファはもちろんクリスを救おうと試みた。けれど王子はクリスに、彼の魔法での治癒を拒否されてしまう。
『どうぞ殿下、そのお力は僕の故郷の者たちに…。何卒…』
弱り切って掠れた声の中にも強い意志のこもった、この上なく他人行儀な口調でクリスはキッパリとルドルフ王子の治癒を拒否する。そしてムウファに2、3言話しかけて、満足したかのように息をゆっくりと吐き、そのまま瞼を閉じてしまうのだ。その間王子の方を一度たりとも顧みることは無かった。彼に縋りつくムウファを見ながら、王子はそこでやっと気づく。彼はまったくと言っていいほどクリスと信頼関係を築いてこなかったことに。
自分の足場を固めること、多くの民を救うこと。そのことばかり考えて、ムウファの幼馴染だというまだあどけない少年を自分勝手に巻き込んだ。
王族であることの強い自負と、兄を支えようという目標を持って突き進んでいたルドルフ王子は、ろくな言葉も交わさず、ムウファが大丈夫だという言葉だけを信じて連れてきてしまったクリスと言葉すらほとんど交わしてこなかったことに思い至ってしまい、こう思うのだ。一人の民と心を交わせない者が民を導けるものか、と。
自己嫌悪と共に自らの王族の資質まで疑ってしまった王子は、足が地面に吸い付いたように一歩も動けなくなってしまう。そしてそのまま息を引き取るクリスを茫然と見ながら、この少年の死は自らへの抗議であり、罰でもあるのだと強く実感してしまう。
さらにその後に王子に追い打ちをかけたのは、クリスは王子にあの魔石を渡していなかったという事実だ。
4つの魔石にクリスは魔石を込めた。そしてゲームの中で主人公が魔石を求める時、持っているのはムウファと、クリフォード、そしてキアラ。最後の一つはソフィアナ様である。
王子はそのことでも、自分はクリスに認められていなかったと思い込んでいたが、最終的にはソフィアナ様の持つ石は本来、王子に渡すものたっだということが分かる。他でもないソフィアナ様の証言によって。
まぁそれはゲームを勧めなければ出てこない真実であるので、主人公が出会った当初、ルドルフ王子はそれこそ機械のように笑う男性になっている。優しく親切で、いつもスマートで…しかしどこにも本心は見えない。そのような影のあるヒーローこそが『貴方が王様になるまで』のルドルフ・アウシュグストなのだ。
いやぁ、思い出せば出すほど、暗いゲームだね!いや、結構作りこんであって笑える部分も多々あったんだけど!
とにかく、王子の攻略には、彼から懺悔を引き出せるかどうかにかかっている。
『クリスっ……すまない…すまなかったっ…』
そう言って主人公の胸で泣くルドルフ王子のスチル、レアだったもんなぁ…。
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「…で?このものすごく大きな宝石が魔石だと?」
「うん」
「…それが、2つも?」
「うん…いや、実は3つ用意したかったんだけど、ごめん。間に合わなかったんだ」
「ど、どうしようムウファ…?!僕、立ちくらみが…」
「クリスお前…!!お前の非常識がとうとうルディを殺しかけてんぞ!」
「え?!なんで怒られるの?!」
ルドルフ王子が大げさにのけぞって、ムウファは本当に怒ったような顔をして私に怒鳴る。二人とも、非常識とか言えるような常識人でもないくせに、何を今更?って感じだ。
私は王子に何とか時間を作ってもらい、ムウファ以外人払いをしてもらった。その上で、久しぶりだね~とにこやかに挨拶してくれる王子に返事を返しがてら、無造作にポケットから出した魔石を2つ王子の掌にのせたのだ。
「えっと…えぇっと…こんな見たこともない大きさと純度の石の出所とか入手ルートとか魔力補給の方法とかいったいいつからとか他にも色々色々色々聞きたいこといっぱいあるんだけど…」
