特訓の成果と四人目
「おい、先に言っとくが俺も一緒に行くからな」
「えー、ムウファはここで王子のアリバイ工作して欲しいんだけど…」
「絶対いやだ。俺も行く」
「ムウファはまた別の日でも良くない?」
「良くねぇ!」
ムウファがこのように駄々を捏ねているのは、私の防御膜の中で、であった。さっきまで機嫌が良かったのに、またプンプンとしている。情緒が不安定なようです、私の幼馴染。
ボスン、ボスンと外では音が鳴っている。
「もー…昔っからムウファって頑固だよねぇ…」
「それだけはお前に言われたくねぇよ?」
そのような会話を交わしているといつの間にか、ボスン、という音はしなくなっていた。そのかわりに外から王子が声をかけてきているのに気付く。
「おーい、二人の世界のところ申し訳ないけれど、クリフォードが泣きそうだから~!そろそろ何とかしてくれないかな?!」
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きっかけは私の一言だったのだと思う。
「あの~、とりあえず一回帰りたいんですが…」
「あ、俺もお前の母さんに挨拶してぇし、一緒に行くわ」
「あ!あの!僕も!僕も行きたいのだけれど!!」
ムウファと王子が少し落ち着いたので、私は宿に帰りたいと伝えた。母さんにろくな説明もせず出てきてしまったので、心配させていると嫌だなと思ったのだ。すると当然のように、話し足りないムウファは一緒に私の家に行くと言い出して、しかもそこに王子までもが口を出してきた。
えぇと、王子がなんだか緊張した面持ちで変なことを言い出しているのだけど、ムウファはともかく、王族ってそんなに軽く出て行けるもんなの?
「ルディ…何言ってんだよ。立場考えろよ立場」
「だ、だって、君たちといるとき以外にそんな機会めったに無いし…僕は町の人たちの暮らしぶりを一目見てみたいんだって前から言っているじゃないか?こんなチャンスなかなか無いと思うんだよ!」
ムウファが呆れ顔で王子を宥めるが、王子はまったく聞き入れていないようだった。そのような2人のやりとりを聞いていて、私は前から密かに思っていた事を、今試してみようと思い立ったのだ。
「そうだ。私も殿下に見せたい景色があるんですよ」
「えっ?!」
「は?!」
王子はものすごくキラキラした瞳をこちらに向けて、反対にムウファはものすごく怖い顔でこちらを振り返った。
「私の今住んでいる宿の近くに丘があるんですけど、町が一望できてキレイなんです。あと、広場に出ている屋台の串焼きがすっごく美味しいの、知ってます?それに朝市で売ってる野菜ジュース、あれも一度飲んでみてほしいですし、色々紹介したいところがあるんですよね」
「え…た、楽しそう!おいしそう!しかも女性からデートに誘われたの、僕初めて!」
頬を染めた王子がはしゃいでいる。楽しそうな表情をしているとき、いつもの人形じみた顔はなりを潜めて、年相応の少年に見えるんだってことを、またしても今日初めて知った。
「誘ってねぇよバカ!おいクリスマジでふざけんな、何ルディを煽ってんだよ!」
ムウファがまた母のようなことを言ってくる。今日は怒ってばかりだなぁ、こいつ。
「大丈夫だよムウファ、完全にお忍びで行くなら王都はそこまで物騒なところじゃ無いし、私が王子を守るから」
「大丈夫じゃねぇ!こいつこんなんでも王族なんだぞ、自分が何を言ってっか分かってんのか?!」
「…同年代の女の子に守るって宣言されたのも初めてだ…」
王子はかなり乗り気だけど、ムウファはやっぱり常識人だから、説得は骨が折れそうだった。私も譲るつもりは毛頭無かったのだけれど。
ずっと考えていたのだ。自分の力不足のことは今は置いておいて、私はこのルドルフ王子に、どこまで協力するのか。協力したいと思えるのか。
私は、今私が大切にしているものをこの人に見てもらいたい。同じものを見たときに、この王子がどう感じ、何を思うのか、それを見て自らの覚悟を決めたいとずっと思っていた。
本当は分不相応な望みだと分かっていたのだけど、この、平民を母に持つという、いとも簡単に町に降りたいと言ってくれる王子様なら、信頼し望んでみてもいいんじゃないか、と思ったのだ。
