運命の出会い
それから数ヶ月が経ったが、私はというと一日の大半を石と魔力の実験に費やしていた。
ムウファがあの後教えてくれたことだが、これは魔石といって、この村の外の森で取れる。小さなクズ石を私たちは貰えたわけだが、それ以外は大人が町で売ってお金にしているらしい。
そして魔石は便利ではあるが、この世界でそこまで一般的ではないんだそうだ。なぜなら、自分の魔力を持った石は自分にしか使えないからである。つまり人に魔石を渡したとしても、本人以外の魔力が入っていたら使えないのだ。なので専ら、騎士や兵士達の戦闘の補助や、医者の治療の補助に使われるのがメインなんだとか。クズ魔石は売れないので、村の人間が気まぐれに使う程度だ。
(それじゃあ、確かに私以外の人にはあんまり日常的では無いよな~…魔石がなくたって日常魔法は使えるもんな)
もはや癖になってしまったが、魔石を撫でて、掌の中に握りこむ。そうして集中力を高めると、自然と魔力が石に吸い込まれるのを感じ、その後少しの倦怠感。
(ムウファに石をくすねて来て貰うのも、もう限界だしなぁ…)
このところの実験で、まず、3日ほど魔力を貯めた石を使えば、私でも普通の魔法が1度使えることが分かった。初めて暖炉に火をつけられたとき、母と二人で泣いてしまったのは二人だけの秘密だ。
ただ、今の大きさの石では小さな魔法が精一杯で、しかも数回使い込むと魔力を貯められなくなってしまう。
なのでムウファにはもう何個も魔石を用立てて貰っていたが、クズ魔石とはいえそろそろ本気で拒否されそうだ。
今の私の目標は、村の外にもう少し大きい石を取りに行くこと。
来月から村の子供達と一緒に剣の稽古に出ることを許されてはいるが、魔法がこれでは、母を守るどころか足手まといになってしまう。
その前に、できるだけ大きく純度の高い石を探したいと考えていた。
村の外に出るのは大人の許可がいるが、そんなものが私に降りるわけはない。
おそらくは朝方、それも見張りの交代の時間を狙ってこっそりと出かける。危険?そんなものはこの時代いつだってつきまとうものだ。村の中にいたって死ぬときは死ぬ。今、やれることをやりたいんだ。
決行は、実は今からだ。母も寝ていて、外にも見張りを残し誰もいない。空が少し白んで来たのを確認し、家を出る。
パタン…
小さく扉を閉めて振り返ったそこには、家の前に仁王立ちする人影があった。…想像はしてたが、やっぱりか。
「さて…………そこを退いてもらおうか、ムウファ」
「どかない」
誰にも話していないのに、この幼なじみは察しがよすぎて困る…。
「そろそろだと思ってたよ。あの魔石じゃ満足できなくなったんだろ?」
全てお見通しってか!
「頭がいいやつはムカつくよ…」
「人のこと言えねぇだろ、クリス。どうしても行くんなら、おれも連れていけ!」
「…ダメだ。おまえは村の宝だろう」
「おれは村長の息子だ。村人を守るのは村長の責任と決まってる」
真っ直ぐな目をしてこちらを見るムウファを、口で丸め込める気がしない…。
「…おまえに得になることはなにもないぞ」
「そんなことないさ。おれは特訓の成果を実践で試せる。おまえにまた恩も売れるしな」
「わたしにこれ以上恩を売ってどうする…」
「さぁ、どうすっかな~。とりあえず、おれを連れていかねぇなら大人を呼ぶぞ」
そう言われてしまえばこちらが折れるしかない。
「……分かった。悪いが、石を見付けるのを手伝ってくれ」
「へっ、最初からそうやって頼めば良いんだよ!ばぁか」
さすが、俺様ヒーロー担当。にひひと笑っていてすら、なんか様になっている。ちっ……爆発しろ!
見張りの交代時、少しの隙をついてムウファと村を出る。ムウファがいなくなったことが知られれば大騒ぎになるだろう。朝、皆が起き出すまでに石が見つからなければ、今日は諦めようと決めた。
音を立てないように獣道を歩いて、あたりをつけていた魔石の発掘場を目指す。
「ムウファ、発掘場に行ったことあるのか?」
「近くまではな。父さんが、たまに狩りのグループに入れてくれるんだ。経験だって」
「父さん……村長がか…」
「あ、そうだ、父さんもお前のこと心配してんだ。今度お前の母さんと話したいってさ」
「はぁ?今さら?お前なんか言ったのか、ムウファ?」
「い、言ってねぇし!父さんは村人皆に気を配ってて大変なんだよ!今さらとか言うな!」
「へーへー、すいませっのわっ?!?!」
会話に気をとられて足下への注意を怠った。私のミスだ、認める。でもそんなことより……なんかぐにっとしたものを踏んだ!!!!!!
