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第九話 その瞳が写すものは



何も見えない霧の中を、ビャク姉と共に進んでいく。明かりの一つでもあれば良いのだが、あいにくこの身一つなのでそんなものはない。

「……アカリ、私から離れるなよ。得体の知れない場所だし、何が起こるか分からないからな」

「お、おーけー……」

僕はビャク姉に引っ付いて、びくびくしながら辺りを見渡す。実はこういうホラゲーみたいな状況は苦手なので、身体が勝手に身構えてしまう。

――グルルルルアアア!

「ひぃっ!?」

獣の咆哮みたいなのが聞こえて、僕はビャク姉の腕を強く掴む。怖すぎるよ……!引きこもりのか弱き少女になんて仕打ちをするんだ!

「アカリ、大丈夫だ。何があっても私が守ってやるから」

「……ビャク姉は怖くないの?」

「ああ。私は心身共に鍛えているからな。襲われているわけでもないし、無闇に怖がることはない」

「……ほんとビャク姉って超人だよね」

「これくらいで超人と呼ばれてもな。世界に比べたら、私なんてまだまだだよ」

ビャク姉はそう言って苦笑する。……今更だけど、ビャク姉って本当に凄い人なんだよね。文武両道で何でも出来て、超絶美人。おまけにスタイルまでいいと来た。……うん、スタイルだけでも良いから僕にわけて欲しい。世界は理不尽だ。

「……あれ?」

そんな事を考えながら歩いていると、道端に何か落ちているのが見えた。それは青く光を放っており、霧の中でもはっきりと見えるものだった。

「どうした、アカリ?」

「いや、なんか落ちてて……」

僕は青く光る何かの元に屈んで、それを拾う。石みたいに冷たく硬い感触がした。ビャク姉が僕の手の上にあるものを覗き込んでくる。

「それは……勾玉じゃないか?」

「あ、ほんとだ!これって、来る時にみた勾玉じゃん!」

そう、それはこの場所に来ることになった元凶……青い勾玉だった。嫌な記憶を思い出した僕は、青い勾玉をビャク姉に渡した。

「これ、ビャク姉が持ってて」

「ん?別に構わないが……何故そんなに嫌そうな顔をしているんだ?」

「……だってこれのせいで、こんなとこに来る羽目になったんだよ?」

「正確に言うとアカリのせいだが」

「ともかく!僕はもうその勾玉に触りたくありません!だからビャク姉が持ってて!」

「……分かった。私が預かろう」

ビャク姉が呆れたような目で見ている気がするが、僕は気にしない。僕は自分の主義を貫き通す者なのだ。

「……ん?勾玉が……」

ビャク姉が勾玉を手に取ると、さっきみたいに勾玉が光り出した。光はどんどん強くなり、僕達の視界を覆っていく。

「ま、眩しい……!」

「うあー、またなのー!?」

やがて僕の視界は青く染まり、何も見えなくなった。


――車のクラクションが鳴り響く。けたたましい車の音が眼前まで迫る。運転手は車を止めようともせず、めちゃくちゃにカーブを繰り返し、振り子のように動きながら迫ってくる。

「危ない!」

誰かの叫び声が響いた。その場に居合わせた誰かが、これ以上は見ていられないとばかりに声をあげた。しかしその声も虚しく、車の音は、やがて鈍い音と共に止まる。その先には、血溜まりに倒れる少年と、何処かにぶつけてひしゃげた車があった。

「こ、子供が!」

「だ、誰か救急車を呼べ!」

周囲の人々から悲鳴が上がる。運転手と轢かれた少年以外は阿鼻叫喚となり、少年は意識が薄れたまま必死にそれを繋ぎ止めようとする。

(……死にたくない。死にたくないよ……)

それは、誰にも届かない少年の悲鳴だった。少年の意志に反して、身体は徐々に死へと向かっていく。少年は自らを襲う死の恐怖にもがき苦しみながら……そのまま死に飲み込まれていった。

 

「――――っ!」

私は衝動のままに、自分の身体を起こした。……どうやら、気を失っていたようだな。何があったんだったか……そうだ、確か青い勾玉を見つけて……

「……ここは……父さんの家か?」

辺りを見渡すと、ここがコウの部屋だということが分かった。アカリは私の近くで眠っている。それを見て、私達はあの場所から戻ってきたのだと理解した。

「良かった……無事に戻ってこれて」

未知なる場所というのは危険が多い。何事もなく帰ってこられたのは幸運だったな。さて、この事態を招いたアカリに、注意をしておかないと……

「アカリ、大丈夫か?」

「…………」

「気を失っているのか……?おーい、アカリ?」

アカリの身体を揺すってみても、アカリは反応しない。それどころか、どことなく顔色が悪いようにも見える。……嫌な予感がした私は声を大きくして、アカリに呼びかける。

「アカリ!起きろ!」

「……っ!はぁ……はぁ……ビャク姉?」

私の声が届いたのか、アカリは目を覚ました。アカリが無事だった事に思わず顔が緩み、安堵の息を吐いた。

「良かった、アカリが目を覚まさなかったらどうしようかと……無事で良かった」

「……ごめん、ビャク姉。心配かけた」

アカリは身体を起こし、荒くなっていた呼吸を整える。……よく見ると、彼女の顔色は悪いままで、まるで悪夢でも見ていたかのようである。アカリは視線を下に下げたまま、私にこう言った。

「……()()()が、死んだ夢を見たんだ」

「……!」

「コウ君が、車に轢かれて……それきり動かなくなったんだ」

アカリは涙を流し、頭を押さえて項垂れる。

「なんで……どうして……どうしてコウ君が死んじゃったの?」

「……アカリ」

「…………ごめん、ちょっと一人にさせて」

アカリはそう言って、部屋を出ていった。……今は、一人にしてあげたほうがいいだろう。私が追いかけたとしても、気の利いた言葉をかけてやれるとは思えない。

「コウが、死んだ時の記憶……」

私は目が覚める前の光景を思い出した。――青い勾玉に触れた直後に見たあの光景は、とても夢とは思えないものだった。もしかしたらアカリも、あの光景を見たのかもしれない。

「アカリ……大丈夫だといいんだが」

大好きな弟が死ぬ場面を見たのだ。アカリの受けたショックは計り知れないものだろう。今の私に出来るのは、どうか妹が思い詰めない事を願う事だけだった。




 


 

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