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ライバル令嬢たる所以②


「ベル、何があったの!」

「ソフィアナ様…!!毒見係のクランクです!クランクが…!!」

「またなの?!…早く連れて行きなさい!!」


部屋の前から声をかけてきていたソフィアナ様付きの侍女を伴って走り出したお嬢様を追う。行き先がどこなのか分からなかったし、訊ねられるような雰囲気でも無かったけれど、なにか緊急事態のようだと感じた。


「ここです!ソフィアナ様お気をつけください!」

「分かっているわ!さあ開けて!」


たどり着いたのは、王宮の端にある粗末な部屋の前だった。木造のドアはところどころ腐りかけていて、風通しの良さそうな状態になってしまっているが、ここは使用人部屋…しかも貧民の使用人用の部屋だ。使用人も身分で使う部屋が変わるし仕事内容も変わると教わっていたが、本当のようだった。走ってきた勢いそのままに部屋に入ると、そこには一人の男の人が横たわっていて、その周りをまた大勢が取り囲んでいるのが見えた。


「クランク!!いやぁぁ死なないでぇぇ!!」

「どいて!ソフィアナ様を連れてきたわ!」

「ソフィアナ様ぁぁ!!お願いします!どうかクランクを…!!!」


ここは王宮。何も恐ろしいことは起こらないと思っていたのに、この事態は何だ。横たわった男性は白目をむいて、口からは泡を噴いていた。明らかに中毒症状だ。傍らには泣き叫ぶ女性と、顔色を悪くしながらも彼を介抱する使用人さんたちがいた。


「ソ、ソフィアナ様…!」

「クリス、この方の体を押さえて!!毒を吸い出せるか、やってみるわ!」


私はすぐさま男性の手足を押さえた。すでに大きく痙攣していた男性の体は、もう毒を吸収してしまっているように思えたけれど、ソフィア様は水魔法を得意としているらしいので何とかできるのかもしれない、と混乱した頭で思った。


「状況を説明しなさい!」

「クランクが食べた晩餐のための前菜に毒が入っていたと思われます…!」

「話が…話が違うじゃないの…!!!クランクは庭師として雇われていたのよ!!なぜ毒見などをやらされたの?!どういうことなのよ!!ああああクランクううう!!!」


泣き叫んで、怒鳴り散らしているこの女性も侍女服を着ていた。この男性、クランクさんの恋人…なのだろうか。通常毒見係というのは、鼻の良い…所詮奴隷と言われるような人や、犯罪者や動物などに試すのだと私はソフィア様に習った。なのにこの人は奴隷には見えない、普通の使用人だ。そして、毒見などの経験の無かったクランクさんは、匂いなどで毒物の判別もできなかったと侍女服の女性は言った。


「医者は?!」

「いつもの通りです…中毒症状に対処できる王宮医は王妃様の回診中でとてもこちらに来て貰える状況ではありませんでした。城下の町医者にかけあっていますが、王宮に入るための手続きでとても間に合いません!」

「クランク…あああ…!!!」

「っっ…」


先ほどベルと呼ばれた侍女が周りの使用人たちに聞き取りをしていた。ソフィアナ様は先ほどから男性のお腹に向けて掌を当て、何か詠唱をしている。汗をかいていてとてもつらそうに見えた。おそらく体内の毒が広がるのを防ごうとしているのだと思う。水魔法にもそういう使い方があると前にルドルフ王子が言っていたのを私は思い出した。


『飲んですぐならば効果もある。でも一度体に吸収されてしまえば、水魔法ではどうにもならないんだ。そういう時こそ僕のような光魔法の出番だね』


ソフィアナ様は精一杯頑張っていた。でもクランクさんの顔色はどんどん土気色に変わってきてしまっていて、痙攣すらも収まってきていた。彼の体力が尽きようとしているのだ。


「…ソフィアナ様」

「黙って」


ソフィアナ様はそれでも諦めなかった。周囲も固唾を飲んで見つめる中、詠唱をし続けた。なのに、その甲斐もむなしく、このクランクという男性は静かに息を引き取ったのだ。最後には少し楽になったような顔だったので、ソフィア様の魔法で少しは苦痛が和らいでいたのだと、確信もないようなことを信じたいと願った。


「…ありがとうございましたソフィアナ様」

「やめて。私はまた何もできなかったわ…」

「そのような事はありません。私たちのような末端の使用人にここまでの事をしてくださる方は、ソフィア様を置いて他にはいないのですから…」


男性の傍らで泣き叫んでいた侍女服の女性は気を失ってしまったようだった。そしてその場にいた使用人たちの中から、一番年配に見える恰幅の良い女性がソフィア様に頭を下げてそう言い、他の使用人たちもこぞって頭を床に擦り付けていた。


ソフィアナ様はその後のことをベルという侍女に指示すると、そのまま無言で部屋をあとにする。続いて部屋を出る私は、ソフィアナ様にかける言葉が見つからなかった。


「…ルドルフ様のような光魔法が使えたら…」

「え…?」

「わたくし、物心ついた時からそう思ってきましたわ。この国の貴族の中には使用人を使い捨てにするような人物が確かに…存在するの。その被害にあった使用人たちをなるべくなら救いたい、治癒魔法が使えたら私は医者になるのに。そんな驕った考えを持っていたから」

