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日常とそうでないモノ



男女の友情はあり得るかと聞かれたら、私はあり得ると答えるだろう。私とムウファの場合は友情というよりもう少し近い、兄弟のようなものだったけれど。そんな私たちのコミュニケーションは基本、拳と拳であった。これはなんてことのない、いつもと変わらぬ日常だ。ムウファは一時、スカートをはいた私を見てどう接したら良いのか分からなくなったようではあったが、私が男の恰好に戻ったことにより、また前の距離感を取り戻してくれたようだった。


「今日こそ勝ぁつ!!」

「…ハッ、やれるもんならやってみろ!」


ガンッと豪快な音がして、私たちの取っ組み合いが始まる。ムウファがその逞しくなった身体(それでもまだ少年の域を出ていないのだ。末恐ろしい…)の全体で圧力をかけてくるパワータイプなら、私はその相手の力さえも利用するバランス型だ。純粋な力比べでは勝ち目は微塵もないけど、こういった戦い方ならば私も少しは善戦することができるようになっていた。まぁ、それでもまだ負けるんだけど。ムウファもここ数年の間に相当の成長を遂げていたのだ。正直死ぬほど悔しい…!!


「っぁあああ!!!くそっ!!!」

「っしゃあ!!これで100勝だぜ!!!」


大の字で倒れる私の前でムウファは大きくガッツポーズをしていた。くっそ、本当に悔しい…!!!せっかくクリフォードさんが熱心に稽古をつけてくれて飛躍的にレベルアップしたというのに…不甲斐ないぜ、私。



「ううぅ、師匠ごめんなさい…」

「おい待てクリス、誰が師匠だ。あの陰険メガネか?!まだそんな気色悪ぃ敬称つけてんのかよ止めろよ!」

「うっさいなー、ムウファはわたしの母さんかなんかなの?あとクリフォードさんは陰険じゃありません!」

「お前はあいつの本性を知らないだけだっつの!あいつはなぁ!……こんな胸糞の悪ぃ話させんじゃねーよっ」

「お前が言い出したんだろ!あー…いつになったらお前に勝てるようになるんだ!あー!!悔しい!!」

「ふははははは…!俺に勝とうなんて10年経ってもムリだ!あと約束忘れんなよ?」

「…くっそ…忘れないよ。で?何でも言うこと聞くんだよね。何にする?」

「それなー、今まだ考え中。決まったら言う」

「ん」


私もムウファも、やっぱりお互いの前だと一番無邪気になれる。あの村のはずれで二人で遊んでいたときのように。

この時は賭けがてらの勝負をしていて、先に100勝した方が相手に一つ何でも言っていいことになっていた。


そしてそのままお互いに、体の動かし方とか魔力操作の方法なんかを教え合いながら近況報告をしていた。これもいつもの事だったのだが…


「っと、クリス、隠れろ」

「んぇ?」


ムウファが何かに気付いたように、私を木の陰に押さえつけた。

それと同時に知らない声が私たちに声をかけてきた。これはもちろん、いつもの事ではなかった事態だ。


「これはこれは烈火の魔術師様ではありませんか!」


感激した!とでも言いたげで、でもまったく熱量の感じられない声でムウファに声をかけてきたのは、何だか嫌な目をしたおじさんだった。私はもちろん見たこともない。ムウファもどうやら私に会わせたくないと考えている相手のようだ。

それからもこのおじさんはつらつらと上辺だけの賛辞を述べていたけれど、ムウファは完全に聞き流しているように見えた。


「…なぜこのような所に?」

「私はルドルフ殿下に少しお話をさせていただきまして…とても有意義な時間でしたよ」

「…」

「私どもは貴方がたと手を取り合っていきたいと考えていますのでね」

「そうですか」

「烈火の魔術師…ムウファ殿、でしたかな」

「…」

「これは失礼、貴方ともっと親しくなりたいという欲が出てしまいました」


ムウファは名を呼ばれたことに不快な顔をして、なのにこのおじさんは笑顔だった。それに加えてこの上滑りした会話がまた怖さを引き立てている。


「…それはそうと、最近貴殿も変わられましたな…?」


笑顔のままのおじさんの視線が私に向いているのが分かったが、私はというと頭をムウファに押さえつけられているため、顔を上げることができなかった。挨拶とかしなくて良いんですか?…良いんですね、そうですね。


「…この美しい離宮が害獣に汚されないように、貴殿もお気をつけなされよ」


そう言ってスタスタとその場を離れていくおじさんを見送ってからも少しの間も、私たちは動けないでいた。


「………っはぁぁぁ~~…」

「なんだぁあの胡散臭いおやじは?」


心底疲れ切ったという顔でしゃがみこんだムウファに、私は思わず声をかけていた。今まで私を怪しげに見てくる人はもちろんいたけれど、あそこまであからさまに『害獣』呼ばわりされたのは初めてだったので少し驚いてしまったのだ。


「安心しろ、あいつは俺のことも害獣だと思ってるから。っだぁ~俺あいつ苦手…まぁ小物だけどな」

「味方…ではないよな?」

「あいつは第2王子陣営」


ムウファに簡単に今の人物について説明され、それと同時に絶対一人で近づくなと念を押された。あの人物は第2王子派閥の中でも割と過激派であるとも。

そしてこの時にきて、私はやっと気づいた。明確に侮蔑の言葉を投げかけられたのはこれが初めてだったけれど、離宮に来るようになってだいぶ経っている今になって、初めてだったということに。本当は私はもっとずっと前からムウファや王子や師匠に守られて、隠されて、庇われてきたのだろう。ああいった輩に遭遇することのないように、さりげなく守ってくれていたのだ。

…そして、ゲームでの『クリス』に関しても同じだ。まるで閉じ込められていたかのように描かれていたけれど、攻略キャラ達によって守られていた部分もあったハズなのだ。私ですらこの時理解できたのだから、『クリス』だってそう理解できていたに違いないと私は思う。


「…さっきの勝負の命令決めたぜ。お前、これからできる限り…お前のできる限り全力で!俺の目の届く所にいるって約束しろ」

「はぁ~?!」

「負けたんだから何でも言うこと聞くんだよな?」

「あぁ…でも何だよその漠然とした命令…」

「だからできる限りで良いって言ってんだろ。…にーちゃんは心配なんだよお前が」

「誰が兄ちゃんだ。数か月早く産まれただけだろっ!」


にひひと笑ったムウファは、私の髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でて、また髪の毛伸ばせよと言ってきた。私はそれに対して「望みを聞くのは1個だけだ」と返しながらも…弟(妹?)として兄ちゃんの望みならばなるべく叶えてやりたいな、とそんな事を思っていたのだ。


この後すぐにその約束も守りきれなくなってしまうのだけど…それは不可抗力であるとここに宣言したい。



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