第十八話 変異
――目が覚めたら、俺――####コウは、見覚えのない場所に倒れていました。そこはどこか部屋のような場所でしたが、俺を起こした人によると、俺はここで暮らしていたそうです。……どういうことでしょう?俺はこんな殺風景な部屋で過ごしたことはないのですが。というかそもそも、俺はあの時の事故で死んだはず――
「――コウ?入ってもいいかしら?」
「は、はい。どうぞ」
ノックと共に聞こえてきた声に、慌てて返事をします。すると、部屋の中に青髪の綺麗な女の人が入ってきました。彼女の名前はシェリィ。俺の、パーティーメンバーというものらしいです。ゲームで聞いたような言葉ですが、俺はそう言われました。
「……具合はどう?」
「えっと、大丈夫です……特に、悪い所はございません」
「本当に?何かあったら、隠さずに言って?わたしが、絶対に何とかするから」
「あ、ありがとうございます」
シェリィさんは、ベッドで横になっている俺の前でぐっと拳を握り、決意を示しました。……目覚めてすぐに、状況が理解できなかった俺は、シェリィさんと……もう一人、ワダツミさんという人に助けられ、こうして宿屋で過ごしています。持病が発症した時はどうなることかと思いましたが……二人のおかげで、今はなんとかなっています。
「……っ、痛っ……」
「っ!どうしたの、コウ!?」
「す、すみません……ちょっと胸が痛くなって。と、特に問題はありませんから」
「……そう。無理、しないでね。わたしはそろそろ行くけど、何があってもすぐに駆けつけるから」
「は、はい。お気をつけて……」
俺がそう言うと、シェリィさんは名残惜しそうに部屋から出ていきました。……また、迷惑を掛けてしまいました。
「……この病気が、なければ……」
――俺のこの持病が発症したのは、幼少の頃から。そこからずっと、俺はその病で身体が弱り、外に出ることは出来ませんでした。どうやら心臓が弱っているらしく、少し無理をすれば死に至ることもあると。今までは、ベリルが抑えてくれたから問題はなかったのですが、どういうわけか、俺の持病はまた再発してしまいました。ベリルに理由を聞こうとしても、全く返事は返ってこず、俺はこの宿屋という場所で寝たきりになってしまいました。恩人であるシェリィさんやワダツミさんに、何も恩返しすることができないのは、歯がゆい思いです。
「……ベリル」
俺は自分に眠る彼の名前を呼びます。しかし、返事はありません。昔と同じように……誰の助けになることもできません。俺はため息を吐いて、やるせない気持ちでベッドに倒れ込みます。
「……情けない」
その呟きは、とても弱々しいものだった。
……コウの部屋を後にしたわたしは、ワダツミと一緒にギルドに来ていた。今、ギルドや冒険者は大騒ぎだ。――突然変異した魔物が各地に現れ、≪魔物暴走≫が起ころうとしているらしい。わたしも魔物を止めるため、ワダツミと共に戦っている。二人だからか大した成果は出ていないが、それでも、町の治安維持くらいにはなっている。
「……シェリィ、コウの調子はどうだった?」
「……まだ、記憶は戻らないみたい。それに、体調も、悪いみたいで……」
ワダツミの言葉に、弱気な返事を返す。――あの日、コウが記憶を失ってから、コウの調子はみるみる悪くなっていった。何か病気にでもかかったのか、身体の動きが鈍くなり、よく胸を抑えて蹲る。本人は大丈夫だと言っていたが、わたし達の事も全く思い出せないのか、ずっと他人行儀な感じだ。
「……コウの悪い噂は流れていない。元気を出して、シェリィ」
「そうね……そう、よね」
このギルドの中に、あの日の悪魔のようなコウを噂する人間はいない。理由は、あの時襲われていた女性のおかげだ。最初は皆、コウを恐れていたが、彼女の一言で、雰囲気は変わった。
