常識とは
「さて、もうそろそろ説明してもらおうか?」
「……」
「笑ってもごまかされねーぞ?」
目の前にはまたもや、仁王立ちしたムウファ。わたしにとっては非常に貴重な笑顔で接したというのにこの冷たい返答。
さっそくピンチだ。
あれから数週間が経ったが、私たちの生活はそう変わらなかった。何故なら金髪の貴族様がいまだに目を覚まさないからだ。どうやら傷が深かったのと、血を流しすぎたのが原因のようなのだが、その辺は私たちにはどうにもできない。日々見張りの目を盗んで水とスープをせっせと彼の口に運ぶ。いずれ目を覚ますのか、それとも彼の体力が尽きるのが速いか…いまだ経過観察中なのだ。
大人に頼むかって話も出てたけど、彼の容体次第では色々と、、、その、隠滅する方向であったので。ごめんなさいね、保身ですよ!こんなに身分の高そうなお貴族様を助けられなかったら、村に余計な災いがおよぶだろうってね。
そしてこの間ずっと私が何も説明をしないので、ムウファがしびれを切らしたというわけだ。ちなみにこの日も、貴族様の眠る狩人の小屋に来ていた。
「魔石っつーのは、一度魔力を込めたら他人には使えねーんだって、渡した時に説明したよな?」
「うん」
「で、このあいだのコイツの治癒には、お前の魔石が役に立ったんだよな?」
「たぶんね」
「さて?おかしいなぁ?何をしたのかなぁクリスちゃん?」
「その呼び方やめろ、潰すぞ」
「こえぇよ!」
冗談めかしてはいるが、ムウファの真剣な顔はごまかしを許さなかった。
「あー…、あのー、実はわたしにもよく分かってないんだよな」
「はぁ?」
「あのときは夢中だったから…ただ…」
私は自分の考えをムウファにあらいざらい話した。具体的に言うと、貴族様に会う数日前のこと。私はいつも通り魔石に魔力を込め、家のテーブルに置いておいた。うちは母も魔力がそんなに多くないので、魔石をほんの少し持っていたのだが、母の魔石入れの隣、新しく母がくれた私用の魔石箱に入れたのだ。確かに私用の箱、間違えようがない。
その後、母が仕事から帰ってきた。外は大雨で、母はびしょ濡れになっていたのだ。
「あー!思ったより早く降られちまったよ!」と言いながら、おもむろにテーブルに置いてあった箱に手を伸ばし、魔石を一つとった。
「浄化」
母が一言。それだけで、びしょびしょに濡れた母の体は、持っている荷物に至るまであっという間に元通り。
「あたしの魔力じゃ、一度じゃ荷物まで綺麗にはできないからねぇ~!魔石ってのは便利だよねぇ~」
母はほがらかに笑っていたが、私はそれどころじゃなかった。
母は私の魔石を使ったのだ。
普通であれば魔法は荷物まで綺麗にならないはずである。そして「あれ、クリスのと間違えちまったかい?あっはっは!」で終わるはずだったのだ。
なのに、母の持っていた買い物籠、中の野菜に至るまですっかりキレイになっていた。
あれ?魔石って自分しか使えないんじゃないの?
家族は使えるとか常識なの?ん?ん??
もう頭の中は大混乱だったが、顔には出さなかった私を褒めてほしい。母にも何も言わなかった。そしてなんとなく人には言わない方が良いんじゃないかとずっと黙っていたのだ。なのにこの間の貴族様のせいで、私は確信も無いことを試すハメになった。まぁ、おかげで確信に近づいたとは思うけど。
「おいおい、マジかよ…」
「やっぱりこれって一般的じゃ無い…よね?」
「ったり前だろ!んなの聞いたことねーよ!魔石は他人に使えない、ってのはそれこそ常識だろうが!」
「だよなー…………あ、ムウファ」
「んだよ」
「誰かに話したらコロスからな」
「言わねえよ!つーか、俺をもっと信用しろよな!」
「んー考えとく」
「おいっ!隠し事とかもうすんなよ?何でも俺には話せよ?」
「んー考えとく」
「僕にも色々、教えてほしいな」
「んー考えと……」
ムウファと私は、バッと音がしそうな速度で背後を振り返った。鈴を転がすような声とはこのことを言うのか。少しかすれていたが、それがまだ色気を出していた。子供に色気も何もあったものじゃないが、彼の容姿と相まって、すごい威力である。
「不躾で申し訳ないのだけれど、もう少し水をいただける?」
目をあけた彼の瞳は青に金が混ざったような不思議な色合い。吸い込まれそうだ。その瞳や形の良い鼻、口などが完璧なパーツで配置されている。
なるほど。美形って人生絶対得だな。
私が、乙女ゲーム『貴方が王様になるまで』において絶対的な人気を誇ったメインヒーローその人である、ルドルフ王子を見た第一印象はこれであった。