表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/40

クリス、動く

今だから言えることだけれど、私はあの時少し浮ついていた。クリフォードさんに鍛えてもらい、ムウファと手合せし、魔石を王子に渡して使い方を伝授する。その日々は思いのほか充実しており、忙しさに追われてしまっていたのだ。


「…誰だお前」

「ひ、ひど!アランそれはひどいと思う!」


だからって、その虫でも見るみたいな目でこっちを見なくてもいいんじゃないか、アラン!


「俺ぁお前みたいななよっちい男に知り合いはいねぇよ」

「…え、ほ、本当に分からないってことはないよね?うそ、え」


あんまり冷たい声でこちらに話しかけるアランに、私は本気で怖くなった。本当に私が分からなかったらどうしよう?!私、クリスだよーと今更自己紹介するのってなんだかすごくマヌケなんだけど!と本気で狼狽えた。


「…ブッ…落ち着けや、分かってんよ。冗談だっつーの」


クリスお前髪の毛切ったの?と、アランがすぐにいつもの調子に戻ってくれなかったら私は泣いてたかもしれなかった。

忙しさに追われていたとはいっても、合間を縫ってちょくちょく顔を出していたしみんなの魔力操作の指導なんかもやっていたのに。髪を切って服装を変えた位で気付いてもらえなかったら傷つきます。


「でも今日はいいトコに来たぜお前!今日はな~ひっさしぶりの肉なんだ!!」


ちっと臨時収入があったんだよ~!と言うアランは、彼には珍しくいつもしかめられているお顔がニッコニコだ。それもそうだろう、スラムの孤児たちにとって、お肉を食べられる機会なんて数年に1回あるかないかなのだ。相当に珍しいことと言えた。


「えっ…何、そんなお金どうしたの?!」

「…や、俺らかなり腕上がったかんな。金も稼げるようになってきたっつーことよ」

珍しすぎて思わず訊ねた私に、アランはなんでもないことのようにそう言った。つーか俺らの成長はカンゼンお前の力だかんな、ほら、食え!!と、孤児院の中庭で簡易的なバーベキューのようになっている会場に私を連れて行った。

そこはたくさんの子供たちと、中には老人や赤ちゃんを連れた女性なんかもいて、小さな炊き出しの会場のようになっていた。


「あー!くりすだー!!」

「くりすーこれ、くえ!」

「これもくえー!!」

「おいしいよぉ!」


すでに肉を頬張っていた子供たちがわらわらとこちらに寄ってくる。みんな口に目一杯肉を入れて、リスのように頬が膨れていた。可愛い。


私は子供たちに肉を分けてもらいながら、このお金の出所を考えていた。スラムの孤児院には、まっとうにお金を稼ぐ方法はほぼ無いといってもいい。町のお店の下働きの仕事を運よく手に入れることのできた年長組の収入と、冒険者として登録しているアラン達のクエスト達成報酬や、魔物の残骸などを売ったお金、そしてどこかからの施し。そのあたりの微々たるお金をやりくりし、何とか年少組まで養っているようだった。この施しというのが…ルドルフ王子かと思ったのだが、王子には「そうしたいのは山々なんだけど、まだあそこは僕の介入できる場所ではないから」と悔しそうに言われた。貴族の施しは色々としがらみや管轄があるようで、思いつきで簡単にできることでは無い、らしい。


では、施しをしているこのスラムの管轄貴族は誰なのか、そこまで突っ込んでもう一度王子に聞かなければ…そんな事を考えていた時に、くいくいと袖を引かれた。そちらを見おろすと、そこにはこの孤児院でも最年少の部類に入る小さな小さな少女、ミィナがいた。灰褐色の髪を2つに結んでおさげをしている、孤児院仲間からもとても大切にされてるこの妹は、実は見た目がかなり整っており、そのせいでよく奴隷商やら変な男たちに目を付けられているのを皆で撃退するのが常だった。

