第二十話 鏡写しの存在
「う、うーん……」
――頭がぼんやりとする。意識がはっきりとせず、身体に思うように力が入らない。私――ビャクヤはそんな身体を気遣いながら、ゆっくりと身体を起こす。
「ここは……どこだ?」
私の視界には、見覚えのない町並みが広がっていた。明らかに建物は日本のものではなく、間違っても私の家の近所などではないことが分かった。しかし、こんなにも建物が並んでいるのに、人の姿は全くない。何故、私はこんな所に……?
「……!そうだ、青い勾玉……」
確か、母さんとアカリが言い争うのを仲介しようとした時、あの青い勾玉が光って……
「……っ!母さん、アカリ!?」
辺りを見渡すと、近くにアカリが倒れているのが見えた。私は二人の側に行き、身体を揺する。
「起きてくれ!アカリ……!」
「……んぇ?もう、なんなのビャク姉……まだ朝早いよ……」
「あ、アカリ……!良かった、無事みたいだな……」
すぐにアカリが目を覚ました事に安堵し、どっと身体の力が抜ける。……少し寝ぼけているような事を言っているのが気になるが、とりあえず私達は生きているようだ。
「……?……ええ!?ここどこ!?」
ようやく状況を理解したアカリが、周りを見渡しながら騒ぎ出す。私も改めて周りを見渡してみるが、やはり、ここがどこなのかはさっぱり分からない。
「……なんなんだ、ここは……?」
「――ここは、裏世界ですよ、ビャクヤさん」
「え?……うわっ!?母さん……!?」
聞こえてきた声に振り返って見ると、そこにはスーツ姿の母さんが立っていた。先程まで私服姿だったはずだが……?
「か、母さん、その姿は……?」
「ただの仕事着ですが?」
「い、いや、母さんはさっきまで普通の服装だったじゃないか」
「普段から持ち歩いているんですよ。いつ仕事に呼び出されるか分からないので……あ、もちろん私は、家にまで仕事を持ち込むつもりはないのですが」
一体母さんは何を言ってるんだ?というか、いつもの母さんと随分様子が違うような……
「……ビャクヤさん、アカリさん。怪我はありませんか?」
「あ、ああ……」
「特に怪我はないけど……どうしたの母さん?すっごい怖い顔してるよ?」
母さんは険しい顔で私達を見て、剣呑な雰囲気を発している。……本当にどうしたんだろう、母さんは。いつもは穏やかで優しい人なのに……
「……ごめんなさい。少し、気が張っていたみたいですね」
母さんは少し深呼吸をして、平静を保とうとする。母さんは少し表情を和らげ、私達の頭を撫でた。
「……安心してください。ここは少々厄介な所で……二人は絶対に、私が守りますから」
「厄介って……母さんは、この場所を知っているのか?」
私が聞くと、母さんは落ち着いた様子で答えてくれた。
「……ここは、私達のいた世界とは異なる世界。私達はここを、「裏世界」と呼んでいます」
「裏世界……?」
「……裏世界は、この世ならざるものが徘徊する、闇で構成された場所……本来なら、常人が来ていい場所ではありません。要するに、危険な場所ということです」
……危険な場所……いや、危険な異世界か。もしかしたらここは、この前アカリと一緒に歩いたあの霧がかった場所と似た場所なのかもしれない。……摩訶不思議な話だな。というか、なんで母さんはそんな事を……?
