第十三話 仲間
二人の助けもあって、ようやくわたしはギルドまで戻って来ることができた。まだ足の震えが収まらず、わたしはコウに椅子に座らせてもらった。
「……ワダツミ。シェリィの代わりに報告をしておいてくれませんか?もちろん、グラストレントのことも」
「了解」
ワダツミは短く返事をして、ギルドの受付に歩いていった。コウは軽く安堵の息を吐いて、わたしの座る反対側の椅子に腰掛けた。互いに沈黙し、気まずい雰囲気が流れる。……そんな雰囲気の中、わたしは口を開いた。
「その……ありがとう。助けてくれて」
「困ったときはお互い様です。それに、俺達はパーティーメンバー……つまり、仲間じゃないですか」
コウはそう言って、わたしに笑いかけてくれる。わたしは巻き込んでしまった罪悪感から、顔を逸らした。
「……わたしを、責めたりしないの?」
「責める必要がありますか?シェリィはただ薬草採取の依頼を受け、たまたまグラストレントに襲われただけです。悪いことなど一つもしていないでしょう?」
「でも、勝手に行動して、死にかけるなんて……!」
「ギルドの人に聞いたのですが、グラストレントは本来あのような場所にいる魔物ではないのでしょう?シェリィは事故に巻き込まれただけ。俺はあなたを責める資格なんてありませんよ」
……恥を押し込んで自分の欠点を述べても、コウはその度にわたしを庇う。前にいたパーティーとは……全然違う。前のパーティーでは、失敗したらただ理不尽に責められるだけだった。だからわたしは気にも留めなかったのだが、今のこの状況とは全く違う。コウはわたしの失敗を聞いても否定の一つもしない。それどころか、わたしは何も悪くないというのだ。それがなんだか情けなくて、申し訳なかった。
「どうして、そんなに優しくするの?」
「優しくしているように見えますか?」
「だって!わたしが勝手に行動して、魔物に襲われて……!挙句の果てには、勝手に死にかけたなんて!ただの馬鹿でしょう?馬鹿って言ってよ!」
わたしは拳で机を叩いた。そしてハッとした。違う。こんな事が言いたいんじゃない。わたしはただ、謝りたくて……
「――言いませんとも。そんなことは」
「え……?」
コウは真剣な表情でわたしを見ていた。わたしは呆気に取られ、拳を抱いて身体を縮こまらせた。コウは声色を低くし、堂々と喋りだす。
「……あなたを蔑んで、何かが変わりますか?馬鹿にされて、いい気分になりますか?俺はそうは思いません」
「……!」
「もし何か言ってほしいのなら、考えを改めることをお勧めします。今のあなたに必要なのは罵倒ではありません。それだけは伝えておきます。……では、俺はここで」
「え……」
「これ以上の会話は平行線でしょう。……また、別の機会に。あと、ワダツミに「宿屋に戻る」と伝えてください」
そう言って、コウは目の前から去っていった。わたしはコウに言われた言葉を脳内で繰り返しながら、ワダツミが来るまで俯いていた。
「……はぁ」
宿屋に戻った俺は、ベッドの上で寝転びながらため息をついた。ため息の理由は、言わなくても分かるだろう。
(……一体何をしてるんだ俺は……コウに変な影響でも受けたか?)
先程のシェリィとの会話で、つい熱くなって強い言葉を使ってしまった。失敗した。俺は説教なんてやるような性分じゃなかったと思ってたんだがな。
(シェリィからはまだ虚無龍の情報を引き出せてない。ここで変に気まずくなって、避けられてしまうのはマイナスでしかないぞ……クソ、今からでも頭を下げに行くか……?)
そうやってベッドの上で身体を丸めていると、ふと、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。俺は身体を丸めるのを止め、ベッドから起き上がって返事をする。
「はい、なんでしょうか?」
「……わたしよ」
「ワダツミもいる」
聞こえてきたのはシェリィとワダツミの声だった。もう夕方になるというのに、なんの用だろうか?
