最後の仕事②
「…で、なんでついてくるんだよキアラ」
「ん。キアラ、待ってる」
「ああ、人を待ってるのか?じゃああの場を動かない方がいいんじゃないの?」
「ん。匂いで分かる」
「に、匂いって…」
「クリスも匂いで分かる」
「えっ」
「鼻が良いのですわねぇ?」
匂いって、私臭くないよな?!と動揺した私の代わりにソフィアナ様がキアラに答えてくれている。私と手を繋いで歩くソフィアナ様と、その後ろをついてくるキアラは何も持っていなかった。買い物もしていないようだ。
「…キアラお前、王都に住んでるのか?」
「ん。キアラ、森にいる」
「え、森に住んでるっての?」
「ん」
「まぁぁ、野性的ですわねぇ?」
「野性的っていうか…今日はだれを待ってるんだ?」
「ん。シード」
「へ~。シードって確かお前の名づけ親っていう…お前の家族だよな?」
「ちがう。頼みをきくとグリキくれるひと」
「またグリキかよ?!」
「あら、グリキがお好きですの?」
「ん。キアラ、グリキすき」
身分は全然違うのに意外と会話が成立している私たち3人だったが、キアラはグリキの話題になった途端、私の袖を引っ張って目を合わせた。
「クリスのグリキ、いちばん」
「えぇ?あ、そう…」
「あらまぁ…クリスは罪な男ですのねぇ?」
ソフィアナ様やめてくださいよその侯爵令嬢らしからぬ顔!そもそもそんなにグリキをやった覚えはない!と汗をかきながら、また私は鞄からグリキを取り出した。私はいつ何があっても良いように常にグリキを持っているのだ。非常食はいつでも持っておくものだ!
「じゃ、やるよ!うちの村で作ってるグリキは確かにおいしいよな!」
ちょっと不思議ちゃんだけど、うちの村のグリキを褒めてくれるやつに悪い奴はいない!という持論のもとにグリキをキアラに手渡した。
それを受け取ったキアラは、無表情ながらに何やら目をキラキラさせている。うん、良かった喜んでくれたみたいだ。
「それにしても、クリスは何も見つからなかったですわねぇ…?」
「あ~…そうなんですよ。あんまりコレと言うものが無くって…他人の魔力が入っててもいいから大きめの魔石が無いかなと思ったんですけど、そううまくはいかないですね~」
「そうね。魔石は希少だから、今日これ以上は少々難しいかしら…」
「残念ですけど、他の手を考えます」
「…クリス、石欲しい?」
「おお、キアラ、お前まだついてきてて大丈夫なの?連れは?」
「ん。クリス、石すきか?」
「あ~…うん。好き。わたしは魔石を探してるんだ」
キアラは余計な質問には答えないようです。前よりは話すようになった気がするけども。体もそんなに大きくなくって、女の子みたいな顔をしてて、たどたどしく話すコイツは少し幼く見えるうえに森に住んでるとか言ってる変なやつだけど、魔石の事は知ってるんだな。少し意外というか…。
キアラは少し考える素振りをすると、私の袖をグイグイと引っ張った。
「…ん。来い」
「え?」
「森」
「はぁ?!」
「森」
「キ、キアラさんそれは…少し…デートにしては遠すぎるかしらと…」
「ソフィちょっと!」
「森。遠くない」
「えぇぇと…わたしもソフィアナさ…ソフィも時間が無いからムリだよ!」
城下では「様」を付けないというソフィアナ様との約束すら吹っ飛ぶくらいの衝撃を受けたのだ、噛んでしまったのは見逃していただきたいと思う。
「森。すぐ」
「すぐって…どう少なく見積もっても半日以上はかかりますわね?」
「ん。半日じゃない。もっとすぐ」
「はぁ?んな森どこに…」
「来い。来ればわかる」
疑問符が飛び交う私とソフィアナ様を強引に引っ張って、キアラが連れて行ったのは、かつて私が王子とムウファを連れてきたあの『誓いの丘』だった。
「おい、森じゃねーじゃんか!」
「素敵な丘ですのね…?!」
「ん。友達、すぐ来る」
そう言ってキアラがピュウと口笛を吹くと、一瞬その場にすさまじい風が舞った。すぐにその風は止んだのだけれど、私はとっさにソフィアナ様の前に出た格好でビシリと固まったのだ。
なぜかって、私の目線のすぐ先には、キアラに撫でられて気持ちが良さそうに目を細めながら鎮座する、大鷲のような…クイーンルフと呼ばれる魔獣がいたのだから。心臓止まるかと思った。