「ソフィアナ様…」

「わたくしなど、何の力も無いのにね」


ソフィアナ様は、いつもの貴族的な完璧な笑みを湛えてそう言った。普段の快活な、朗らかなソフィア様からは想像もつかないような悲しい声だった。


最近の王位継承権争いの激化、そういう背景からたくさんの中枢貴族たちが毒見係を付けるようになったのだと、ソフィアナ様は言った。そしてだんだんと毒見に宛がわれるような人も動物も不足して、毒見をさせられるような身分ではない使用人すらも心無く使うようになった貴族が出てきているらしい。それを知っていて止められない自分も同類であるとも付け加えた。


貴族で無い私はソフィアナ様の気持ちを十分に理解することはできなかったが、先ほどのクランクさんとその恋人の侍女の女性を思うと、心が痛んだ。あれがもし私の大切な人だったら私はどうするのだろう。

そのうえソフィア様の苦しみの一端を垣間見ることになって、私はこの後もできうる限り傍にいて彼女の悲しみや苦しみを軽くしたい、そして出来ることならばソフィアナ様を大事にしてくれる理解者が表れてくれたら…と強く思ったのだ。



________________




「師匠、ルドルフ王子はその事知っているのでしょうか?」

「…勿論、ご存じだろう。しかし殿下は今外交に重きを置かれていて今は余裕が無いのだ。もうしばし待て……貴様、余裕だな?」

「全然余裕じゃないですっ!あっちょっと待って…あー!!!」


そのようなショッキングな出来事があった後、たまたま王宮でクリフォード師匠に会い、問答無用で修練場に連れていかれた。最近体も大きくなって、すぐに負けるということは無くなってきていたけれど、まだまだクリフォードさんの壁は高い。


「いってぇ~!」

「ふん。鍛錬をさぼったな?腕がなまっている」

「うぅ…すみません…最近なかなか機会がなくて…」

「阿呆か貴様…。いつ何時、何があるか分からないんだ。常に心配をさせている相手もいるだろうが。油断をするな」

「すみません…」


この時はかなりあっさりと投げ飛ばされてしまった。しかも鍛錬ができていないことを本当に呆れられてしまったように感じて、少し落ち込んだものだ。


「…貴様のように、ソフィアナにも心を預けられる相手ができれば良いのだがな…」

「えっ!クリフォードさん、ソフィアナ様のこと知ってるんですか?!」

「…阿呆め。公爵家と侯爵家だぞ。ソフィアナが生まれた時から王宮で顔を合わせることも多々ある」

「わぁぁ…豪華な幼馴染ですね!…じゃあクリフォードさんもしかして。ソフィアナ様が本当になりたいもの…知ってました?」

「…医者、だろう。昔から言っていた。貴族の自覚が出てからは言わなくなっていたようだが。…ソフィアナは才能豊かだが、真面目が過ぎる。あれでは損をするばかりだ」


自分の事を棚に上げ、クリフォードさんはソフィアナ様をそう評した。完璧主義のクリフォードさんにしては破格の評価だった。よほどソフィアナ様を可愛がっていたのだろうし、今も気にかけているのだろう。


「…国を支えるって、いろんな犠牲を払うものなんですね」

「…それが貴族に生まれた義務というものだ」


私は修練場に大の字になって倒れていて、その頭の横のあたりにクリフォードさんが腰かけていた。

顔の見えないこの位置は私とクリフォードさんの鍛錬後の定位置で、いつもクリフォードさんは私の質問することについてポツリポツリと答えてくれる。この時の棘の無いクリフォードさんはどこかお兄さんのようで、私はこの瞬間がとても好きだった。


「わたしもねぇ、実は夢ができたんですよ。わたしの知った事とか学んだこととか、できれば辺境の村とかに行って、何も知ることのできない子供達に教えたいなぁって…」

「…教師か。貴様の実力では、もっと学ぶ必要があるな」

「あはは、そうですよね。…いつかもっと平和な国に、なるといいですね」

「…貴様に言われるまでもなく全員が力を尽くしているところだ。今に、変わって見せる」


仰向けに寝転がったまま掌を上にかざして、日の光を遮りながら私が何気なくそう言うと、クリフォードさんはそれを否定することも無く聞いてくれた。


「クリフォードさんも、毒とか…気を付けてくださいね」

「莫迦にするな。貴様は自分の心配だけしていればいい」


最後に私の頭を少し強めに叩いて、クリフォードさんは去っていった。たまたま会ったと思っていたけれど、今思えばこれは偶然じゃ無かったんだと思う。きっと心配して様子を見に来てくれたんじゃないかと思い当って、意識だけである今の私も泣きそうになった。私は本当にいい人たちに囲まれていたな。


貴族の生き辛さを知ったこの日、私はまたひとつ思いついたことがあった。そしてそれが私の、『クリス』の重要な仕事でもあり、私の出番の終わりが近づいたということでもあったのだ。




終わりにむけて、また駆け足になってしまっているかもしれません^^;

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