「どうかしましたか?」
「……さっきの話の、続きがしたいの。中に入れてもらえる……?」
「ワダツミもですか?」
「うん。一緒に来てほしいってシェリィに言われた」
……まぁ、特に断る理由もないか。俺は扉の側に向かい、ドアノブを捻って外に視線を向けた。そこには、気まずそうにしているシェリィと、呑気な表情をしたワダツミがいた。
「どうぞ、お入りください」
「え、ええ……」
「突入ー」
シェリィは遠慮がちに、ワダツミは遠慮なしに部屋に入ってくる。俺は人数分の椅子を用意して、机を囲むように並べた。
「よろしければ、こちらへどうぞ」
「おおー。コウ、紳士」
ワダツミが感心したように言いながら、椅子に座る。シェリィが椅子に腰掛けたのを見て、俺も椅子に座った。俺はシェリィに向き直り、比較的穏やかな声色で言った。
「話の続き、聞かせてください。シェリィ」
「……分かったわ」
俯いていたシェリィは顔を上げて、俺とワダツミを交互に見た。彼女の表情は、真剣そのものだった。
「まずは、二人に謝らせてほしいの。勝手な真似をして迷惑をかけて、本当にごめんなさい」
「……謝る必要はございません。あなたが無事で良かったです」
「シェリィはワダツミのママ。守るのが当たり前」
俺とワダツミは寄り添うように返事をするが、シェリィは浮かない顔のままだ。……彼女の中では、まだ罪悪感が渦巻いているのだろう。意外に繊細なのかもしれない。シェリィは浮かない顔をしながらも、はっきりとした声で話を続ける。
「……わたし、焦ってたの。元いたパーティーをクビにされて、いつかあいつらを見返してやるんだって……そのためには、お金を稼がないとって思って……」
「……それで、薬草採取ですか」
というか、パーティーを組んでいたのか。……確かに、出会った頃にそんな感じの事を言っていたような気がする。自分は元高レベル冒険者パーティーの一員だと。
「わたしは、自分の力を過信していたの。一人でも受けられる薬草採取なら、簡単に済ませられる。そう思って依頼を受けた。結果は、失敗に終わったけど」
「シェリィ……」
「それで、分かったの。わたしはどうしようもない落ちこぼれだって。仲間がいないとなんにもできない、ただの冒険者。それが本当のわたしなの」
……シェリィはそう言って、悲しそうに俯く。どうやら今日の出来事は、彼女の自尊心を盛大に貶めたらしい。自信に溢れていた彼女がここまで落ち込んでいる。もしかしたら、これが本来のシェリィの姿なのかもしれない。いつもの自信は、彼女の言っていたように、過信の現れだったのかもしれない。そして、彼女は自分でそれに気づいていた。
「……そこまで、自分を悪く言わなくてもよいのでは?」
「……気休めは要らないわ。それより、ここからが本題なんだけど……わたし、パーティーを辞めようと思うの」
「え……?」
今、なんて言った?パーティーを辞めるだと?……なんで、そんな話になるんだ?――思わず、俺は声を荒げた。
「パーティーを辞めるって……!なんですかそれは!」
俺がそう言うと、シェリィは俯きながらこう言った。
「――わたし、これ以上あなた達に迷惑をかけられない」
それを聞いた瞬間、俺の中で何かがキレた。それが怒りなのか、悔しさなのか、感情の正体は全く分からなかった。ただ、俺の中にある何かが、引きちぎられたような感覚があった。
「……ふざけるな」
「……コウ?」
俺が口から漏らした言葉に、シェリィが不安げに反応した。俺は机に置いた拳を握りしめながら、自分でも驚くくらいに顔を歪めた。それでも、感情が収まることはなかった。
「散々自分勝手に振り回しておいて、挙句の果てに勝手に辞める?ふざけるのも大概にしてください」
「なっ……!?わたしは、真剣に考えて……!」
「はぁ……俺が最初に言ったこと、全く分かってないんですね。俺はあなたを責める気は微塵もないし、ましてや今回のトラブルはシェリィのせいだとも思っていません」
「でも、わたしは落ちこぼれで……」
――落ちこぼれ。その聞くに堪えない言葉を聞いて、俺は腕に込める力を更に強めた。今にも机を叩いてしまいそうだった。……だが、俺はその感情を発散するのではなく、言葉という形に組み替える。
「その「落ちこぼれ」という言葉が気に障ります。シェリィは決してそのような人間ではありません。俺より冒険者としての知識が豊富で、戦いのセンスもある。そんな人が落ちこぼれと言うのなら……俺は、その落ちこぼれ以下じゃないですか……!」
――ずっと惨めだった。コウの裏でベリルとして存在し、ずっとあいつの手助けをしていた。でもその度に讃えられるのはコウであって、俺じゃない。俺が生まれた時も、俺を求める人なんていなかった。姉さんも親も信者共も、誰一人として俺を見やしない。そんなのはもう――耐えられない。
「シェリィは凄い人です。少なくとも、俺なんかよりもずっと。だから……落ちこぼれなんて、死んでも言わないでください」
「……!」
今、俺がどんな顔をしているかわからない。だが、みっともない声色だったことは認める。俺の、最初で最後の弱さだ。シェリィを見てみると、彼女は驚いた表情を浮かべて、その目は少し涙ぐんでいた。
「ワダツミも同意見。ワダツミの目から見ても、シェリィはかなりの実力者。ワダツミと戦っても、勝てる可能性は五十パーセント」
これまで黙っていたワダツミはそう述べて、弱々しい表情をしているシェリィの手を握った。――その瞬間、シェリィの目から涙が溢れた。
「……二人、共……ごめん、なさい……」
「……謝る必要はありません。俺達は、パーティーメンバーじゃないですか」
「同意。シェリィはワダツミのママ。コウもワダツミのママ。この先も変わらない不変の事実」
「う、うん……!ありがとう……ありが、とう……!」
シェリィはしばらくワダツミに宥められながら、涙を流し続けた。俺はその姿を見ながら少しだけ口角を上げるのだった。