クイーンルフは巨大な鷲…私たちのような子供ならば一飲みしてしまえそうな大きな嘴を持った魔獣だ。翼を広げれば3メートルはあるだろうか。こいつは本来肉食で、獰猛な性質である、はずである。風を操ってハリケーンのようなものを起こして…こいつを怒らせると町ひとつ滅ぶと言われている魔獣、のはずである。
「「っっ…?!?!?!」」
私とソフィアナ様の寿命、少しここで縮まったんじゃないかな、というくらいの驚きだった。驚きと共に血の気が引いたのもあって、足が震えた。
「友達。乗って飛ぶ」
「なっっ?!?!」
「の、乗りますの?!この魔獣に?!」
「ん。いいこ」
キアラはそう言うとまたクイーンルフを撫でた。本当に不思議なことだが、本来どうやったって人間の言うことなど聞くはずのない魔獣が、そのまま大人しくしている。むしろ機嫌の良さそうな様子に、私はますますパニックになったのである。
「うっそだろぉオイ…」
ソフィアナ様が後ろにいなかったら、とっくに腰が抜けていたと思う。レッドベアの群れの時は仲間たちがいたし戦闘後だったから気も大きくなっていたけれど、普通の状態で大型の魔獣に至近距離で接して平然としている余裕は、私にはまだ無かったのだ。
「三人でもとべる。早い」
「ひ、人を襲わないのか…?!このクイーンルフは…」
「キアラがいる。襲わない」
「えぇえぇ…」
まるで気の抜けた母音しか口から出なかったが、それでもとにかく少しこの魔獣に近づいてみようとした私は結構根性があると思ったんだけど、その私の服の裾をもの凄い力で握りしめて止めたのはソフィアナ様だった。
「…の、乗れませんわ…。ご、ごめんなさいキアラさん。わたくしには恐ろしくてとても…」
「…こわい?」
「ごめんなさい…」
「…ん。こわいか」
下を向いて震えるソフィアナ様に、キアラは無表情のまま頷いた。その瞳が少しだけ悲しそうに見えたのは、キアラの事情を知る今の『わたし』だけなのかもしれない。この時の私はどう思っていたっけ…よく思い出せないな。
「わかった。待て」
「…え?」
「すぐ戻る。待て」
そう言うが早いか、キアラはそのクイーンルフに乗ってもの凄い速さで飛び去った。クイーンルフの立てる風圧で、少しの間目が開けられないくらいだったのだけれど、目を開けるころにはその姿はかなり小さくなっていた。
「あ、あいつマジで魔獣と友達なのか…?!」
風が止んで落ち着きを取り戻した頃、ポロリとこぼれたのは私のそんな疑問だ。それに答えてくれたのはソフィア様だった。先ほどまで震えていたように見えたのに、今は呼吸を整え、毅然とした態度で私をまっすぐに見ていた。私の服の裾は相変わらず握っていたけれど、ソフィアナ様の頭の回転の速さ、気概には頭が下がるよね…。
「…どのような事情があるのか分かりませんけれど、そのようですわね…?」
「ど、どんな事情があったら魔獣と意思疎通できるってんだよ…?!」
「クリス聞きなさい。どのような事情だったとしても、キアラさんのアレは異常です。良くて?彼の魔獣は、どのような方法であれここまで入ってきた。それが問題なのですわ。しかもあの様子では何度も来ているのでしょう」
「っ…確かに、人と待ち合わせしてるって…」
「キアラさんはアレを隠している様子もありません。悪気があるようにも見えなかったわ。彼に何かを頼んでいる人物が善良な者ならば害は無いのかもしれない」
「……」
「シード、という人物について、わたくしも調べてみたい事があります。……良いこと?クリス。彼…キアラさんと親しくなりすぎるのは止めなさい。貴方はルドルフ殿下が外に出したくない、と思う程大切にしている人だわ。自分を守ることを第一に考えなさい。良いわね?」
「わ、あ…分かり、ました」
「わたくし、道を決めたわ。全てを守るにはやっぱり、権力が必要ね」
ソフィアナ様は侯爵令嬢だ。人を率いる側にいる人。人の行動の裏を読める人。そういう教育を受けた人…そういう人だということを、迷いを捨てて力強く話す彼女を見て、私は深く実感することになった。これこそが、ゲームで『鉄壁令嬢』と言われたソフィアナ様であるのだ。
