第十二話 異世界の日常
――身体が動かない。まるで手足を鎖で縛られているかのようです。重くて、痛くて、辛い――俺は、どうしてこんな所にいるのでしょうか。
「ああ……そうだ。……俺は、死んだのでしたね」
確か、車に轢かれて……車に?何故、俺はそんなことに?わかりません。何も……
「……誰か、いませんか?」
辺りを見渡してそう呟きますが、応える声はありません。……ベリルの声も、聞こえません。
「どうして、ベリルがいないのでしょう……」
ベリルはもう一人の俺。俺が死んだのであれば、ベリルの声が聞こえないのはおかしいはずですが……
「……あれ……ふぁぁ……眠い、です……」
――突然、眠気が襲ってきました。もしかしたら、身体が疲れているのかもしれません。……眠気に抵抗する力もないまま、俺は意識を失いました。
「……チッ、危ねえ所だったな。またあいつが目を覚ます所だった」
俺は頭を抑えながら顔を歪める。俺はこの世界に来てからベリルとして生きているが、時折こうしてコウの意識が出てきそうになる。やはり主人格を抑え込む事は、簡単にはいかないようだな。
「魔力……だったか。それを使えば、あいつを抑え込めるんだったな……」
俺がこの世界に来て得た力……魔力。それを使えば、精神魔法というやつでコウを抑える事ができる。これもホロウに教えてもらったことだ。
「君はどうやら、二つの心を持っているみたいだね。しかも、君はもう一人の君をよく思っていないようだ……私の術を教えてあげよう。それを使えば、君を一時的に主人格にすることができる」
ホロウはこんな事を言っていた。俺達の事情を知っていたのはどうも気にかかるが、ともかく、それを利用しない手はなかった。それから俺は術を使い、コウを抑え込んでいるのだ。
(唯一の懸念点は、寝てる間は効果が薄まることだな。使う魔力はほんの少しだから魔力が切れることはないが、どういうわけか寝てる間は術が弱まる……チッ)
本当の主人格の力は並のものではない。俺が少し油断すれば、コウが表にでてきてしまう。
「……させるかよ。俺は自分の願いを叶えるんだ」
誰にも譲れない。この身体は俺のものだ。
宿屋を出ると、そこでワダツミが待っていた。……おかしいな、ワダツミはシェリィと一緒に行動していると思ったのだが。ワダツミは俺に気づくと、近くに駆け寄ってくる。
「……おはよう、コウ」
「もうお昼過ぎですが」
「グッドアフタヌーン」
ワダツミはピースをしながら無表情で挨拶をやり直した。俺はため息を吐きながら挨拶を返す。
「こんにちは、ワダツミ。今日も元気ですね」
「うん、元気。魔導回路が火を噴いている」
「それは一周回って不調では?」
「コウも元気そう。キレッキレ」
……会話が進まないな。話題を切り替えよう。
「……ところで、シェリィはどうしたのですか?姿が見当たりませんが……」
「シェリィはクエストを受けにいった。夕方には戻ってくるらしい」
「え、一人でですか?」
ワダツミも連れて行かず、たった一人で……?一人だと、せいぜい薬草採取くらいしか受けれないはずだが……いや、シェリィは自分で期待のルーキーとか言っていたし、一人で魔物討伐に行けるのかもしれない。――クエストは基本的に人数の制限があり、魔物討伐などは最低二人以上じゃないと受けられない。その分効率の悪い薬草採取よりも報酬が高い。……彼女は金に困っていると言っていたし、わざわざ薬草採取に行くとは考え難いが……よし。
「ワダツミ、シェリィの受けたクエストを知っていますか?」
「……わからない。なんでそんな事を聞くの?」
「少し気になることがありまして。場所を知らないのなら、彼女を探すのを手伝ってくれませんか?」
「オーケー。コウとシェリィの命令は絶対。捜索モードを起動する」
シェリィの蒼い瞳が光を放った。そしてしばらくその場で立ち止まり――いや、町中なのに立ち止まらないでほしいんだが。
「あのー……シェリィ?」
「――スキャン完了。シェリィの現在位置を把握。町の近くの森に反応あり」
「……!」
……随分便利な機能を持ったゴーレムだ。町の人からの視線は痛いが。
「今すぐに案内可能。どうする?」
「……お願いします」
俺は町の人からの視線に気づかないふりをしながら、先導するワダツミの後を追うのだった。
――走りながら、息が上がる。後ろを追ってくるアイツの姿を見る暇もなく、わたしは木々を掻き分けながら走っていく。
(まさか、薬草採取の途中にグラストレントに鉢合わせるなんて……!)
――グラストレント。森の中の木々に擬態して獲物を捕食する狡猾な魔物。擬態している姿は他の木と区別がつかず、獲物を見つけると根に擬態した部分を足のように動かし、どこまでも追いかけてくる。
(魔法を撃とうにも、アイツの早さじゃ詠唱の間に追いつかれる……!そうなったら一巻の終わりよ!)
