交戦③、そして再び三人目
結論から言うと地面に叩きつけられるのは何とかまぬがれた。下でアランが風のクッションを作ってくれたからだ。そのアランの手にはベアの首が掴まれていた。…コイツ本当にベアを1体倒したのか?!どれだけ強くなってるんだよ…くそっ、妬ましい!
「あと1体は?」
「んあー、他のやつらがやったよっつーか、ンなことより残念なお知らせ」
「は?」
「魔術砲っつーの?それが完成したっぽい声が聞こえてよ。アイツら今にも撃つ気マンマンよ」
「「「「「「はぁぁぁぁぁ?!?!?!」」」」」」
詰んだかねぇオレら?と、もはや達観したように気楽な姿のアランだが、私を含めて他のメンバーはそんなわけにいかなかった。っていうか、ヤバイ!!そっちの事すっかり忘れてた!!!!
「今ァ完全に撃つまでの溜めっつーヤツ?あの距離じゃこっちが落ち着いてんのも気付かねぇわなぁ」
「い、今すぐ逃げr」
「あの砲術のデカさだと走ってもムダなんじゃね?」
「「「「「しにたくないよ!!!!!」」」」」
私とアランが会話するまわりを子供たちがわーわー騒ぎながらチョロチョロする。走ってもダメなら防御膜重ね…いや無理だ、規模の大きい魔術砲だと今の手持ちの魔石じゃもたないだろう。私は冷や汗をかき脳を高速回転させているのに、アランは「ま、しゃあなくね?」とか言っていた。諦めが早すぎる!!もっとあがけよアラン!!!と、私が焦りをまた募らせたこの時だった。知らない声が話しかけてきたのだ。
「…グリキ?」
その少年はいつからここにいたのか、いつの間にか私たちの近くに佇んでいたようだ。ボロボロの服を着ていて、見た感じはスラムの子供のようだが、私は今までこんなやつをスラムで見たことが無い。何せ真っ白な髪に、夜空のような濃紺の眼。背は低くて華奢だが、神秘的な美しさを持った子供だったのだ。こんなインパクトの強いやつ、一度見たら忘れないはず。…その気配がまったく感じられなかったのも相まって余計に不気味だった。アランも瞬時に警戒し腰を落としたのが見えた。
「…グリキ」
「…グリキがどうした?」
そいつはまた口を開いたと思えば、同じ野菜の名を口にした。この状況でそんな戯言に付き合っている場合では無かったのだけれど、存在自体が不気味なやつの言ったことなので、何となく無視できなかった。
「グリキ、くま落としたか?」
「…は?」
「くま」
どうやらこの真っ白い髪の少年は人との会話の経験が少ないようだ。グリキの意味も分からなければ、くまと連呼されても言いたいことがさっぱり分からない。
「くま、この中。分かる。グリキ、落としたか?」
まったく文脈が分からなかったけれど、私の目をまっすぐ見て話しかけてくるので、これは私に聞いているのだと思われる。くまとはレッドベアの事だろうな。穴を指さしているし。
「そうだな、私がレッドベアをこの中に落とした。襲われたからな」
「…グリキ、ころさないように言う」
「そのグリキとはまさか、わたしの事じゃないだろうな?」
「グリキ、ころさないように言う。だからこの中入る」
私の質問は流された。そしてまたしても訳の分からない要求を突き付けられた。これは私にベアを殺すなと言っているのか?それともベアに私たちを殺さないように言うと言っているのか?…後者はどう考えても無理がある。前者か。
「ベアが私たちを襲わなければ、私たちがベアを殺すことはない」
「そう。くま、もう襲わない。だから穴入る」
「入るって…ベアのいるこの穴にか?」
「そう」
「私たち全員でか?」
「そう」
「ベアは私たちを襲わないって?」
「そう」
また背中に汗が流れるのが分かった。この見るからに怪しい少年は、私たちにベアが4体もいる穴に入れと言う。私は少年の正気を疑った。バカ言ってんなよそれ即死へ真っ逆さまの坂道じゃねぇか!!!