「……クリス?どう振る舞うかは教えたはずですわね?自分を守るように。わたくしの言うことを聞けますわね?」
「あ~…。貴女に誓います、レディ」
私が腰を折ってお辞儀をすると、ソフィアナ様はいつもの花が咲いたような笑顔で「合格」と言った。
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「ん。やる」
「え…何を、って、え?!」
「ええっ?!お、大きい…!!それにこの輝き…?!」
「森、たくさんある」
「「えぇぇっ?!」」
しばらくして、去った時と同じようにクイーンルフに乗って戻ってきたキアラが私に手渡してきたのは、すさまじい輝きを放つ魔石だった。今でいうと、ダイヤモンドみたいな輝きとでも言うのか?大きさは私の手で覆ってしまえるくらいで、一目でただの魔石じゃないと分かるようなものだ。しかもそれが複数である。
「この純度、王宮にもあるかどうか分かりませんわよ?!」
「ちょっと、こんな高価なもん…」
「キアラ、グリキすき。クリス、石すき。交換!」
キアラは名案!と言いたいのだろうが、なにせ無表情である。しかもどう見ても価値が釣り合ってないわっ!
「いらないよ!怖いよこんな恐ろしいもん!」
「ん。オスはメスの好きなもの探す。ふつう。キアラ、クリスにやる」
「キアラさん、これは人に簡単にあげてはいけないものですわ!って、えぇと、オスがメスに…?」
「ああああ!おいキアラ!とにかくこんなの貰えないよ!!」
「ん…やだ」
「やだじゃねぇよ!」
「キアラいらない」
「わたしもいらねぇよ!」
「すき、言った」
「っ…」
「言った」
「……」
「……」
今度は無表情ながらに口をとがらせ、キアラは私を見上げた。私の気のせいでなければジトっとした目をしているような…とにかく私は圧力に負けたのだった。
「っくそ…こんなもんに釣り合うもの、持ってないし…!」
「グリキ。くれ」
「はぁ?!」
「ずっと。くれ」
「はぁぁぁ?!グリキならいつでもやるよ!いつまでもやるよ!そうじゃ無くってさぁ!」
私が半ば自棄になりながらそう言うと、キアラはとても満足そうに頷いた。そして何かに気付いたようにふと広場の方に顔を向け、クイーンルフを手の振り一つで空に帰す。
「ん。シードきた。キアラいく」
「ちょ、キアラ!!」
「またね、クリス」
知らなかったが、キアラはもの凄く行動が早かった。そして去り際も音もなく丘のふもとに消えた。私もソフィアナ様も茫然とそれを見送るしかなかったのである。
「えぇ…何だよそれ…」
「ううん…仕方がないですわね。早くおしまいなさいクリス」
「えぇぇ?!」
「不用心ですわ。ここでそのような価値のある物をずっと出していてはなりません」
「マジか…」
「もう諦めていただいてしまいなさい。幸いキアラさんの言う『森』がどこなのかも分からないままですし、これと同じものが出回ることも無いでしょう。わたくし、今見たものは口が裂けても言いませんわ」
「えぇぇ?」
「貰ってしまいなさい。それで王子や貴方の大事な人、それに先ほどのキアラさんも…守れるようにすれば良いのよ」
もし王子に渡すにしても、言い訳を思いつかなかった。多分それはソフィアナ様も同じだったと思うのだけど…何とか私の納得のいく理由を用意してくれたのだと分かった。
「…そっか。そうですね。じゃあこれで、皆と、ソフィアナ様と。それにキアラを守れるように工夫してみます」
「それで良いわ。…それとね、わたくし一つ気になることがあるの」
「…え?何です?!」
「クリスの持つグリキはそんなにおいしいのかしら?ひとついただける?」
「……」
予想外にも魔石を手に入れたこの日、私はソフィアナ様の器の大きさを改めて知って、キアラの不穏を垣間見ることになった。
ゲームの『クリス』が魔石を手に入れた方法も、キアラからの贈り物だったのかどうかは分からないのだけれど、とにかく私はこの後、魔石に魔力を込めることにまい進するようになる。そしてその魔力がいっぱいになるのを待ち構えていたかのように、最後の事件が起こるのだ。