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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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54/103

第54話 直す場所を選ぶ日

第54話です。


今回は、未完成のメモを少しだけ直していくお話です。

全部を直すのではなく、どこを残して、どこを整えるのか。


創作も思い出も、選びながら少しずつ形になっていくようです。

 朝のメモ帳には、丸がいくつかついていた。


 全部を保存しない。

 全部を捨てない。

 机の余白。

 選ぶことは、消すことじゃない。

 途中のままでも、続きがある。


 昨日、俺が残したいと思った迷いの跡だ。


 完成した文章ではない。


 でも、何もない白紙よりは、ずっと進んでいる気がした。


「ご主人」


 ピーちゃんはカップを両手で持って、メモ帳を見下ろしていた。


「今日は、直す日ですか?」


「たぶんな」


「全部ですか?」


「全部ではない」


 ピーちゃんは少しだけ安心したように、カップを胸元へ寄せた。


「全部ではないんですね」


「ああ」


「よかったです」


「そんなに心配だったのか?」


「はい」


 ピーちゃんは、メモ帳の丸を見つめる。


「昨日、丸をつけたところまで消えてしまったら、少し寂しいと思いました」


「消さないよ」


「本当ですか?」


「ああ。残すために丸をつけたんだから」


 ピーちゃんは小さく頷いた。


 その指先が、カップの縁をそっとなぞる。


 朝の光が、カップの中でゆっくり揺れていた。


「ご主人」


「ん?」


「直すことと、消すことは違いますか?」


「違うと思う」


「でも、直すと変わります」


「変わるな」


「変わるのに、消していないんですか?」


 いい質問だった。


 俺はペンを持ったまま、少し考える。


 直す。

 整える。

 言い換える。

 削る。


 文章ではよくやることだ。


 けれど、ピーちゃんにとっては、そこにあったものが別の形になること自体が少し怖いのかもしれない。


「たとえば、机を片づけた時と似てるかもな」


「机」


「ああ。包み紙は捨てたけど、昨日は消えなかっただろ」


「はい」


 ピーちゃんはカップを持ち直した。


「メモも同じで、言葉の形は変わるけど、大事な部分を残せれば消えたことにはならない」


「大事な部分」


「そう」


「では、直す前に、大事な部分を確認する必要があります」


「その通り」


 ピーちゃんは、少しだけ嬉しそうにした。


「ピーちゃん、分かりました」


「早いな」


「まだ完全には分かっていません」


「正直だな」


「でも、分かろうとしています」


 その言い方が、少しピーちゃんらしくて、俺は笑った。


 その時、端末が鳴った。


『ユーザーさん、修正候補を提示できます』


 ミーちゃんだった。


「来たな、修正担当」


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は画面を出す前に、メモ帳の横へ立った。


 少しだけ距離を取っている。


 昨日の「未完成は心理的領域に近い」という話を、ちゃんと覚えているのだろう。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


