交戦①
すぐに戻ってきたつもりだったのだけれど、孤児院にはすでに小さな女の子たちしかいなかった。くそ、本当に私に何も告げずに行きやがった…後で絶対シメてやる、と拳を握った私である。しかもなんと男の子だけでおさまらず、動ける女の子達まで行ってしまったのだという。どれだけ勇ましいんだ…いや、無謀ともいうか?(人のことは言えないだろうという言葉は聞こえないよ!)
残っている女の子達に強く頷いて見せ、アラン達の後を追った。
町の中心を抜けちょうど門を出ようとしていた一行の最後尾に、思ったよりもあっさりと追いつくことができた。アラン達の姿はここからでは見えないので多分もう少し前の方にいるのだと思う。
「西には今ろくな戦力が無い」とか、「なぜか群れで襲ってきているらしい」とか、「作戦がうまくいくといいが」とか話している兵士の会話を盗み聞きしたところ、どうやらこれは魔獣討伐の軍のようだ。今は戦争が起きているわけでもないので、当然といえば当然か。
『高ランクの魔獣を相手にできる兵士は、一流か捨て駒しかいない』
ふいにそう言ったクリフォードさんの言葉を思い出して、背中にじっとりと汗をかいた気がした。もしかしたら思っていたよりもずっと良くない流れなのかもしれない。
私はまずは最後尾から、あたりの様子をうかがうことにした。それにしても進みが遅い団体だ。正規軍は馬に乗って大きな荷物を引いているし、スラムの寄せ集め軍は歩いて移動するほか無いのだから仕方がないのか…女子供も含めごちゃごちゃと歩いて連れて行っているようだし、本当にこの寄せ集めを戦力に数えているのだろうか?と疑問に思った。
「(とんでもなく数が多いけど弱い魔獣…そんなモノいるのか?)」
頭の中では色々な可能性を考えながらも最後尾の兵士に声をかける。
「すみません。僕も戦いに志願したのですが置いて行かれてしまって…スラム出身なんですが、どこに行けばいいでしょうか?」
「ああ…スラム出身者は年の若い者から前の陣営に組み込まれているから、もっと前だな。…おい、そんな貧弱なナリで大丈夫か?」
お前は今回は見送った方がいいんじゃないか?と言ってくれた、見かけよりも心優しい兵士に礼を言って少し足早に歩く。最後尾から一行の様子がよく分かったのだが、なんとミィナと同じくらいの幼い女の子まで参加していた。しかも隣の母と思しき女性と話をしていたりと、あまり危機感が感じられない。いったいどういうつもりで出てきたのか理解できなかった。…すぐにアラン達に追いついて逃げるつもりだったけれど…できる限り大勢を連れて逃げられるよう準備をしておいた方が良いのかもしれない。
「(この速度でこの人数を連れていっているなら、きっと現場は近いはずだ。どうにもヤバい気がしてしょうがないんだよ…)」
クリフォードさんから心無い貴族の残虐な思考というものもさんざん聞かされていたし、何より私も魔獣と相対した経験がある。なんとなくその経験が、ここは危ないと告げているような気がしたのだ。
こんなに町の近くまで魔獣を近づけているなんて何やってんだよムウファ。と見当違いな怒りまで沸いてきて、そんな弱気になった自分の頬を両側から叩いて気合を入れなおした。
さらに半日ほど歩き続け、私たちは西の深い森の入口まで来ていた。いつもならば森番と呼ばれる騎士と魔術師が在中していて常に魔獣を警戒しているはずなのに、今はまったく見つけることができなかった。スラムの寄せ集め兵士たちはと言うと、休みもほとんどなく重たい武具を持って歩いた上、水を汲むような場所も無かったせいで体力の無い子供や年配者はすっかり疲れが出てしまっている。……そろそろ本当にまずいと心が警鐘を鳴らした。アラン達に合流してもう少し後ろの方に引っ張って来よう、そう思った瞬間だった。
『ッグゥゥゥアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!』
聞くもの全てに恐怖を刻み込むような、空気を切り裂く鳴き声が轟いたのだ。
『ギャアアアアアアアアア』
その後すぐに甲高い悲鳴が聞こえ、前の人だかりが一瞬にしてパニックに包まれた。しかも悪いことに土埃でよく前が見えない…何かヤバいものが出た、それだけは間違いないのに。
私のまわりにいた人々はその瞬間緊張と恐怖に包まれて、ほとんどの人が立ち竦んで困惑している。
その一方で私はといえば反射的にパニックになっている前方の人たちの合間をすり抜け、一心に前へと走っていた。
「出たぞー!!レッドベアだ!!」「何匹いるんだ?!」「まずい、剣が届かない!」「火を噴くぞ!気をつけろ!!!」
甲高い悲鳴の合間にそんな言葉が聞こえた。
「(よりによってベア種の群れかよ…!)」
ベア種は赤、青、黒、黄色と色々いるが、どれも一級魔術師が相手をしてやっと倒せるような凶悪な魔獣である。
今回はレッドと聞こえたので炎を纏い、火魔法を操る巨大な熊のようなものだが、それが複数。こんな寄せ集めの兵士じゃ万に一つの勝ち目もないだろう。
「(どうしよう、どうする?!)」
迷う心に鞭を打った。今ここにはムウファもクリフォードさんも師匠も、母さんも村長もカリンさんだっていない。無事にみんなで孤児院に帰るために、頼れるのは自分だけだった。
前方の陣に潜り込むと、そこは既に3分の1が壊滅していた。あたりは血にまみれ、スラムの兵士たちは反撃もろくにできないまま恐怖に逃げ惑っているところを玩具のように屠られている。
さらにその時追い打ちをかけたのは、先ほど私がいたあたり…最後尾の方面から怒鳴り声だった。
「魔術砲発射用意!!」
その固い声が私にすべてを気付かせるもとになったのだ。そうか、馬に乗った兵士が運んでいたのは魔術砲だった。スラムの奴らは囮にされたのだと。
『クリスちゃんはまだまだ観察力が足りないわよぉ』
こんな時に色っぽくそう言ったカリンさんを思い出したのは、今の『私』だったのか、この時の『私』だったのか。もはやよく分からなくなっていた。
なかなか難産で一話に収まらず。。。いつか書き直すかもしれません。