しばし重たい空気が場を支配していたが、すぐに王子が真剣な顔をして言った。
「…うん。やっぱりクリスと一緒に行きたい。ムウファ、頼むよ」
「…無理だ」
「お願い。僕の一生のお願い」
「…お前は何回一生のお願いを使うんだよ…。いや、マジで無理だって。…とりあえず、そこの陰険メガネを納得させねぇことにはまず無理」
陰険メガネ、と言いながらムウファが親指で示した先には、実は最初から人がいた。
私たちのやり取りを最初から茫然と見ていたこの人は、少し私たちより年齢は上だろうか、16、17歳くらいに見えた。綺麗な水色の瞳をしているのに、残念な事にメガネでよく見えない。整った顔にサラサラの髪の毛を一つに束ねており、清潔感があって文官の鏡のような…いや、少し神経質にも見えるような…。今ならば分かる、彼は攻略対象様であった。
「いったいどんな権力を持って貴様らは殿下にそのような口をきくのか…驚きがすぎて気を失うかと思った」
メガネを指で押し上げながら、私たちに話しかけてきたのはその人からだった。
「そこの女が何者か問うのは今は止めておく。それよりも殿下、貴方様の思いつきには何度肝を冷やしたことか…いい加減になさってください」
「思いつきでは無いよ。ずっと望んでいたことだ」
「ではその望みは捨ててください。貴方様の御身は何よりも尊いものです。その望みよりも重いのですよ」
「でm」
「却下、です。諦めてください」
私のことは無視して、王子の発言を端から却下しているこの人は、こんな感じでもたぶん、王子に心から信頼されているのだと思う。でなければ、完璧に人払いのされていたこの場に、最初からこの人がいるわけがないのだ。
「アイツ、公爵の息子。ルディ至上主義の陰険野郎だから、お前はできるだけ近づくんじゃねぇぞ」
コソっとムウファが耳打ちしてきたところによると、この人は第1王子派閥の筆頭公爵の息子さんのようだ。本来なら第1王子の傍についてもおかしくないのだが、次男であるため、ルドルフ王子のお目付け役のような形になっているのだという。ただ、本人はルドルフ王子の癒しの魔力に傾倒しており、公正な人物ではあるのだが、少々貴族的な考え方に偏っている人のようだった。
「そもそもこのような得体のしれない平民と話をするようなお立場でも無いのですよ?殿下」
私たちを虫けらでも見るような目で見ながらそのような事を言ったメガネの彼に、さしもの王子も不満をあらわにしたようだった。なにしろ口調が先ほどとガラっと変わっている。
「やめろ。彼らに無礼な口をきくのは私が許さん」
「…これは大変に失礼をいたしました。ただ、烈火の魔術師はともかく…このような貧相な女児に何ができましょう?殿下、戯言を間に受けてはいけません」
「…戯言ではない。お前は彼女の本当の力を知らないんだ」
「は…何を仰いますか」
そろそろ聞いているのも時間の無駄かなと思えてきたので、私は手を挙げた。
「はい。提案なのですが、そこのメガネのかた」
「無礼な!!私の名はクリフォード・ジェレマイアと」
「はいはいクリフォードさん。もう面倒くさいので、ちょっとわたしと勝負してもらえませんか?」
「…は?」
「ようはわたしが王子を守れるかを証明できれば良いんですよね?物は試しに、私に思いっきり攻撃をしてみてほしいんですよ。わたし、たぶん耐えられますので」
「…な、なにを寝ぼけたことを…」
まだごちゃごちゃと言っていたけれど、王子とムウファに頼んで、多少広い中庭に連れてきて貰った。天井が無いので、思う存分に攻撃してもらえそうだ。
「では、よろしくお願いいたします」
「…正気か、貴様。私はこれでも魔術の心得も武術のたしなみもあるのだぞ」
「…おいクリス、こいつまぁまぁ強ェぞ。だ、大丈夫かよ」
クリフォードさんはともかく、ムウファにもそう言われてしまった。まったく心外である。
「…今のむっかついたなぁ。ムウファ、おまえこっちに来い。そう言うならわたしの隣で見ていろ!」
私がそう言うと、ムウファはいそいそとこちらに寄ってきた。「まぁ俺がいれば万が一もねぇか」とか言っているが、本当に失礼なやつである。