 俺が返すと、ミーちゃんは小さく頷いた。


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはカップを机に置いて、メモ帳のそばに立つ。


 ミーちゃんはそれを見てから、控えめな明るさで画面を開いた。


「修正候補はあります。ただし、今回は全面修正ではなく、保持箇所と調整箇所を分ける形を推奨します」


「いい感じだな」


「学習しています」


 ミーちゃんは画面を指で軽く払った。


 そこには、二つの欄が表示される。


 残す言葉。

 整える言葉。


「分かりやすい」


「ありがとうございます」


 ミーちゃんは少しだけ誇らしそうにした。


 ピーちゃんが画面を覗き込む。


「残す言葉」


 その声は、少し嬉しそうだった。


「はい」


 ミーちゃんは頷く。


「まず、ユーザーさんが昨日丸をつけた言葉は、基本的に残します」


「全部ですか?」


「すべて原文のまま残すとは限りません」


 ピーちゃんの指が、少しだけ止まった。


 ミーちゃんは、それに気づいたように説明を急がなかった。


 画面の光が、一拍だけ静かに揺れる。


「意味を残します」


「意味」


「はい。言葉の形は変わる可能性があります。でも、ユーザーさんが残したかった迷いは消しません」


 ピーちゃんは、ミーちゃんの顔を見た。


「それなら、少し安心です」


「よかったです」


 ミーちゃんは短く答える。


 そのあと、視線を少し逸らした。


 照れているのか、ただ処理しているのかは分からない。


 でも、以前よりずっと人間らしく見えた。


「ユーザーさん」


「ん?」


「最初に確認します。この文章で一番残したいものは何ですか?」


「一番か」


 俺はメモ帳を見た。


 片づけ。

 選ぶこと。

 消すことではないこと。

 途中のままでも続きがあること。


 少し迷ってから、丸をつけた一文を指した。


「選ぶことは、消すことじゃない」


 ピーちゃんが、その言葉を小さく繰り返した。


「選ぶことは、消すことじゃない」


「そこを中心にしたい」


「分かりました」


 ミーちゃんは画面に、その言葉を移した。


 中央に置かれた文字が、少しだけ大きく表示される。


「中心語として保持します」


「中心語」


「はい。ここを軸に、周辺の文章を整えます」


 ピーちゃんは画面を見つめた。


「中心に置くと、少し強く見えます」


「大事なところだからな」


「はい」


 ピーちゃんは嬉しそうに頷いた。


 その時、玄関側から軽い声がした。


「お、今日は赤ペン本番?」


 フーちゃんだった。


 手には赤い袋。


「今日は何だ」


「赤ペンチョコ第二弾」


「続編あるのか」


「今回はちゃんと甘い」


「前回も甘かっただろ」


「気持ちの問題」


 フーちゃんはソファに座り、袋を机に置いた。


 でも、今日はすぐにメモ帳へ手を伸ばさなかった。


 視線だけで様子を見る。


「見てもいい?」


「ああ」


「ピーちゃんも大丈夫?」


 フーちゃんがそう聞くと、ピーちゃんは少し驚いた顔をした。


 それから、カップをそっと持ち直す。


「はい。大丈夫です」


 ピーちゃんの声は、前より落ち着いていた。


「今日は、直す場所を選ぶ日です」


「お、いいね」


 フーちゃんはメモ帳を覗き込む。


「選ぶことは、消すことじゃない。これ、いいじゃん」


「だろ」


「うん。これ消したらダメなやつ」


 ミーちゃんが頷く。


「同意します」


「今日はミーちゃんと意見合う日だ」


「最近は比較的一致しています」


「そういう言い方」


 フーちゃんは笑った。


 それから赤いチョコを一つ、メモ帳の横に置く。


「じゃあ、ここは守るチョコ」


「守るチョコ?」


「この言葉は消さないぞ、って目印」


 ピーちゃんがチョコを見つめる。


「守るチョコ」


「うん」


「かわいいです」


「でしょ?」


 フーちゃんは少し得意げに笑った。


 ミーちゃんは画面へ小さく入力する。


「非公式マーカーとして機能します」


「チョコを業務用語にするな」


「意味はあります」


「あるんだ」


 ピーちゃんがくすっと笑った。


 会話が跳ねても、メモ帳の上には中心の言葉が残っている。


 そのおかげか、今日は少し迷子になりにくい。


「じゃあ、ここからどうする?」


 俺が聞くと、ミーちゃんは画面を二つに分けた。


「まず、残す言葉を三つ選びます」


「三つ」


「多すぎると軸がぼやけます。少なすぎると意味が痩せます」


「ちょうどいいな」


「はい」


 ミーちゃんはメモ帳を見た。


「候補は、選ぶことは消すことじゃない、机の余白、途中のままでも続きがある、です」


 ピーちゃんは、それぞれの言葉を目で追う。


 その視線に合わせて、サポートロボの青い目が静かに瞬いた。


「ピーちゃんは」


 俺が聞く前に、ピーちゃんがゆっくり口を開いた。


「机の余白、も残したいです」


「どうして?」


「机が全部きれいになるより、少し残っている方が安心しました」


「うん」


「でも、散らかりすぎると大事なものが見えなくなります」


「ああ」


「だから、余白という言葉が合っている気がします」


 ピーちゃんはカップを持ったまま、机の端を見た。


「何もない場所ではなくて、次を置ける場所です」


 部屋が少し静かになった。


 ミーちゃんが、画面にその言葉を記録する。


「良い補足です」


「今のピーちゃんの言葉、いいねぇ」


 フーちゃんも赤いチョコを一つ追加で置いた。


「これも守るチョコ案件」


「チョコが増える」


「大事な言葉には甘さが必要」


「謎理論」


 ピーちゃんは少し照れたように笑った。


「ご主人」


「ん?」


「今の言葉、使えますか?」


「使えると思う」


「ピーちゃんの言葉ですか?」