「ねぇ、母さん?なんでそんなに詳しいの?あと、あの青い勾玉のことも知ってるみたいだし……母さんは、何者なの?」
アカリが私の気になっていた事を代弁する。……そうだ、母さんはあの怪しい勾玉の事も知っているようだった。母さんがそんな出鱈目な事を言う人間にはとても見えないが……おそらく、母さんはまだ何かを隠している。私がアカリと一緒に母さんを見つめると、母さんは毅然とした態度でこう言った。
「そういえば、二人には、私の仕事を伝えていませんでしたね。……私は、秘密結社ファイブカラーの異世界部署の一員なのです」
「秘密……結社?異世界部署……?」
……漫画や小説で出てくるような言葉が出てきたな。でも、母さんの様子から見ても、冗談を言っているようには見えない。私はとりあえず、母さんの話を聞くことにした。
「アカリさんが持っていた、あの青い勾玉……≪ミラード≫を私達の世界から根絶することが、私の使命なのです」
「ミラード……?」
「あれは世界をつなぐ橋の残骸。私達人間の記憶を読み取って糧とする、闇から生まれた怪物です。あの勾玉は、ミラードの卵……その卵を破壊するのが私の仕事です」
母さんはそう言って、左手に青い勾玉を持ってこちらに見せる。青い勾玉を見て、アカリは声をあげた。
「……!?なんで、母さんがそれを持ってるの!?返して!それはコウ君なんだよ!?」
「……いいえ、違います。これはコウさんではありません。これは――」
母さんは勾玉を高く放り投げ、どこからか取り出した刀を鞘から抜き――目にも止まらぬ速度で勾玉を薙いだ。その一瞬の出来事に、私とアカリは目を丸くする。真っ二つになった勾玉は地に落ち、灰のようになって消えていった。母さんはそれを見て息を吐き、視線を鋭くして言った。
「――私達を脅かす……害虫です」
その時の母さんの声は、今までに聞いたことがないほど冷たいものだった。
「……嘘……母さん、コウ君を斬ったの……?」
呆然としているアカリを見ながら、母さんは刀を腰に下げた鞘に収める。初めて見る母の姿に、私は言葉を失っていた。
「……アカリさん。あれはコウさんではありませんよ。確かに声はそっくりでしたが、あれは人に化ける力を持った怪物の卵です。あのまま卵を持っていれば、あなたが危機に脅かされるかもしれなかったのですよ」
「そんなのどうでもいいよ!あれは誰がどう見てもコウ君だった!返してよ、僕のコウ君を!」
「アカリさん……」
アカリは余程あの勾玉に入れ込んでいたのか、悲痛な表情を浮かべて母さんに掴みかかる。母さんは少し悲しそうに眉尻を下げながら、視線を逸らす。
(……互いに一触即発だな。でも、どちらに味方しても、状況の解決にはならない……どうにかして、仲裁できるといいんだが……)
二人の様子を見ながら、一人そんな事を考えていると……ふと、聞き覚えのある声が響いた。
「――対象を、発見」
「……!?」
その声に、私は振り返った。――そこにいる者の姿を見て、私は目を見開いて驚いた。
「コウ……?」
それは、コウだった。小柄な体躯に年齢よりも幼く見える顔。私の記憶の中にあるそのままのコウがそこにいた。
「コウ君……!?さっき、斬られたんじゃ……!」
「……いいえ、違います。この気配……あれもミラードですね」
アカリは戸惑いながらコウを見つめ、母さんは警戒心剥き出しに刀に手を添えた。そんな二人を他所に、コウの姿をした何者かは、虚ろな表情でボソボソと喋りだす。
「記憶の読み取りを実行――実行の結果、裏世界0001の個体ではないと判断。個体番号037、これより殲滅を開始する」
何かを言い終わった様子の何者かはその姿をグニャリと歪め、黒い鎧を纏った兵士に姿を変えた。それを見て、アカリは再び驚きの声を上げる。
「……え!?姿が、変わった……!?」
「二人共、下がっていてください!ここは、私が……!」
母さんがそう言うと同時に、黒い鎧の兵士は凄まじいスピードで母さんに迫り、剣を振り上げる。その動きが予想外だったのか、母さんは動きが遅れ――――それを見た時、私はすぐに足を動かしていた。
「母さん!」
「えっ――きゃあっ!」
私は母さんの腕を掴み、兵士と反対側に母さんを引っ張った。その瞬間に、私の左腕に痛みが走る。
「っ、あああああっ!」
「ビャク姉!?」
「――ビャクヤさん!?まさか、私を庇って……!」
私は痛みに耐えながら左腕を見る。……左腕には深い切り傷が生じていて、血で真っ赤に染まっていた。それを見た瞬間、思わず顔が青ざめ、息が荒くなる。しかし、その感情をぐっと堪え、私は母さんの方を見た。
「っ……怪我はないか、母さん?」
「それはこっちの台詞です!なんで、そんな無茶を……!」
「さぁな……っ、身体が、勝手に動いたんだ……」
「喋らないでください……!今、手当をしますから……!」
「二人共!そんな事してる場合じゃないって!あいつ、まだこっち見てるよっ!」
アカリの言葉通り、黒い鎧の兵士は首だけこちらに向け、次の攻撃の機会を伺っているようだった。さっきのをもう一度やられたら……今度は、腕がなくなるかもしれない。いや、それ以上に……三人共、殺されてしまうかもしれない。
(……すまない、コウ……私は、やっぱりお前のようには……)
目の前の状況に思わず生を諦めかけたその時……兵士の近くに、一筋の光が走った。
「――≪壊滅刃≫っ!!」
一際大きな声が響き、光は派手な爆発音を鳴らす。辺りが煙で包まれ、私は思わず右手で顔を覆った。
「カッカッカ!まだここにいたか、ミラードよ!相変わらず、骨のない奴であるな!」
高らかに笑う声が聞こえると同時に、煙が徐々に収まっていく。――やがて、煙の中から、一人の少女の姿が現れた。
「まだ足りぬ!もっと、もっとだ。このオリーリヤに、より強き者を持ってこいっ!!」
少女はそう言って、左腕を空に掲げた――