「ルディ、」
「何のために王宮でソフィに頼んだのとかこれ今も製作中なのとか色々色々…」
「ルディ、本当、落ち着け。深呼吸しろ。すまん。このバカの暴走が…」
「えぇえ…わたしが悪者かよ?ムウファ、お前わたしの味方じゃないのかよ~」
「クリス、お前はちょっと黙ってろ?」
何で俺がこんな役を!と嘆くムウファは、ルドルフ王子の背中をさすっていた。私に笑顔で釘をさすことも忘れない。ずいぶんと理性的に振る舞うのがうまくなったな~と、兄貴分の成長を感じる。
とにかく、自分のここ一番の大仕事を果たすことができて私はこの時だいぶハイになっていたのだと思う。
「ルドルフ王子?」
「色々色々…え?」
「混乱してるとこ悪いんだけど、それ、王子の分無いから」
「っ」
「それ、ムウファとクリフォードさんの分ね」
「…」
「なっ…クリス、それどういう事だよ…!」
私が勢いにまかせてそのように説明すると、王子は、また初めて見るような顔を見せた。表情がストンと落ちて、目の中に絶望が浮かぶような、そんな表情だ。ムウファはぎょっとしたように思わず私の顔を覗き込む。
「そ、そうなの…か」
「うん」
「い、いや、良いんだ。ムウファとクリフォードの分なんだね。分かった、僕が責任を持って渡すから…」
「うん…はは。ルディ、僕の分は?って聞かないの?」
「!っいや…だって、僕は…」
ルドルフ王子は今まで、私に対して、澄ました顔か、真剣な顔、笑顔か、どこか余裕のある困惑顔みたいな物しか見せてくれなかった。それでもずいぶん気安く接してくれてるって分かっているんだけど、でもムウファと私の前では見せる顔が違う。ムウファとは私よりずっと長い時を共に過ごしているせいか、もっと打ち解けた態度なのだ。私はそれがずっと不満だった。一度でいいからその王族の仮面を捲ってやりたかったんだ。
それが今、魔石のインパクトもあってなのか動揺を見せた王子は、いつもの取澄ました仮面をかぶるのに失敗して素の顔が出てしまっているように見えた。アタフタと目線を泳がしているルドルフ王子は、なんだか年相応で可愛いな~とにやにやしてしまった私である。まさに狙い通りだ!
「…だって、僕には、ムウファもいつもそばに控えているし…それに…きっと、クリスからは…その、好かれてはいないと思っているし…」
王子、しどろもどろである。
そんな王子と私の顔を交互に見、ムウファは私のたくらみを悟ったようで呆れた顔をしている。
「何だよ、わたしに嫌われてると思ってたの?」
「…だって僕は君に無理ばかり強いているでしょう…話をする機会も少ない」
僕らはあの日、あの丘で話し合ったことしかないしと、ルドルフ王子は窺うように私を見る。その顔は本当に情けなくて、でも人間味があって、私はいままでのルドルフ王子よりも目の前のルディの方が好きだなと思う。本来の王子はたぶん、割と無口な方なんじゃないかな?いつもは必要に駆られて口を軽くしているんじゃないかなと予想する。何となく演技じみた感じを受けていたんだよね。
「そうだね~、あれ以来わたしの意見はあんまり聞いてくれないよね!」
「…」
「ムウファも独占しちゃうしね?わたしたちのムウファだったのにさ~」
「…」
「クリス、遮ってわりぃけど気色悪い言い方はヤメロ!」
私の言葉にビクリと肩を揺らして、だんだんと下を向いてしまう王子と、それに反応して思わず口を開いてしまったというようなムウファが私に突っ込みを入れた。
「あはは。でもさ…正直な話、ルディのすることがどんな事であっても…わたしたちを苦しめるものじゃないってちゃんと信じてるよ?」
「!」
「ルディの目指すものも信じてるし。ルディの信用している兄様?も信じるよ」
「…」
ルドルフ王子は、その整った顔の眉間に少ししわを寄せて顔を上げる。珍しくその瞳が雄弁に語っていた。私の能天気とも言えるような言葉への疑問を。
