交戦②
あの恐怖の塊のような鳴き声が響いてから、おそらく数分も経っていない。私は必死にアラン達仲間を探していた。レッドベアは全部で6匹。それぞれが3メートルを超える巨体なのにこの数…尋常じゃない。そしてその6体は思い思いに周りの人を嬲っていた。
「っアラン!!!どこだ!!!!」
魔石を握りしめ、できるだけ人に紛れるようにして手当たり次第にあたりを見回す。そうこうしている間にも後部からは濃密な魔力の塊の気配がしているし、どんどん生きている人の数が減っているのが分かった。
『グオオオオオオオオ』
過去の記憶だからなのかもしれないけれど、この時確かに私には一連の動きが異様に遅く感じていた。一匹のレッドベアがこちらに気付き、私に向かって太い腕を振り上げている。その腕は赤く燃えていて、かすっただけでも私などは切り裂かれ、燃やされてしまうのだろう。
にもかかわらず命の危機の中私の目には、その腕の向こう側にいたアラン達しか見えていなかったのだ。
「居た!!!!!」
その瞬間、私は手に持っていた魔石をレッドベアに向かって投げつけた。
「展開!」
魔石がベアに当たるのに合わせてキーワードを叫ぶと、魔石から爆発的な風が起こりわずかにレッドベアを足止めする。
その隙を見て私は全力でアラン達のところまで走った。
アラン達はおそらく、前衛のしかも先頭に近いところにいたのだろう。レッドベア達は、森に踏み入った一向の真横から襲ってきたようだ。完全に前衛と後衛は分断され、アラン達は孤立してしまっていた。
「おい!!」
「あぁ?!お、おま、クリ」
「「「「「くりすぅぅぅぅぅぅ!!!!」」」」」
皆でひとところに固まっていた孤児院のやつらは、私を見つけると涙腺が決壊したようだった。アラン以外はね。おいおいみんな、鼻水!あと今は泣いている場合じゃない!!
アランはすごく驚いて、その後少しバツが悪そうにしていたが、目はしっかりとベアの群れを捉えている。
「いやァ、まさか群れがいるとは思わなくってよ?」
「………言い訳は後で聞く。エド!でっけぇ穴掘れ!!モリー達は物理防御膜重ねがけしろ!」
「おっ、おう!!」
「「「りょうかい!!!」」」
「足りねぇ魔力は後ろから魔石組が補給!油断すんなよ!」
「「「はいっ!!」」」
あまりの強大な敵の姿に放心状態だった少年少女たちに喝を入れた。土魔法が得意な少年エドが大きな穴を作り、エドを守るような形で仲間が囲み水の防御膜を張る。魔力制御の精度が高い女子たちに物理の防御膜について教えておいて本当に良かった、と思った瞬間である。
「なぁ…オレぁ自由に動いてみていいか?」
「はぁ?その為にわたしがいるんだろ」
当然だと私が返せば、違いねぇと言いながら、アランはかわいい顔にまるで似合わない獰猛な獣のような目をした。背後に仲間を庇いながらでは彼も本当の実力を出せなかったのだと思う。ベア種の群れに襲われているというのに、この時のアランはどこか嬉しそうにさえ見えた。
「オマエに魔力制御の話を聞いた時から試してみてェことあんだよ」
そう言うと、アランはすいと防御膜から出ていった。その手には私も初めて見る、暴風を固めて形をつけたような、何とも言えない剣のようなものを持っている。
アランは風魔法が一番得意だった。私が防御に特化して鍛錬を重ねたように、アイツは攻撃にのみ特化した自分の魔法を編み出したのだろうと分かった。
「…うし、みんなはこのまま防御膜を維持に専念!エド、できる限り深く掘れ!」
「…わかったけど、これどうすんの?クリス」
「決まってんだろ、ベアを落とすんだよ」
ゲェッ?!とかヒィッ!とか言う声が聞こえるが、どうすると思ってたんだ。というかお前ら、ベアみたいな強力な魔獣の事ぜんぜん想定して無かったな…?!
そんなことを思い額に青筋がたったあたりでふと、私の中から恐怖がほとんど無くなっていることに気付いた。こいつらに怒りを覚えられるくらい、今は余裕があるということだ。本当に仲間がいるってすごいな。こんなに心強いものなのか。
私には少し余裕が戻ってきていたけれど、まわりの状況はそうでもない。中衛あたりにいた人々は相当な人数が殺されていた。真っ赤になった地面に、もとの形が分からない何かが転がっている。スプラッタものである。
「できたぜ!」
「よっしゃ、そろそろあちらさんも気付いたトコだ」
エドが深い深い落とし穴を完成させるのと同時に、2体のベアがこちらに気付き向かってきていた。私の後ろにいるやつらの緊張が高まるのが分かるが、でもダメだ。2体じゃ足りない。今アランと、その他少し腕のたつスラムの兵士が連携して2体を相手取っているが、それ以上は絶対にキツイ。こちらに4体ひきつけないと。
「…ちょっと出る。お前らは動くなよ」
えええええ!!と泣きそうな声で叫ぶやつらを置いて、防御膜から出た。そして簡単な水魔法を残りのベアに向かって放つ。
「おいおい、こっちだぞ~。生きのいい獲物だぞ~」
バカヤロー!!!とか、ぬあああああ!!!とか後ろから聞こえてくるが無視した。ボンボンと水魔法を当ててやれば残り2体もこちらに気付き、寄ってくる。
「合図で飛び上がるぞ!風準備しとけ!」
ベア4体からひと時も目を離さず、後ろにそう声をかけた。おう!!という若干震えた返事を聞きながら、ぎりぎりまでベア4体をひきつける。少しくらいならベアの攻撃が当たっても構わない。それくらいの気持ちだった。
…1、2、
「飛べっ!!!!」
私の後ろに展開していた防御膜を瞬時に消し去り、私もとっさに後ろに飛びのいた。ベアが一斉に飛びかかってきたのを寸前で躱し、孤児院のやつらもろとも風魔法で一瞬だけ高く飛び上がる。
何人かがひと固まりになって、何度も風魔法を地面に向かって撃ち、その衝撃で上空に一瞬だけ飛び上がる、いわば力技だった。そんな私たちを追って上空を睨みつけたベア4体が、エドの掘った深い穴に落ちていくのが見えた。
「展開!!」
すかさず穴の上部に複数の防御膜で蓋をする。このくらいの範囲であれば、ベア種でも出てこれない強力な膜を張ることがなんとか可能だった。
「おおおお、落ちてるううー!!!」
「おいどうすんだよどうすんだよ?!」
「クリスどうしよう?!」
「あ、ごめんそこまで考えてない」
「くりすぅぅぅぅ!!!!」
ホッとしたのもつかの間、私たちはあっと言う間に地面に向かって落ちていた。飛び上がれるのは一瞬だがら、当たり前の原理ですね。まぁこの高さなら死にはしないだろ。