「クリス!大声だすなよ!」
「ごめ…」
「ったく……!?お、おい、それ……」
私が踏んだもの。
それは人だった。
「ひ、ひっ…」
「ムウファ!消毒あるか?!」
「!あ、ある!ちょっと待て!」
倒れている人間は、血と泥でぐちゃぐちゃだが、おそらくは少年。分かりにくいが、金髪で、おそらくとても身なりの整った人物だったと思われた。
そしてこれ重要。まだ、息があったのだ。
「肩にすげぇ深い傷が…こいつ魔獣に噛まれたんだ…」
「喋る前に付け根を縛れ!消毒液ぶっかけろ!」
「…でもクリス、こいつたぶんもう、」
「ムウファ!まだ息がある!やれ!」
ムウファのいう通り、私達のしていることは一時しのぎだ。傷が深すぎて血が止まらない。
(まずい……!このままじゃ…)
「クリス、血の匂いで魔獣が集まってきてるかもしれない。時間ねぇよ!」
「わかってる!ちょっと待てムウファ!」
「くそっ…何だってこんなとこに人間がいんだよ…!」
苛立つムウファを諌めながら、私は1つの賭けに出ることにした。どうせ放っておいてもこの人間は死ぬ。
持っていた魔石を全部出して、少年の体の上に置いた。
「おい。おい!目を覚ませ!」
「ちょ、クリス、なにして…」
そして意識のない彼の、血にまみれた青白い頬を強く打った。
「お前、金髪なら光の属性が強いんだろう!!目を覚まして治癒を使え!!おい!!」
「んな、無茶な…魔力残ってるわけねぇよ…!」
実際に治癒を使える魔術師を、私は見たことがなかった。それだけ数の少ない属性であったからだ。でも知識で知っていた。治癒を使う光属性が強く出た人間は、金髪に近くなっていくと。
バシバシと頬を叩くと、本当にうっすらとだが瞼が震えた。
「お、おい…」
「生きたいなら治癒を使え!!!自分でやるんだ!!!魔力なら貸してやる!!!!」
瞳を確認できたわけでは無いけれど、私は、この少年は生きたいと強く思っていると感じた。
およそ15個ほどの私の魔石をすべて使えば、一度にこの傷を少し癒すだけの治癒が使える。この少年がそんな魔法を知っているのかどうかすら知らないのに、きっと使えるはずだと、そして私の魔石が役に立つはずだと、この時なぜかそう確信していた。
「やれ!!肩に集中しろ!!!」
少年が再び目を瞑ると、彼の体を淡い光が包んだ。
それは、今まで見たどんな魔法よりも神秘的で、綺麗な光景だった。
「……!!!」
「やったか…?!」
肩の傷が、致命傷から少し回復し、出血が止まる。
「どういうことだ……こいつ、魔力残ってたのか…?!」
「…ムウファ、まだ彼は重症だ。村までは遠い。近くの狩人の小屋に運ぼう」
「あ、あぁ……」
混乱しているムウファと共に彼を何とか小屋まで運ぶ。小屋にある暖炉に火をつけると、ムウファに頼み、水魔法で彼の体を清めた。
「…おい。クリスさんよ…」
「…ああ、分かってる。こいつ、、、」
綺麗にしてみて改めて分かった。金髪に白い肌、長いまつげ。人形のような顔立ちをした彼は、異常に高貴な服を纏っていた。少なくとも村や、村の近くの町で見かけることはないだろう。
「貴族だ」
「……どうしよう、ムウファ」
「っ知るかよ!勝手に村抜け出して、貴族連れて帰ったら村は大混乱だ!俺だって父さんだってこんな金持ちそうな服のやつに会ったことねぇよ!」
「連れていくにしてもこいつ、まだ動かせないよ」
「…………あーーー!くそ!とりあえず今日はこいつここに置いて帰るぞ。もう朝になる!」
「えっ…」
「帰ったら、また隙を見て食料持ってこよう。話はこいつが回復してからだ。村に連れていくのかも、回復してから考えよう」
「…うん、そうだな。ムウファ、」
「あ?」
「ありがとう。お前がいて良かったよ」
「!!!だっ……から!!たまに出るその素直さは何だよ!?気持ちわりーって!」
小屋を暖め、たっぷりと少年に水を飲ませてから私達は村に帰った。
誰にも気付かれなかったけれど、結局石も取って来れなかった……。
そしてあの少年。貴族がなんでこんな辺鄙な村に……しかも一人で。
「厄介事のニオイがプンプンするな…」
そうは言うものの、私は彼を助けたことを全く後悔していなかった。
今回のことで、新たな可能性にも気付くことができた。私はもっと成長できる。
(今は何より、どうやって見張りの目をかいくぐって村を抜け出すかだな…)
うーんと悩む私は、この先ものすごい嵐の渦中に巻き込まれる事なんて全く気付いていなかった。