そんなミィナではあるが、その可憐な見た目とは違い性格の方は一本芯が通っており、魔力操作もうまい。最初に魔力操作を教えた際、まっさきに火の蝶々を作ったのはこの子だった。将来有望なこの少女は今、他の皆はお肉を頬張ることに夢中なのに皿も持たず、真剣な顔でこちらを見上げていた。


「くりす…」

「ん?どうした?ミィナ…お肉無くなっちゃうよ?」


ミィナは私の腕を取ってしゃがませると、ぎゅっと抱きついてきた。首に腕を巻きつけて、渾身の力を込めている。ミィナのまわりの小さな男の子たちが「ミィナ、あかちゃんだー」「ミィナあかちゃんー!」と囃し立てているが、まったくひるんだ様子も見せなかった。


「くりす…」

「ミィナ、クリスはなにをしたらいいかな?」


ミィナの背中を擦って促すと、耳元でこそっとミィナが呟いた。「あらんやみんなをたすけて」と。





ゲームには全くもって出てこない設定だが、この国のスラムには色々な役割がある。その一つが『強制徴兵』だった。

スラムに施しをしている貴族の一言で、スラムに住む人々を強制的に戦地に送り込むことができる。戦える者は皆連れていかれてしまうのだ。スラムではどれだけ人が居なくなろうとも誰も何も言わないし、また少し時が経てば自然と人口が増えている。貴族にとっては都合のいい捨て駒とも言えるのだろう。それに対してスラムに住むものは強制徴兵には逆らう術が無い…というか、絶好の稼ぐチャンスだと家族の為に進んで戦地に向かうものの方が多いようだ。それは少年だって変わらない。

今、どこで戦いが起きているのか、何が起こっているのかなど、私はまだ何も王子に聞いていなかった。本来はそれをまっさきに訊ねるべきであったのに。私は自分の迂闊さを呪った。


ミィナは、泣きそうな声で私に言った。見知らぬ人物が来て孤児院にお金を落として行ったこと。アラン達はすべて承知のようだということ。今までも同じようなことがあり、戻ってこない仲間がいたことなど、まだ5歳くらいの小さな女の子がよくぞここまで気付けたものだと感心するくらいの情報を、精一杯教えてくれたのだ。


「くりすにはぜったいにいうなっていわれたの…」


それでも、ここで私にバラしてしまったことを怒られてもいいから、みんなに戻ってきてほしいのだとミィナは言った。


「(あいつら…なんで言ってくれなかったんだ?!)」

今思えば、アラン達にも色々な思いや考えがあっただろうことは想像できる。でもその時の私は、仲間だと思っていたやつらに隠し事をされた、というショックと怒りしか頭に無かったのである。頭の中が少し大人びているとは言っても、もうすぐ11歳になるというくらいしか生きていないのだ。感情は子供だった。幼かったし、本来私は、後先考えない短絡思考なやつなのだ。



「わかった、このことはクリスとミィナの秘密だ」

「…」

「かならずみんな戻ってくるよ。クリスが約束する」


教えてくれてありがとう、と抱きしめてそう伝えると、ミィナはやっと安心したように笑顔を見せて、みんなの所に戻っていった。


「(あいつらだけに行かせるものか)」


そう固く誓った私は、その後急いでムウファに連絡を送った。と言っても、ムウファと王子は今またどこかへ視察に赴いているところだったので、助力は期待できそうにもないけれど。ちょっと戦地に行ってくる、それだけ伝えることにしたのだ。おそらくそれだけで2人はすべてを分かってくれるだろう。



その後いったんスラムから宿に帰るふりをして、またすぐに踵を返す。その際にカリンさんに、「必ず戻ってくるので、母にうまく言っておいてほしい」とだけ伝言を頼んだ。

この時の私には、戦場で自分の力がどれだけ通用するのか、という不安について微塵も考えていなかった。私に隠し事をしたことを後悔させてやる。誰も失わなってなるものか。私の頭の中はただ、そのことだけで占められていたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