「あっりえない!!!」
「もう魔法くる。グリキ、しぬ」
「あぁ?!」
「グリキ、しぬのイヤ。穴入る」
「…クリスよぉ、確かにこの穴に入ろうが入るまいがオレたちゃ死ぬぜ?すぐになァ」
この少年の態度に悪意を感じなかったからなのか、アランは警戒を解いていた。そして頭の後ろに両手をまわして気楽な姿勢を取りながらそう横槍を入れてくる。いや、リラックスしすぎでないですか?アランさん。
「…そんな、でも」
「グリキ、しにたいか?」
「…そんな」
「グリキ?」
悪意の感じられない純粋な目でこちらを見るな信じそうになるわ!とか。お前の言葉を信じるにはやっぱり怪しすぎるだろ!とか、言いたいことはたくさんあったのだけれど、今はそんな事を口にする時間も余裕も無かった。
「クリス、やばい!!もうくるぜ!!」
「生き残ったスラムのひとたち連れてきたよ!」
「どうするのクリス?!」
まわりの状況確認に行っていた年長組の仲間が帰ってきてすぐにそう言った。もう考えている時間もないようだ。かなりの人数が今回この魔獣討伐に駆り出されていたハズだけれど、生き残った人たちは10人ほどだった。ほとんどが後衛にいた人たちだ。その中に行きに見た女の子もいるのが、焦る私の視界に入った。
「…おまえら、恨むなよ?」
私が孤児院の仲間たちを見回してそう言うと、彼らからは「恨むわけねーよ」と笑顔が返ってきた。アランも呆れたように笑っている。
「分かった。お前がベアを抑えてくれるんなら入ろう」
「ん。はやく」
魔術砲の気配がすぐそこまで迫っていた。幸いしたのはこの魔術砲を撃ったやつらが、自分たちはその余波を受けないように相当な距離を取ってくれていたことか。到達まで少しだけ時間があった。魔術砲は威力は高いが、相当に重たくて遅い、燃費の悪いものなのだ。
「(なるようになる!)」
私が防御膜を解除するとすぐに、白髪の少年が穴の中に飛び降りた。そのあとに私が続き、間を置かず仲間がどんどん飛び降りてくる。そしてスラム兵の生き残りの人たちが意を決して降りてきたのを見届けてから、アランがやっと飛び降りたのが見えたので、彼が完全に穴に入ったところですかさず手持ちの防御膜をかけまくった。
そして私が防御膜をかけ終わるのと同時に、上の方で…前世でいう打ち上げ花火のような音がして、大きな地響きがした。先ほど私たちがいたあたりに魔術砲が直撃したのだ。かなり穴の中も揺れて、幼い子達が小さく悲鳴を上げる。穴が崩れないように、エドやその他の仲間たちが中を補強していた。
「……ふぅ」
「お前は防御だけァ天下一品だな~クリス」
「今日ほど日頃の鍛錬に感謝した日は無いね」
ドドーンとか、ズズズズズとか、そのような音が止むまで結構な時間がかかったように思う。これやっぱりあのままいたら防御膜張っても一発アウトだったな。危なかった………。
これ以上の脅威にはさらされないと判断した私とアランは早々に会話を再開した。とは言っても、その他ほとんどの人たちは上空の音や、それこそすぐ近くにある威圧感の塊の方に気が行ってしまいそれどころじゃないようだけれど。
そうだ、私たちはまだ生きている。生き残っている。ということはつまり本当に、レッドベアが私たちに手を出していないということだった。
「…どうなってんだ」
「グリキ」
「お前、何者だ?」
その少年はレッドベア4体を、彼の小さな体の後ろに従えていた。先ほどまで知性など少しも感じさせない動きで人間を襲っていたレッドベア達は、信じられないことになぜだか大人しく腰を落ち着けている。不意打ちで穴に落とされたことを怒り狂っていてもおかしくないと言うのに、だ。
人間なのかも怪しくなってきたこの少年に、私は問いかけずにいられなかった。本当にコイツは魔獣と言葉を交わしたというのだろうか?私たちの常識とはかけ離れたその存在に、得体の知れない不安を掻き立てられた私である。
「きあら」
「んん?」
「キアラ。名前。シードがつけてくれた」
「…はぁ。キアラな」
「うん。くま、ナワバリ荒らされるのきらい。ふかく入りすぎた人間、原因」
「…そうか。それは…すまなかった…な?」
何やらダメ出しをされた。今回の襲撃、もしかしなくても人間の方に落ち度があるのか?…何ともうすら寒いことを聞かされた。とてもスラムの人たちには言えない……って、狭い穴の中なんでみんな聞いていますね。怖くてみんなの顔が見れません。
「うん。グリキしぬのイヤ。キアラ帰る」
「…あ、あぁ」
「グリキ、くれ」
「…へぁ?」
「グリキ」
グリキと言われすぎてもう何が何やら分からなくなった。若干の頭痛を感じながらとりあえず持っていた干したグリキの実を出して手渡してみる。今回のお礼と思えば安いものだった。
「言っておくが、わたしの名前はクリスだ」
「……くりす?」
「まさかとは思うがわたしをグリキと呼んでいるなら止めろ、わたしの名前はクリスだ」
グリキを手渡しながら軽く訂正を入れてみる。自己紹介している場合じゃないとは思ったが、一般的な野菜と同じ名前で呼ばれるのは…私のなけなしの女心が拒否していたのだ。私が名を名乗ると、キアラはその後もずっと「くりす、…クリス」と連呼していた。
「お…そろそろ収まったか?」
「うん。クリス…またね」
「っお、おう…」
「ヒュ~!笑うとまたすんげェ別嬪だな!」
神秘的な美貌は、少し表情が乗っただけで別人のように輝いた。ルドルフ王子の作り物めいた凛々しい外見とはまた違う、少し女性的な美しささえある美形が微笑んだものだから、私は全身総毛だって思い切りどもり、隣でアランは思い切り興奮していた。
こうして外の騒音も収まった頃、最後の最後に爆弾のような微笑みを残してキアラとのファーストコンタクトが終わったのだ。
過去を振り返っている今だからこそ、本当はここでファーストコンタクトといわけでは無いし、もちろんこの少年が3人目の隠し攻略対象『キアラ・ランスロット』なんだと分かるのだけれども、この時はまだ私はおろか、きっとキアラ本人でさえ自分の素性を分かってはいなかったと思う。
「アイツ、顔は綺麗だけど気配ねぇし持ち悪ィ……けど悪い奴では無さそうなんだよな~」
「ん…仮にも助けられたしな。…なぁ、アラン」
「あん?」
「あ…あの、あのな」
「んだよ?」
「あの……」
「歯切れわりィな、言えよ」
「……わたしの顔ってグリキの実に似てるか?!」
「…」
「な、なんだよその顔は!似てるのか?!ホントに似てるっていうのか?!ど、どこがだよ?!」
後にアランが語ったところによると、この日一番命の危機を感じたのは、私の発言で爆笑し呼吸困難になった時だったんだそうだ。確かにアランは咳き込んで倒れこむくらいに笑っていた。軽く私のトラウマになった出来事である。
クリス目線だと書ききれない事が多いので、何とかして補完していきたいものです。我ながらタイトルセンスすら無いことに泣けます;;