「あ、だんだん気持ちが顔に出てきていい感じだね?ソレ、なんでって顔だよな?…んー、何だろ。もちろんあの丘での誓いを忘れたこともないし。それ以外にもムウファとソフィアナ様がルディの事すっごく信用して、心配してるからっていうのとか。あと…たぶん、わたしが君を助けたから。かな?」
「っ…!」
私は、王子と出会った当初の事を思い出しながら言葉を紡いだ。ルドルフ王子はあの日助かったこと、本当はどう思っているんだろうとか、あのまま死んでしまった方が楽だったと思う日は無いんだろうかとか。私ですらそんな風に悩む日があった。
「助けたことに、責任を持ちたいと思ったから。…あぁ、それってルディと…治癒を使うルディと同じ気持ちなのかもしれないな!ルディ、もしかしていつも戦場でこんな気持ちなのか?」
『ゲーム』で、治癒を使うことは本当はとても怖いことだと話していた王子を思い出した。人の運命を変えてしまえる力は、本当は人が持つべき力じゃないんじゃないかって。特に、ルドルフ王子ほどの光魔法の使い手は滅多に出ないレアなものだった。その恐怖を、主人公だけには話してくれるのだ。
当然この時の私はそのことを知らないし、何となく感じたことを話したに過ぎないんだけど、当たらずも遠からずって感じの事を話してたんだなぁ。
「あ…」
「ソフィアナ様も言ってたよ。唯一無二の力はどんなに孤独を伴うのかしらって。それに少しでも寄り添いたいって」
何かを言い出そうとする王子の言葉を遮って続ける。気品あふれるお嬢様の、寂しそうな顔を思い出したからだ。ソフィアナ様こそが本当に王妃に向いていると思う。『ゲーム』の主人公よりもよっぽど。
「一人で抱え込むのは止めてほしい。ソフィアナ様だってムウファだって、頼りないけどわたしもいるよ。足場はクリフォードさんが支えてくれる」
少し冷たい王子の指先を握って、今の私に言える精一杯の言葉を尽くした。ルドルフ王子だってとっくに、母さんやムウファやアラン達と同じように、私の『守りたいカテゴリー』に入っているのだ。まぁすんごくおこがましいんだけどね。
「だから、ルディ用には今作ってるんだよね。わたしからの、いつもの義務とは違う、本当の激励を込めて。今言ったことを忘れないでいてもらう形状にしようと思ってる」
もうちょっとだけ待たせることになっちゃうけどな?と王子に笑いかける。ついでに勝手にルディって呼びかけてしまっていることにも軽くお詫びを入れた。
「…もう、何だよこの子…!!」
ルドルフ王子はとうとう両手で顔を覆ってしまった。何かをモゴモゴ言って悶えていたけれどうまく聞こえない。
「言っとくけど、これ以上の接近は許さねーからな?今の事は忘れろ。すみやかに完璧に忘れろ!」
「ああぁ~…なんか、ムウファと戦っても良いかもって思えてきちゃったな…!」
「おい!?」
ムウファと王子はまたもや肩を組んでコソコソと話している。まったく、こういうのが気にくわないっていうのにな…!
王子はまたそれからも少し悶えていたけれど、ひとしきり唸った後、やっと落ち着きを取り戻したみたいで小さな咳払いをした。
「…よし、うん。ごめんね、冷静になったよ。じゃあ、とりあえずこの魔石の入手経路から教えてほしいかな」
ルドルフ王子…ルディは特に変わったところは見られなかった。いつも通りの笑顔。でもちょっとはその内面に切り込んで行けたんじゃないかなって、私はひとり頷いたのだった。
「うん、そうだね。じゃあ、そろそろ最近の報告かねて魔石の使い方について話すよ」
とりあえず今の私は、ゲームでは王子には魔石が無かったと描写されていたけれど、私はちゃんと用意していた。形状を変えるのに時間がかかってこの時渡せなかっただけなんだ!と声を大にして主張したいと思う。