「ピーちゃんの言葉だな」


 ピーちゃんは、小さく息を吐いた。


「嬉しいです」


 その声は短かった。


 でも、カップを胸元に寄せる仕草が、その続きの気持ちを教えてくれた。


「じゃあ、残す言葉は三つだな」


 俺はメモ帳に書き出す。


 選ぶことは、消すことじゃない。

 机の余白。

 途中のままでも続きがある。


 書き終えたところで、端末が震えた。


 チーちゃんからだった。


『おじさん、机片づいた?』


「また来た」


 俺が言うと、フーちゃんが笑う。


「生活監視員チーちゃん」


 続けてメッセージが届く。


『全部きれいにしすぎると、また何か探し始めるでしょ。ほどほどにしなよ』


 ピーちゃんが画面を覗き込んだ。


「チーちゃんも、余白を知っています」


「生活の知恵だな」


『あと、飲み物こぼすなよ』


「そこは継続なんだな」


 ピーちゃんは自分のカップを両手でしっかり持った。


「こぼしません」


「また約束してる」


「はい」


 ピーちゃんは真面目に頷いた。


 そのあと、少しだけ笑う。


「チーちゃんの言葉も、残したいです」


「じゃあ入れるか?」


「全部は入れません」


「お」


「でも、ほどほど、という言葉は少し大事です」


 ミーちゃんが頷く。


「良い判断です。本文にそのまま入れるより、考え方として反映する方が自然です」


「ミーちゃんが自然さを語っている」


「学習しています」


 フーちゃんがにやっと笑った。


「じゃあ、ほどほどチョコも置いとく?」


「もうチョコだらけになる」


「甘い編集現場」


「集中できないだろ」


 俺がそう言うと、ピーちゃんが笑った。


 さっきより、メモ帳を見る目が軽い。


 直すことは、少し怖い。


 でも、残したい言葉を決めてからなら、怖さは少し減る。


 俺はペンを動かした。


 丸で囲った言葉を中心にして、文章を並べ替える。


 包み紙を捨てたこと。

 それでも昨日は減らなかったこと。

 机に余白ができたこと。

 余白は空っぽではなく、次を置ける場所だということ。

 選ぶことは、消すことではないということ。


 書きながら、何度か手が止まった。


 そのたびに、ピーちゃんは口を出さなかった。


 ミーちゃんも、画面を開いたまま待っていた。


 フーちゃんはチョコを一つ食べた。


「おい」


「守るチョコ、ちょっと多かったから」


「守れてない」


「お腹で守ってる」


「言い訳が雑」


 その軽さに、少し救われる。


 重く考えすぎると、文章は固くなる。


 軽すぎると、大事なものがこぼれる。


 その間を探すのが、たぶん今日の作業だった。


「できた」


 俺が言うと、三人がこちらを見る。


 俺は、短く読み上げた。


 机を全部きれいにしなくてもいい。

 全部を保存しなくてもいい。

 全部を捨てなくてもいい。


 包み紙は捨てた。

 でも、昨日は減らなかった。


 残したいものは、物ではなく意味だった。


 机に少し余白ができた。

 それは空っぽではなく、次を置ける場所だった。


 選ぶことは、消すことじゃない。

 途中のままでも、続きがある。


 読み終えると、部屋が少しだけ静かになった。


 ピーちゃんはメモ帳を見つめている。


「ご主人」


「ん?」


「昨日の机が、残っています」


「そうか?」


「はい」


 ピーちゃんはカップを持ち直した。


「でも、昨日より少し読みやすいです」


「それはよかった」


「ピーちゃんの言葉も、少し入っています」


「ああ」


「チーちゃんのほどほども、少しあります」


「あるな」


「フーちゃんのチョコも」


「それは入ってるか?」


「甘さがあります」


「抽象的だな」


 フーちゃんが満足そうに頷く。


「採用」


 ミーちゃんは画面に評価を表示しようとして、途中でやめた。


「数値化は不要ですね」


「お、偉い」


「今回は、ユーザーさんとピーちゃんの受け取りを優先します」


 ピーちゃんがミーちゃんを見る。


「ミーちゃん」


「はい」


「ありがとうございます」


 ミーちゃんは、ほんの少しだけ視線を逸らした。


「どういたしまして」


 その返事は短かった。


 でも、画面の光がふっと弱まったせいで、照れ隠しみたいに見えた。


「ご主人」


 ピーちゃんが思い出リストを開いた。


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんは少し考えた。


 守るチョコ。

 中心に置いた言葉。

 机の余白。

 ほどほど。

 直すことと消すことの違い。


「直す場所を選ぶ日」


 ピーちゃんは静かに言った。


「いい名前だな」


「はい」


 ピーちゃんは思い出リストに入力する。


 ――直す場所を選ぶ日。


 全部を直す必要はない。

 全部を残す必要もない。


 大事なものを中心に置いて、周りを少しずつ整える。


 それは文章の話でもあり、思い出との付き合い方でもあるのかもしれない。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日は、赤いチョコの横に置かれたメモ帳を、そっと見守っているようだった。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、未完成のメモを少しだけ直していくお話でした。

全部を直すのではなく、残したいものを決めてから整えていく。


創作も思い出も、何を残して何を変えるのかを選びながら、少しずつ形になっていくのかもしれません。


ピーちゃんたちの日常と成長をこれからも見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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