第十九話 もたらされる災厄
ギルドに戻ってきたわたし達は、報告をしに受付嬢の元へ。――何人か負傷している人が介抱されているのを見て、魔物の被害は尋常ではないことが分かった。わたしは彼らから目を逸らし、受付嬢に声をかける。
「あ、シェリィさん……お帰りなさい」
「……町の西側に巣食うリザードマンと、ワイバーンの突然変異個体を討伐したわ」
「討伐報告ですね。カードを確認します……はい、討伐が確認されました。後ほど、報酬を支払わせていただきます……お疲れ様です」
受付嬢は何度も冒険者の受付をしたのか、とても疲れているように見える。それでもきちんと仕事をこなすのは、流石冒険者ギルドと言うべきかしら。こういう緊急事態では、国の騎士団より、冒険者の方が駆り出されるからでしょうね。きっとまだまだ仕事が残っているんでしょう。……どうか、無理して倒れたりしないことを願うばかりだ。
「……それにしても、流石高レベル冒険者ですね。既にいくつかのパーティーは討伐から戻ってきましたが、傷一つなく戻ってきたのは、シェリィさん達が初めてです」
「……まさか、死傷者が……?」
わたしの言葉に、受付嬢は目を伏せる。その反応を見て、わたしは苦痛に顔を歪めた。……突然変異した魔物はどうやら、相当被害を及ぼしているらしい。わたしにとって、大半の冒険者はただの同業者でしかないが、その同業者の死というのは、心にくるものがあった。そんな事を考えながら俯いていると……ふと、声が聞こえた。
「シェリィ……?お前、生きてたのか……?」
それは聞き覚えのある男の声だった。わたしは顔をあげて、声の主の方を見る。わたしはそいつを見て――視線を鋭くした。
「……あら、リョウマじゃない。わたしに何か用かしら?」
そいつは、わたしをパーティーから追放した男だった。彼は腰に白い槍を下げ、装飾が施された鎧を身に着けている。あの時と全く変わっていないその姿は、今はどこかやつれているように見えた。リョウマは顔を俯かせ、弱っているような声で喋る。
「いや、すまん……見覚えのある顔があったもんで……」
「……一人?仲間はどうしたの?」
自分で言って、わたしはその異変に気づいた。いつも彼についてきているはずのパーティーメンバーが……一人もいない。わたしの指摘を聞いたリョウマは、苦い顔をした。
「……殺された。グランドスネイクの突然変異個体に皆食われちまった」
「……!?嘘……!?」
確かこいつのパーティーは、女魔道士と女僧侶、そして盾役の女戦士がいたはず。一応それなりの交流はあったが、そこまで深い仲ではなかった。その人たちが……皆?
「何やってるのよ……!あんた、パーティーのリーダーでしょ!?何一人で帰ってきてるのよ!」
「仕方がなかったんだ!俺の武器じゃグランドスネイクを倒せなかった。それで皆俺を守ろうと、俺を庇って……!せめて報告をしようと……!」
「信じられない!あんたのことだから、どうせ仲間を盾にしたんでしょ!わたしを追放した時みたいにっ!」
「……っ!」
リョウマは青ざめたような顔をして、膝をついた。……え?何、この反応……?こいつ、こんなに弱々しいやつだっけ……?
「……それならまだマシだった。でも、メリルも、セイアも、ミアも……「私達よりあなたの方が重要」って言って、グランドスネイクを引きつけようと……皆は一瞬で食われて、俺は必死に逃げて……」
リョウマは涙を流し、絶望の表情で床に手をついた。……確かに三人はリョウマに好意を抱いていたみたいだけど、そこまでだったなんて……わたし、無神経な事を言ったかもしれない。
「……ごめんなさい。事情も知らずに……」
「いや……いいんだ。全部俺が悪い。お前を追放したのも、三人を見殺しにしたのも俺だ……本当に、本当にごめん……ごめんよ……俺が、もっとしっかりしていれば……」
リョウマはそう言って、蹲ってしまった。……なんだか、責める気も失せた。こいつにこんな殊勝な態度ができた事も驚きだが、仲間の死を間近で見た人を、これ以上責める気にはなれなかった。
「……許してほしかったら、早く立ち直るのね」
わたしはわざとそう呟いて、彼の側から離れた。わたしはかつての仲間の追悼というように瞳を閉じ……リョウマの情けないその姿を、脳裏から消すように足を進めた。
「……首尾は上々だな」
とある火山の噴火口。そこに、神秘的なローブを纏ったくすんだ銀髪の男――ホロウが立っていた。彼は右手に一部が赤く染まった白い剣を持ち、山の麓を見下ろしていた。
「私の眷属も、随分と数が増えた……流石は、悪魔の力と言うべきか」
彼は左手に白く輝く魔力球を生み出し、恍惚とした表情で眺める。それを空に掲げると、彼の近くに白い魔物の軍勢が現れた。突然変異個体の魔物だ。生み出された魔物は地を這い、空を飛び、海を泳ぐ。それはまるで終末世界のような、悍ましい光景だった。
「いいぞ、そうだ。全てを破壊しろ。この世界を崩壊させるために……!」
彼の瞳が獰猛に輝く。最早彼には、日本人を異世界に転生させていた時の、優しく慈しむような笑みは浮かんでいなかった。ただ己の野望に支配された、残忍な笑みがそこにはあった。
「――虚無龍はこちらにある。万が一私の計画が止められても……奴は止められまいよ。フ、フハ、フハハハハ……!!」
誰も存在しない噴火口に、彼の笑い声だけが響いていた。




