第十五話 神の使徒
オリーリヤと名乗った少女は、一歩、また一歩と怯える女性の元へ歩みを進めていく。オリーリヤの発している異様な雰囲気のせいか、周りの人は近づけないようだ。このままだと、おそらくあの女性は殺される。
「やめ、止めて!あたしは、何もしてない!」
「うん?アイツの眷属如きが、言葉を発するとはな。アイツも力がついてきたということか!カッカッカ!」
女性が声をあげても、オリーリヤという少女は歩みを止めず、それどころか愉快そうに笑い声を上げる。……というか今、なんて言った?アイツの眷属……?
(……あの女性の持っている武器は、俺の持っている剣に似ている……つまりはあの人も転生者だ。ということは、あのオリーリヤという少女も……?)
あの二人はおそらく、願いを叶えるために虚無龍を追っているのだろう。つまり、オリーリヤはライバルを減らすためにあの女性を殺そうとしているんじゃないか?
(……好都合だ。あの場で潰しあってくれれば、俺も助かる。あの二人に見つかってややこしくなる前に、さっさと身を隠そう)
そう思って、隣にいるワダツミに声を掛けようとしたのだが……彼女の姿はなかった。代わりに、聞き覚えのある声が耳に響いた。
「ちょっと、止めなさいよ!」
聞こえた声に振り返る。そこには、女性を庇って立っている青髪の少女……シェリィの姿があった。シェリィは女性の前に立ち、オリーリヤを睨んでいる。
「おや?随分と可愛らしい奴が出てきたなぁ?もしかして、俺様の邪魔をしようとしてるのかぁ?」
「わざわざ人が殺されるのを、見過ごすわけがないでしょ?」
「カッカッカ!やはり人間は面白いな!だが……そこをどけ、小さいの。そいつはこの世に存在しちゃならぬのだ。今なら貴様は見逃してやるから、疾く失せるがいい」
「嫌よ!彼女は絶対に殺させないから!」
「シェリィ、ファイト」
……目眩がしそうだった。どうやらシェリィは、あの襲われている女性を庇うつもりらしい。いつの間にかワダツミもシェリィの側にいるし……ああもう、上手くいかないな!もういっそのこと、一人で逃げるしか……
――本当にそれでいいのですか?
「……!?」
耳に声が響いてきた。辺りに視線を動かすが、声の主らしき者は見当たらない。そんな事をしている間にも、声はどんどん大きくなる。
――人を見捨ててはなりません。
――仲間を見捨ててはなりません。
――誰かのために生きるのです。
「う、ぁ……!」
うるさい。うるさいうるさいうるさいっ!俺に指図するな!あいつと同じ声で喋りかけてくるなっ!
――ほら、あなたの仲間が殺されてしまいますよ。
「……残念だ。貴様みたいな勇気ある戦士を殺さなければならぬとはなぁ」
「……っ!……掛かってきなさい。ワダツミ、いけるわね?」
「無問題。ワダツミのコンディションは絶好調」
――あの二人ではあの少女には勝てません。だから……
「黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
瞬間、俺はオリーリヤの方に向き直り腰から白い剣を抜く。耳に響く声を掻き消すように、俺は呪文を唱えた。
「≪宝物≫っ!!」
身体の中に力が溢れる。剣が淡い光を帯びる。それだけ確認すると、俺は衝動のままにオリーリヤに向かって斬り掛かった。
「……なっ!?眷属がもう一人……!?」
「はぁぁぁぁぁ!!」
剣を振るうと、オリーリヤは左腕でそれを受ける。俺は身体を回転させて剣を引き、一瞬の隙に回り込む。そのまま奴の無防備な懐に向かって斬りかかる。
「ぐはっ!?おのれ、≪眷属の剣≫か……!」
「ぁぁぁぁぁあああ!!」
「ぐっ、がぁ……!?」
怯む彼女に向かって斬りかかる。少女の身体に一筋の切傷が生まれ、俺の剣が赤い血に染まる。それを見て、俺は少し口角をあげた。
「ははっ……!」
笑い声が漏れる。身体の高揚感が止まらない。もう耳にあの声は響かない。なんて、なんて気分がいいんだ。……そうだ、これが生きてるってことか!
「くっ……悪魔の眷属が……!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
もう一度剣を振るう。しかし、オリーリヤはそれを飛び退いて躱し、左腕を構えながら俺を睨んだ。
「……今回は俺様の負けだな。しかし、次は俺様が勝ってやる!覚えていろよ!この借りは必ず返す!」
オリーリヤは捨て台詞を放つと、瞬きの間に姿を消した。同時に、俺の身体から力が抜けていく。しかし、前から倒れるなんて事はなかった。
「こ、コウ……?」
「……?」
聞こえてきた声に首を傾げる。シェリィの声だ。いつもなら元気に声を掛けてくるはずだが、彼女の声は曇っていた。振り返って見ると、彼女は困惑したような表情を浮かべていた。それが不思議で、俺は頭に疑問符を浮かべる。
「……どうか、しましたか?」
「なんで……笑ってるの?」
「え?」
言われて、俺は顔を触る。――口角が、少し上がっていた。俺は笑っていた。この身体に溢れる高揚感が……収まりきっていなかった。何故か、俺は背筋が凍るのを感じた。
「こ、これは……」
――なんだ?今、何を言おうとした?そう思って、俺は口を閉じた。おかしい。なんでこんなことになっている?俺が――弁解しようとしているなんて。俺は、何もおかしな事をしていないのに。
「……化け物」
「……!」
今、誰かの声が聞こえた。俺の事を化け物だと言った。周りに視線を向けた。誰も、俺を称えるような視線を向けていなかった。その瞳に宿るのは、皆がオリーリヤに抱いていたものと同じ……恐怖だ。
「……っ!」
俺は視線を逸らした。血に塗れた剣を腰に下げて、ギルドの出入り口まで走り出した。誰にも今の俺を見られたくなかった。
「コウ!」
後ろから、シェリィの呼ぶ声が聞こえた。だが俺は振り返らなかった。振り返れなかった。
――俺はバクバクする心臓を抑えながら、宿屋に向かって走っていった。