「……あの子は、あたしを助けてくれたんです!悪い人なんかじゃありません!」
その一言のおかげで、少なくとも、その場でコウへの恐れを煽るような陰口はでなかった。コウが今ギルドにいないというのも大きい。彼を話題に出している人は、今ここにはいない。それだけでも、わたしの精神的に助かる。
「……魔物、倒しに行こう?」
「ええ。行きましょう」
今、この町には危機が訪れている。せめてコウがこれ以上危機にさらされないように……わたし達は、戦うしかないのだ。
わたしとワダツミは、町の近くの草原で魔物の軍勢を食い止めていた。
「ギャギャギャ!」
「ギャッ、ギャッ!」
「――ワダツミキック」
ワダツミの蹴りで、リザードマンの群れが一部吹き飛ぶ。今、わたし達は突然変異したリザードマンを相手している。通常のリザードマンとは違う、白いリザードマンだ。彼らは本来、単独で行動することの多い魔物だが、この白いリザードマンは群れをなして行動していた。
「≪ファイア≫!≪ライトニングソード≫!」
わたしは左手から大きな火球を放ち、右手に持つ剣に雷を纏わせて斬りかかる。剣で斬られたリザードマンが灰となり、火球の当たったリザードマンは悲鳴をあげた。
「ワダツミ!」
「了解。――ワダツミレーザー」
悲鳴を上げていたリザードマンは、ワダツミが手から放った光線で灰となる。……毎度の事だけど、ワダツミは珍しい攻撃をするわね。やっぱりゴーレムだからなのかしら?
「まだ敵がいる。油断しないで、シェリィ」
「えっ、でもリザードマンは……」
「突然変異個体の魔物を確認。白いワイバーン。上空から襲来」
「キュルルルル!」
ワダツミの言葉通り、上空から白いワイバーンが襲いかかってくる。わたしはワイバーンの攻撃を躱し、剣を構え直す。
「なんで、ここにワイバーンが!?」
「……もしかしたら、リザードマンの狩った獲物を、横取りしようとしていたのかもしれない」
ワイバーンは知能の高い魔物だ。加えて強さも並の魔物とは違う。駆け出しの冒険者ではまず敵わない。
「ワダツミ、強化魔法を掛けるわ。あなたの身体能力なら、アイツを叩き落とせるわよね?」
「無問題。あの程度、ワダツミなら楽勝」
「じゃあ、いくわよ……!≪強化≫!」
ワダツミに強化魔法を掛けると、彼女は一瞬のうちに高く飛び上がり、ワイバーンのすぐ近くまで迫る。ワダツミは身体を回転させ、その勢いを利用して蹴り技をくらわせる。
「――ワダツミキック」
蹴り技の衝撃で、ワイバーンは地に落ちる。わたしは剣を持って走り、剣に魔力を込める。
「≪マジカルソード≫!」
魔力を込めた剣でワイバーンに斬りかかり、首や翼を落とす。その瞬間、ワイバーンは灰となった。
「ふぅ……なんとかなったわね」
そう呟いて剣をしまうと、すぐ近くにワダツミが着地した。彼女はあんな大技を繰り広げたというのに表情一つ変えず、わたしの元に戻ってくる。
「生体反応はもう感じない。お疲れ様、シェリィ」
「ええ、お疲れ様。……早くこの場を離れましょうか。また、魔物が寄ってくるかもしれないわ」
「了解。……それにしても、シェリィは凄い。とても、パーティーを追放されたとは思えない腕前」
「……追放したあの男がクズだったのよ」
……今でも思い出せる。わたしを追放したあのクズみたいな男を。名声と女の事しか考えていない彼が、まだ無知だったわたしをずっと利用していたことを。今では、抜けて正解だったと思う。そしてその先でわたしは――仲間に出会えたんだから。
「さて、無駄話はここまでにして戻りましょうか」
「了解」
わたしは思考を断ち切り、シェリィを連れてギルドに向かった。




