アランの野望③
「クリス、しばらく君は外に出ないようにしてほしい」
そう王子に頭を下げられたのは、アランの商売も軌道に乗って…いや、乗りすぎてしまっていた頃だった。
『ゲーム』でのクリスは12歳頃に亡くなったとされていたけれど、なんと私はこの頃、13歳になっていた。すでに運命も少しはねじ曲がっていたということなんだろうか?
あの後私はクリフォードさんとアランを伴ってモンタナ商会へと足を運んだ。その際クリフォードさんとアランの間でもひと悶着あったのだが、それはまぁ、割愛させていただきます。
モンタナ商会で受付の人にあの時もらった白い紙を渡して事情を説明すると、すぐに奥の部屋へと通された。そして少しその場で待たされた後、現れたのはモンタナ商会頭取の男爵、あの時の初老の男性と、お嫁さんのサーヤさんだった。
「あぁ…!!まさしくあの時の!!危ない所を助けていただき本当にありがとうございました…!」
モンタナ男爵はこんな子供に向かって深く深く頭を下げてくれた。赤ちゃんを抱いたまま急いで来てくれた様子のサーヤさんは、私を見ると頬を染めて涙目になった。あの時はろくなお礼も言えずごめんなさいね…!と、こちらもまた深くお辞儀をしてくれたのだ。私たちと別れてから男爵達は、何事もなく無事に王都にたどり着けたようだった。一安心である。しかも旦那さんの方は新たな商談のためまた国外へ出ているらしい。あんな事があったのに、なんとも逞しいものだ。
「なんと…モンタナ商会との繋がりは事実だったのか」
無表情のクリフォードさんが呟くのが聞こえた。どれだけ私のこと信用してないんですか…そろそろ絆も深まったと思っていたのに、師匠は本当に手厳しい…!!モンタナ男爵は私が村長とでは無く、第2王子派の公爵子息と共にこの商会に来た事にかなり驚いていたのだが、まずは話を聞かせてほしいと言ってくれた。判断はそれからであるとも。
そのため挨拶もそこそこに、私たちはアランの提案した道具についてモンタナ男爵に相談し、意見を求めることにした。「これからの話はくれぐれも内密に」と言ったクリフォードさんに対して、モンタナ男爵は「商人にとって商談はどんな物であれ絶対に口外できるものではありませんよ」と笑顔で返した。それだけでもこの男爵の仕事にかけるプライドが垣間見えたような気がした。そしてその言葉通り、二人はアランが話す内容を真剣な瞳で聞いてくれた。特にモンタナ男爵なんかは、まさに商人、という感じで少し怖いくらいだった。
「……本当に貴女は、私たちの運命の女神であるかのようだ」
アランの説明を一通り聞いて、私を見つめての男爵の第一声はこうだった。
「そのお話が本当であるのならば、諸々の制約を鑑みても…市場に衝撃を与えることとなるでしょう。これは良い意味でもあり…反対の意味さえ含む。しかし…それさえも補って余りあるほどの魅力を携えている」
モンタナ男爵は、なるべく声を落として話してくれてはいるのだが、それでも声の震えを隠し切れないほど興奮しているようだった。気品ある貴族のオジサマが、それでも少し態勢を前のめりにするほどの熱気だ。
私は少し気圧されて身を引いたが、アランとクリフォードさんは負けていなかった。幸い売り出しに乗り気になってくれたモンタナ男爵と、私たちの希望やそれぞれの制約について淡々と擦り合わせていく。
いささか手持ち無沙汰のままボーッと座っていたら、掌を柔らかなもので包まれた。サーヤさんの手だ。
「女の子だったのね。あの時は怖い思いをしたでしょう…本当に、あなたと村長さんには何と言ってお礼をすればいいのか…」
「いや、私は何にもしてないです」
「…ふふ、そんなわけ無いわ!だって貴女の…クリスちゃんがくれたこのお守りが何度も私たちを救ってくれたもの」
サーヤさんは優しい瞳でこちらを見ていた。あ、サーヤさんの瞳、何かに似てると思ったら、母さんに似てるんだ。私を見るときの母さんと同じ目で腕の中の赤ちゃんを見つめながら「ねぇ?カーネリアン?」と話しかけている。
「あれからまた危ない目にあったんですね?」
そう私が問いかけると、少し困ったような…それでいて挑戦的なお顔になったサーヤさんは「少しだけね。商売に危険はつきものなのよ?」と返事をした。…サーヤさん、骨の髄まで冒険家だ。子供がいても少女のようなお顔をされている。そしてそれはアランの提案を聞いている男爵と同じ顔だった。似た者家族なんですね?聞いていたよりももっと大きな割合でこの商会は、危険を顧みないことで成長してきたのかもしれないなと少し心配になった。
「あの坊や…アランくんの発想はきっと貴女と共にいるからなんだってすぐに分かったわ」
私の手を握る力が少し増した。サーヤさんは冷静な瞳でアランと男爵の商談を見つめ、そして私の方を振り返って言った。
「貴女はこんなに小さいのに…きっと大きな運命を背負ってしまうわね。…もし、もしクリスちゃんが少しその体を休めたいと思ったりした時がきたらね?その時は…少しでもいいから私たちを思い出して」
必ずよ。いつだって私たちは貴女の味方になるわと、そう真剣に伝えてくれたその言葉通りに、今後もサーヤさんたちモンタナ商会は第1王子派を支えていってくれるようになるのだけど…それはもう少し先の話。この時は、サーヤさんの言葉をありがたく受け取りながらも、赤ちゃんの匂いに癒されるだけの私なのだった。