ところで私は今、かなり興奮していた。だってずっと温めてきた特訓の成果を、思う存分試すことができるのだ。
「(クリフォードさんにはたっぷりと練習相手になっていただこう)」
私はクリフォードさんと間を開けて立つと、周りに魔石を置いた。今回は大盤振る舞いで、物理と魔法、両方防げるよう二重の膜だ。
「展開」
そういうと、私以外には見ることができないのが勿体無いくらいのきれいな魔力の膜が、私たちのまわりを覆った。そしてもう片方は、時々パチパチと音を立てている。雷の初期魔法を薄く展開中だ。
私以外の3人は、コイツなにをやってるんだという顔をしている。そう、この防御膜について、私はムウファにも王子にもまだ報告していなかったのである。正真正銘、ここが初見だった。
「時間制限は特にありません。剣でも魔法でもかまいませんので、私たちに打ち込んでみてください。まぁ、何かあったらムウファがいますので、遠慮は不要ですよ?クリフォードさん」
「……死んでも責任は取れんぞ」
クリフォードさんは剣を構え、しかも彼のまわりに水の塊を複数出した。おお、水属性が強いタイプか。しかも詠唱も無しに複数。たぶんこの人すごく強い人だ。
「…来るぞ。クリス、気を付けろ!」
ムウファはそう言って緊張を高めたが、私はというと、正直全く危機感を持っていなかった。
ぽひゅん……バチバチッ
クリフォードさんの放った水弾はすべて私の防御膜に吸収され、地面に流れていった。きっと傍目には、魔法が急に消えたように映るのだろう。そしてクリフォードさんの剣は私の雷魔法とぶつかり、今まさに強烈な電気を発生させていた。
その時の空気をなんと言ったらいいのだろうか。
一つ言えることは、その時の3人の顔を、静まり返ったなかに雷のバリバリとした音だけがしているその光景を、私は一生忘れることはないのだろうと言うことだ。
「き…、消え…」
「ちょっ、クリフォード!大丈夫かい?!」
「な、なんだこの痺れは…貴様、何をした…?!」
ムウファは口を開けたまま呆けているし、王子は珍しくその顔に焦りを滲ませていた。そしてクリフォードさんは思わずといった風に剣を取り落とし、掌を見つめ戦慄いていた。
「クリフォードさん、あなた、剣落としたらダメでしょう。その時点で死んでますよ?しっかりしてくださいよ。それでも殿下付きの筆頭ですか?」
「なっ……舐めるなよ、貴様…!!」
私の安い挑発にのってしまうくらいに冷静さを欠いてしまっているクリフォードさんは、その後も魔法を打ち込み続けてくれたし、切りかかって来てくれた。それにいちいち反応していたムウファも、本当になぜだか私たちの周りには届いてこないのだと分かると、「後で説明しろ」と言ったきり、その場で寛ぎ出した。そして冒頭の会話につながっていくのである。3人でのお出かけが確定した瞬間だった。
結局一度もクリフォードさんの魔法が当たることは無く、彼の魔力が尽きかけてこの勝負は終わった。
私としては、何度か防御膜の重ねがけをして、そのタイミングだとか魔力の消費量だとか、さらに言えばどの程度この防御膜が役に立つのかも分かったので、すこぶる満足である。やっぱり一人で魔獣相手に特訓するよりよっぽど効率が良いな。相手がいるって。
クリフォードさんは茫然自失状態になってしまっていたけれど、誤解してはいけないところは、彼の実力は本当はこんなもんでは無いだろうということ。今回は私の手が全くの予想外で、彼も見たことがないものだったからこそ彼が自滅し、ここまでの差がついたのだ。というか、やっぱり私の強みは、誰も私の魔力の特性を知らないという所だろうなと改めて実感した。
「……私は部屋に戻る」
そう一言言い残し、クリフォードさんは見ているのが辛いほどの影を背負って出て行ってしまった。まずい、やりすぎた。
「クリスティーナ…………君が予想外な子なんだって知っていたけれど、さすがにこれは想像の範囲外かな…」
説明してくれるよね?と、威圧感の半端ない笑顔で王子に迫られて、少し反省した。だが後悔はしていない、満足感でいっぱいの私であったのだ。