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ライバル令嬢たる所以①


『ソフィアナ・エイベル』は、ゲームの中でライバルキャラとなる女の子である。薄くウェーブのかかった茶色の髪に、パッチリ二重の真っ青な瞳が対照的に配置され、ぽってりとしたピンクの唇が可愛らしさを引き出している、どこからどう見ても超の付く美少女だ。だいたいどのキャラクターのルートでも出てくるこの女の子は、舞台となるアウシュグスト王国の侯爵令嬢にあたり、主人公が学園に入学した際に、学力、魔法、体術、どれを取っても完璧なスペックで主人公の高い壁となって立ちはだかってくる。決して嫌がらせをしてくるとかそんなことは無く、主人公の好感度によってはアドバイスすらしてくれる彼女はしかし、好感度や主人公の各パラメーターによっては最終的に攻略キャラクターをかっ攫っていくのだ。ほぼ終盤になったところで『わたくし、貴女の努力には感服いたしましたの。これからもぜひお友達でいてくださいましね』とソフィアナに言われたら攻略失敗確定、友情エンドかかっ攫われエンドのどちらかと言われ、その壁の高さからプレイヤーからはチート鉄壁令嬢様と言われていたお方である。


説明が長くて申し訳ないね。しかもこのソフィアナすらも、クリスの死という鎖で過去に捕らわれているという設定の徹底ぶりなんだけど…ソフィアナ・エイベル侯爵令嬢も、クリスの死に責任を感じる一人だ。



そんな鉄壁令嬢は、私と王子のちょっぴり険悪な雰囲気を見るやいなや間にサッと割り込んできた。



「わたくしはソフィアナ・エイベルと申します。さっそくだけれど貴方ルドルフ様の何が気に入らないというの?」

「あ…あ、あの」

「ソフィ!なんでここに?」

「王妃様のお茶のお相手に参ったのですけれど、少しおかげんが優れないようで…本日はお開きとなりましたの。少し時間があったものですから、ご挨拶に伺った次第ですわ!」


まったく知らない美少女に戸惑いを隠せない私と、可愛い顔をしかめさせて私と王子の間に立ちはだかる令嬢と、珍しく焦った顔を見せるルドルフ王子という微妙な空間の出来上がりだ。


「殿下、何があったかは存じませんが、下のものに甘い顔をしては示しがつきませんわ。ガツンと言わなければ!」


上目遣いに睨まれた。たぶんこのご令嬢も同じくらいの年ごろだけれど、背は私の方が少し高いようだ。プリプリ怒っているようだが、顔が可愛いうえに貴族の仕草が完璧に身についているので何をしていても美しくなってしまう。この子…本当に可愛いな。王子は少し焦った顔をしたが、すぐにいつもの調子を整えると少し考えて、困った顔を作って言った。


「ありがとうソフィ、でも誤解なんだ。クリスは…」


私から見ればわざとらしい困り顔で王子が話す説明--私は体が強くないので静養をかねた仕事をまかせたい、といった真実とは言えないような物だった--に、ご令嬢は熱心に耳を傾けていた。そして一通り理解したようでふむふむと唸ると、パッと顔を輝かせてこう仰ったのだ。


「…なるほど。分かりましたわ!わたくしがしばらくこの者を預かりましょう!」

「…ああそうか!それは良いね!」


良いことを思いついた!という会心の笑みで王子を見ながらご令嬢は仰った。とっても素直な方のようだ。しかしルドルフ王子、わざとらしすぎます。


このご令嬢が言うには、王宮にしばらく滞在することになったということ。その自分の従者の一人として就けさせればそれが仕事になるし、でも王宮から出ないから危険はないし、そこまで重労働では無いはずだということだった。


「王宮…?!」

私はあまりの話の大きさに戸惑いを隠せない。


「あら、なにか?わたくし貴方が平民だということは伏せておきましてよ?」

「ソフィ…クリスは平民なだけあって貴族の作法は何も分からないんだ。ついでに教育も頼めるかな?」

「ふふっ、わたくし、以前から平民の話を聞いてみたいと思っておりましたの!社会勉強になるとよく殿下が話していらっしゃるでしょう?作法に関してはわたくしにお任せくださいな!立派な騎士にしてさしあげますわ!」


ああ成程、この御嬢さんも王子と同類ってわけか。なんと侯爵家のご令嬢であったこの女の子は生粋の貴族だって話なのに、これだけ柔軟な考え方をしてるとは…将来有望だなぁ~とか考えているうちに、ルドルフ王子とエイベル侯爵令嬢によってどんどん話が進んでいた。


「クリス、…エイベルは第2王子派の侯爵家だ。貴族の血を何よりも重んじる。その家でソフィアナはたびたび両親と対立しているらしい。この気性で少し浮いてしまっているみたいなんだ…少しの間守ってあげてくれるかい?」


話が決まってはしゃいでいるソフィアナ様を横目に、王子は私の耳元でそう囁いた。ふぅん、私に仕事を作ってくれたわけか、結局外には出れないのね…。


「なるほど…でも私、貴族間の事では何の役にも立たないと思うけど?」

「ただ傍にいてソフィの話し相手になってくれれば良いよ。王宮で何かが起こるわけもないしね。…そしてできることならば色々と情報を集めてくれ」

「…御嬢さんを利用するのか?」

「…そう見えると思う。でもソフィを心配するこの気持ちもまぎれもなく存在するものだよ」


耳打ちで話していたから、王子がどんな顔をしているかは分からなかった。でも声から、王子が割と本気でこの侯爵令嬢を気にかけているのだろうということは想像がついたのだ。言われてみれば面も割れていない、御嬢さんに何の野心も持っていない上に本当は女である私は、このご令嬢の傍に置いておくのに丁度いいのかもしれないな。


「さぁ、クリスと言いましたわね?わたくしと共にお出でなさい!」


笑顔でこちらに手を出してくださったソフィアナ様。王子の考えはいまいち汲み取れないけれど、私はこの少しの間に、くったくのない笑顔を浮かべる目の前の御嬢さんのことをもっと知りたくなっていた。血統至上主義の中に生まれた、柔軟で平等な考えのお嬢様、か…どうせここでは今必要とされていないようだし、少しの間社会勉強をさせていただこうかな。


「ではよろしくお願いいたします。ソフィアナ様」


実を言えば私は久しぶりの女の子との触れ合いに、コッソリと興奮していた。何せ私の周りには男ばっかりで…正直むさくるしかった!孤児院の女の子達が恋しかったのだ!