そしてこの後アラン達が作った道具は、試験的な意味を込めてモンタナ商会から売り出されるや否や大反響を呼ぶことになる。ルントと名付けられたあのコマのような玩具は、モンタナ商会の手腕もあり瞬く間にその名を広め、王都中の子供たちが一つは持つようになった。外観の豪華なルントは、庶民の間でのプレゼントや、貴族のコレクションとして価値を高めるようになっていった。ルントの大会なども催され、王都はますます活気づいた。街を歩けば、子供たちがルントで遊ぶ姿を必ず見るようになった。
ルント一つで100通りの商売が思いつきますよと苦笑していたモンタナ男爵を思い出す。あの人の腕は確かだったし、何よりもきちんとこちらとの約定を守ってくれていた。
アランは、この玩具の売り上げを元手に少しずつスラムの中を改造していた。あくまでも少しずつではあるが、雇用を増やし、衛生面を整え、少しずつ孤児院の子供たちの市民権を買ってスラムの人口を減らそうとしていた。そしてそれと同時にモンタナ男爵の元で商人になるべく勉強をさせてもらっているのだ。そのせいで最近のアランと、そしてその下で働く子供たちは嵐のような忙しさだった。それでもスラムで犯罪まがいのことをして稼ぐよりもよっぽど良いよと、誰もが楽しそうにしている表情が印象的だった。
「俺ァ金持ちになることにする。殺されるくれェなら死ぬ気で稼いで、コイツらの命まで買ってやンよ」
アランはそう言って不敵に笑っていたが、多分あの強制徴兵に応じてしまった自分を悔いている部分もあったんだと思う。情報を制するモンが生き残るんだってよく分かったぜと言っていたから、きっとその通り、広く広く情報網を敷くためにもモンタナ商会に弟子入りしたんだろう。
アランと子供たちの動きと比例するように、ルドルフ王子の近辺も騒がしくなって行った。第2王子派の貴族たちはまだ、スラムの動きには気付いていないようなんだけれど(もともとスラムのことなんて見てもいないだろうからね)王都が活気づくということは、犯罪やトラブルも増えるということも意味していたのだ。
しかしそれに反して私はというと、驚くほどに静かな日々を過ごしていた。
犯罪の取り締まりも行いながら隣国のけん制に向かう王子とムウファを見送り、アランや子供たちに魔力操作の助言をして、たまにサーヤさんやカリンさんに今の情勢を聞いたりして過ごす。そうこうしている間に季節は何度か移り変わり、なんと12歳を超えた。今の私からすると驚きの出来事だけれど、当時の私は一切の感慨はなく、あまり表だってみんなの役に立てていない事を歯がゆく思っているだけだった。
この頃になるとアラン達もムウファも、クリフォードさんさえもなかなか私を中枢に関わらせてくれなくなっていて、その上のこの王子のセリフだったのだ。
「クリス、しばらく君は外に出ないようにしてほしい」
ルドルフ王子は私をまっすぐ見てそう言った。私の驚きや失望が分かるだろうか?なんで…いや、理由は分かっている。最近やっとアランや子供たちの近辺を探る動きが出ていることも、ルドルフ王子の動きも見張られているらしいことも。
「理由は?」
それでも私には防御魔法がある。あれからムウファやクリフォードさんにだってそうそう負けなくなってきた。女だって思われて舐められないように男のしぐさも板についてきた。この頃はもう離宮で私を女だと思っている人なんてだれも居ないだろう。どれも全て、ひとえに王子の手足となりたいから努力して手に入れた力だ。今はもう足手まといなんかじゃないはずなのに。
私は必要とされていない?
「アランの作った『コム』が、父上……陛下に認められて王国ご用達の印が付いた。これからモンタナ商会もアラン達も、王国を代表して各国を相手取った商売をしていくことになるんだ。そこにはまだ、僕ら第3王子派閥の影があってはいけない」
王子は真摯に私に話をしてくれた。『コム』はあの時アランが見せてくれたもう一つの道具である、通信機のような杖のことだ。コムだけはどうしてもその有用性から、一般に広めることはできなかった。王国を代表するということは、外国にコムを売り込む仕事をこれからアラン達は任されることになるのだろう。
「っ…」
「まぁ、それは建前でね。分かっているんだ、クリスが僕らと共に戦場に行きたいって考えてくれていることも…今歯がゆく思ってくれていることも」
王子はふんわりと笑うと、私の首にかかるペンダントを握りしめて言った。
「きっと分からないと思うけど…クリスはね、意外と自分のことを知らないんだよ?君が何の気もなく口にした言葉が誰かの運命を変えたりする」
反論しようとした私の唇に指を当てて黙らせると、王子は続けたのだ。
「ムウファもアランも孤児院の子供たちも、モンタナ商会だって…そして勿論僕もね。君に救われたことで運命が変わった」
さらに麗しく成長したルドルフ王子は、自分の魅力をどのように使えば相手を意のままに誘導できるのかを理解してしまったようだ。こんなに至近距離で見つめてしまったら、貴族の女性なんて一発で堕ちるんだろう。私には、どうしても私を突き放す笑みにしか見えないのだけれど。
「そのままのクリスが自由に行動できるように…今僕らは力を蓄えている」
だからもう少しだけ待ってほしいと王子は言ったけれど、私はどうしても納得することができないままだった。どうして私はその、力を蓄えるところの手伝いはさせてもらえないのか…そんな事ばかりを思っていたこの時、また一つの出会いを果たすことになる。
「あら?ルドルフ殿下ではありませんの?そのような所で何をなさっておいでなのかしら?」
そこに立っていたのはもの凄い美少女だった。
またもや難産でした。次回はおそらく幕間となるかと思います。