間幕 悪魔の儀式
――寂れた祭壇の前で、数人の大人が同時に祈りを捧げている。祈りを捧げている大人は、白いローブと羽織って仮面を身に着けており、男女の区別はつかない。見るからに怪しげな集団だ。彼らが祈りを捧げている間――ある一人の男性が、白装束を着た幼い少年を引き連れて、祭壇へと向かっていた。
「父さま?ここは、どこですか?」
「……それは教えられないよ、コウ。良い子だから、お父さんの側を離れないでね」
「はい、わかりました」
少年――コウは、実に素直だった。未だ穢れも知らぬ幼い息子を見て、父と呼ばれた男は仮面の奥で悲痛な表情を浮かべる。これから行われる事を思うと、男性は今すぐ息子をこの場から逃がしたかった。男性は祭壇の前まで辿り着くと、そこに立っていた仮面をした人物を見る。仮面をした人物は、二人を見て頷き、口を開いた。
「……約束通り、連れてきたのだな……神の器を」
「……はい。まだ生まれて間もない、私の息子で御座います」
「……ふむ、器には十分なようだ。あとはこちらで儀式を進めよう。――貴殿は下がっていろ」
「……はい」
男性は仮面の奥で歯を食いしばり、他の大人の隣に向かい、その場で跪いて祈りを捧げはじめた。父の姿を見て、コウは首を傾げる。
「あれ?父さまは、なにをしてるんですか?」
「……気にする必要はない。――さて、儀式を始めようか」
仮面をした人物は低い声でそう言うと、コウを抱えて祭壇の上に座らせた。コウは状況がよくわかっていないのか、首を傾げて辺りを見渡していた。
「……?」
コウの周りでは、悍ましい光景が広がっていた。その場に居合わせている仮面をした大人達が、一斉になにか呪文を唱え、雨乞いでもするかのように頭を上下させていた。その中には、彼の父も同じような行動をしているのが見えた。
「……父さま?」
「――我らが神よ、欲望と虚無を司る神よ。我が一族の祈りに答え、救いを与え給え……」
「「救いを……」」
仮面の人物達が祈りを続けると、コウの身体が淡い光を帯びていく。同時に、コウの身体に凄まじい痛みが走った。
「――!痛、痛い……!」
「今こそ姿を現せ、器を満たせ……虚無に満ちた現世に、一筋の光を――」
「くっ、あ、あぁ……」
コウは身体を抑えて蹲る。その痛ましい姿を見て、コウの父は目を見開いて思わず立ち上がり……周りの人物達に止められる。
「離せっ……!コウ!コウっ!!」
「「救いを……」」
仮面の人物達の声には感情がなく、虚ろな様子でコウの父を羽交い締めにする。やがて、光は徐々に強くなり……一瞬だけ光の柱が生まれ、そしてすぐに消えた。しかしコウはまだ苦しみ続け、悲痛な声を上げている。それを見て、コウの父は再び叫ぶ。
「コウっ!!」
「あ、ああぁ……がっ……」
「おお……!ついに、我らが神が……!」
仮面の人物がそう呟くと同時に――その仮面が吹き飛ばされる。その場にいた人物も、仮面を吹き飛ばされ、その顔を露わにする。……全員の視線が、苦しむコウに向いていた。祭壇の近くにいた仮面の人物が、呆気に取られたような声をあげる。
「……は?今、何が……」
「――ああ?なんだこりゃ。俺……どうなってんだ?」
――その声は祭壇の上から聞こえた。……そこには、黒く禍々しい翼を広げた、小さな異形の怪物が宙を浮いていた。それを見た人々は、驚いたような声をあげる。
「悪魔だ……!」
「何だと!?悪魔!?……そんなはずはない!儀式は確実に成功して……!」
「コウ……!?」
人々が騒ぐ中、コウの父は祭壇の上にいたはずの息子の姿がないことに気がつく。彼は自分を拘束する人々を振り払うと祭壇の側に行く。祭壇にしがみつき、その上を見渡す。
「コウ……!どこだ、コウ……!」
「――ん?俺を呼んだか?」
顔を上げると、異形の怪物が自分の直ぐ側まで来ていた。思わずコウの父は後ろに飛び退くが、聞こえてきた声に目を見張る。それは、彼にとって聞き覚えのあるものだった。
「コウ……?」
目の前の怪物を見て、彼は呟く。なぜならこの怪物の声は、自分の息子にそっくりだったのだ。コウの父が唖然として怪物を見ていると、怪物の姿がグニャリと歪み、元のコウの姿になる。
「……コウ!?無事、だったのか……!?」
「無事……?俺、なにかあったのか?そう言われてみれば、なんか気持ち悪い、ような……?」
コウは頭を抑えて、その場で蹲った。その時――突然声が聞こえた。
「あ、悪魔が、喋った……!?」
コウの父とコウ――の姿をした者――は、声の主――顔を晒している仮面の某を見る。彼はコウを見ると、青ざめた顔でこう言った。
「お、おい!そいつを始末しろ!悪魔憑きはこの一族には必要ないっ!」
「始末しろ、だと……!?一体何を言ってるんだっ!この子は僕の息子だ、もう二度と手出しはさせないぞっ!」
コウの父はコウを胸に抱き、仮面の某から距離を置く。仮面の某は、更に声を荒げて叫ぶ。
「よ、良いのか?悪魔を庇うということは、我らが神を愚弄するということ……二度と一族の敷居は跨がせぬぞ!そうなれば、貴殿が生きていく事はできまいっ!」
「それがなんだっ!僕には愛する家族がいる。前からこの名前が嫌だったんだ。忌まわしい####の名がっ!僕はお前らと縁を切る!――この家に従っていた僕が、馬鹿だったんだ!」
コウの父は蹲るコウを胸に抱いたまま、持っていた仮面を仮面の某に投げつけた。仮面の某は「ぎゃっ」と声をあげて気を失う。コウの父は仮面の某から視線逸らし、そのままの勢いでその場を離れた。
――祭壇から離れ、町中に駆け出した男性は、路地裏に腰を下ろした。自分の腕の中では、息子が小さな寝息を立てて眠っている。その姿を見て、男性は安堵の息を吐き――同時に、息子をあんな目に合わせた自分に対する怒りが湧いてきた。
「僕が、馬鹿だったんだ……!父さんの圧に負けて、コウを連れて行ってしまったから……!」
男性は涙を流し、コウを優しく抱きしめる。数分前までの馬鹿な自分を殴ってやりたい。そんな思いが胸に溢れ、男性はすすり泣いた。
「……こんな僕に、家族を支える資格はない。家も捨ててしまった……彼女も、見損なうだろうな……」
脳裏に自分の妻の姿が浮かんでくる。同時に、二人の娘の姿も。今の自分が、彼女達の前に堂々と立てるのかと問うと……その答えは、否だった。
「でも、この子だけは……!」
これは、自分一人で背負わねばならない罪だ。自分の一族と縁を切ったとはいえ、彼らは必ず自分と息子を狙ってくる。そうなってしまえば、妻や娘にも迷惑がかかる。
「……こうするしか……ない」
男性は携帯を取り出し、素早く電話番号を入力して電話をかけた。電話はすぐにかかり、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「もしもし。……今、来れるかい?ちょっと話したいことが……」
男性の声色は、決意が込められたものだった。