「ええ、色々叩き込んでさしあげましてよ!クリス!」

「お手柔らかにお願いいたします」


こうして素直で可愛いソフィアナ様に連れられて、私はこの後一ヶ月、王宮で過ごすことになった。そして、王宮というところは魑魅魍魎の巣であると私とムウファはよく言っていたけれど、それは間違っていなかったと知ることになる。



ソフィアナ様は私をまったくの男だと思っていたけれど、性別で何かを分けるようなことはしなかった。私を従者見習いと周りには説明し、お供をさせてくれたのである。ソフィアナ様に付き従って王宮の色々な所に顔を出したおかげでこの国の成り立ち、今の政治情勢など様々なことも分かってきたが、それに比例して王宮、そして貴族というものの豪華さに具合が悪くなることもしばしば、だ。


「ふむ…(世論は第一王子派。だけど王妃の権力は強く、王も迂闊には決定を下せない…と)で、王妃様は隣国の姫でしたっけ?」

「ダメよ!王妃様は隣国の姫であらせられるのでしょうか?よ!はいもう一回~」

「…もぉぉ、ソフィアナ様、その訓練何に役立つんですかぁ~?」

「いつか陛下や王妃様に謁見することになった時よ!」

「ないない!そんなことありえないですって!」


二週間も経つ頃にはすっかり私たちは打ち解けあい、くだけた関係になっていた。ソフィアナ様は公式の場では完璧に貴族として振る舞っているらしいけれど、その実は本当にまったく身分を気にしなかった。私はもちろん身分差での遠慮や立ち振る舞いというものを知らなかったから、それが逆にソフィアナ様の好奇心をくすぐったみたいで、ことあるごとに口調なんかを直されたが、それも好意からだと分かった。

仕草や口調は完璧な淑女なのにこの気さくさ、何で彼女に友達がいないのか本当に不思議である。本人に聞いたら、「だから、よ」と返事が返ってきた。さらに、実家ともかなり折り合いが悪くなってしまっているようで、王宮にいる方がまだ気が休まるくらいだとこぼした。実は幼馴染で仲の良いルドルフ王子から聞いていたという、平民の友達に会ってみたいと思っていた、とも。

ルドルフ王子、私たちのことをちゃんと友達だって思ってくれていて、しかもこのお嬢様には話していたんだな~と、変なところに感動してしまった。



「じゃあおさらいね。隣国の皇帝の愛娘である現王妃様にはなかなか子供ができなかったの。一時は子供ができないお体なのでは…と囁かれたほどよ。それを憂いた重臣たちは陛下に側室を勧めた。そして陛下は2人、側室を娶られたの。それがルパンド様とルドルフ様の母君様よ」

「へぇ…陛下もやるなぁ。そのルパンド様のお生まれになった後に王妃様が身ごもった…と」

「それも義務だもの。仕方がないことよ。でもその時の王妃様の心境を思うと少し…恐れ多いことだけれど同じ女としては、気の毒な気もしてしまうわね」

「その王妃様の御子がルイネイル様…この方、表にあまり出てこないようですよね?」

「そう、ルイネイル様はお体が弱くて、ほとんど自分の宮から出ていらっしゃらない。巷では幻の王子、なんて言われているわ」

「あはは、幻の!あ、でもソフィアナ様の実家は第2王子派なんですよね?会った事あるんですか?」

「あらダメよクリス、今の政治情勢を口に出すのは命取りになるわ!…そうねぇ、年ごろの貴族の娘は半年に一度くらいの頻度で王妃様のお茶会に呼ばれるのだけれど…その時に一瞬、顔を出された時だけね」

「おお、思ったよりもレアですねぇ」

「…クリス、仮にも第2王子殿下なのよ。敬意が見られないのは感心しないわ!」


この時は、王族の歴史についてソフィアナ様の部屋で談義を受けていた。その流れで今の王族について、という話になったのだ。私たち二人しかいない部屋の中ではあるのだが迂闊な事を口にしてはいけないとソフィアナ様に怒られて、私はスッと腰を折った。


「これは大変失礼を致しました。お許しください…我が姫」


そして目の前に座るお嬢様の手を救い上げ、甲にキスをするのだ。


「…うふふっ、合格よクリス!それこそが立派な紳士の姿よ!」

「立派なナンパ野郎の間違いじゃないんですか…?」


どうも最近はソフィアナ様お気に入りの小説の紳士のように教育されている気がしてならない。本当に世の紳士淑女はこんな感じなのか?鳥肌が立つわ…。


そんな風にして二人でふざけ合っていると、突然けたたましく足音が鳴り響いた。そしてすぐにソフィア様の部屋のドアの前で声がしたのだ。


「ソ、ソフィアナ様…!!ソフィアナ様いらっしゃいますか…!!!」


それはおそらく侍女と思われる女性の声…追い詰められているかのように切羽詰った声であった。およそ公爵令嬢の部屋の前でかける第一声では無かったけれど、その声を聞くや否やソフィア様は部屋を飛び出したのだ。



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