グラストレントは近接戦に優れ、枝に擬態した部分で獲物を絡め取り、丸呑みする。枝に絡め取られたら並の力では引き剥がせない。私のように魔法を主体として戦うスタイルでは相性が悪い。せめて、誰かが引きつけてくれれば……!
(……もう、駄目……!足が……!)
ずっと走り続けて足首が痛い。振り切ろうにも、グラストレントの追いかけてくるスピードが意外に早く、距離は離れない。このままではわたしの体力が先に尽きる。
「あっ……!」
考えながら走っていたせいなのか、わたしは少し足をもつれさせてしまい、躓いた。すぐに体勢を立て直すが、その間に、グラストレントが目の前に迫っていた。
「……!」
まずい。このままではやられてしまう。グラストレントの枝が直ぐ側まで迫っている。――時がゆっくりと流れているように感じた。
(嘘でしょ?わたし、ここで……!)
思わず死を覚悟した。わたしはここであいつらに吠え面をかかせることもできずに死ぬの?……嫌だ。そんなの嫌だ……!何か、方法が……!
(無理……!魔法の詠唱も間に合わない。剣も使えない……!)
内なる私が冷静に答える。ここで助かる術は……ない。そう考えた時、全身の毛がよだつのを感じた。今まで感じたことのない恐怖が、わたしの胸中を支配した。
(……嫌だ、誰か、助け……!)
そう思って、目を手で覆ったその時――わたしの耳に、轟音が響いた。
「――ワダツミパンチ」
「ヴァァ――――!」
何かが砕ける音が響き、苦しそうなうめき声が聞こえる。聞こえるはずのない音に、わたしは恐る恐る目を開いた。
「シェリィ、発見。目標達成」
「……わ、ワダツミ……?」
そこにいたのは拳を握ったワダツミだった。彼女の近くでグラストレントが身体を抑え、うめき声を上げていた。
「やっと見つけた。動き回るから追いつくのに苦労した」
「な、なんであなたがここに……」
「――俺の指示です」
聞き覚えのある声が聞こえると共に、ワダツミの後ろからコウが走ってくるのが見えた。コウはグラストレントを警戒しながら、地面にへたり込んでいたわたしの前に立つ。
「シェリィが何か面倒なことに巻き込まれてるのではないかと思い、ワダツミと協力してあなたを探していました」
「え……?」
「あとは任せてください。――いきますよ、ワダツミ」
「了解」
ワダツミはコウの隣に立ち、コウは剣を、ワダツミは拳を構える。彼らの前には、怒りを感じているのか、身体を震わせているグラストレントの姿が。
「コウ。グラストレントは剣が通りにくい。そのまま近づいたら食べられる」
「なら、俺は撹乱だけします。その隙にワダツミが何とかしてください」
「丸投げ。でも、それも悪くない」
それだけ言葉を交わすと、コウとワダツミは一斉にグラストレントに向かって走り出す。コウはグラストレントに向かって剣を振るい、奴の注意を引く。ワダツミはその隙に高く飛び上がり、両腕をグラストレントに向けた。
「――≪流星ノ魔導砲≫」
ワダツミの両腕から青く輝く無数の光線が放たれて、グラストレントの身体を焼いた。一瞬にしてグラストレントは黒焦げとなり、灰になる。
「え……?」
目の前の現実離れした光景に、わたしは唖然とした。ワダツミは華麗に着地し、コウが安堵の息を吐いた。
「ふぅ……なんとかなりましたか」
「楽勝。あの程度、ワダツミの敵じゃない」
「俺は結構苦戦したんですがね……というか、なんですかあの容赦のない攻撃は」
「ワダツミの得意技。もっと太いビームも撃てる。見たい?」
「止めておきます。俺が灰になりそうなので」
二人は何事もなかったかの軽口を叩きあう。え、今のってそんな風に流していいの……?わたし、結構命の危機にさらされていたと思うんだけど……そんな事を考えていると、コウがわたしの元に歩いてきた。
「大丈夫でしたか、シェリィ?」
「え、ええ……」
「良かったです。立てそうですか?」
「えっ、と……」
言われて、足に力を入れてみる。……先ほど感じた恐怖のせいで腰が抜けたのか、思うように動けそうになかった。
「ちょっと、手を貸してくれる……?」
「どうぞ」
コウの手を握って、なんとか立ち上がる。その時に少しふらついてしまったが、ワダツミが身体を支えてくれた。少し照れくさかったが、ここは素直に厚意に甘えることにした。
「ありがとう、二人共……でも、どうしてここに来たの?」
「それは俺達の台詞です。なんで一人でクエストを受けていたんですか?」
コウの視線に、わたしは少し顔をしかめた。……確かにわたしは一人でクエストを受けた。仮とはいえ仲間であるコウとワダツミを差し置いて。
「……ただの薬草採取なら、わたし一人でも出来ると思ったの。だってわたしは、高レベル冒険者だもの。それくらい一人で出来なきゃ……あと、お金も稼がなきゃいけないし……」
「……なるほど。ならば尚更、俺達を連れて行くべきだったのでは?」
「……っ」
コウの言葉が耳に響く。……その通りだ。わざわざ危険を犯してまで一人で行動する冒険者はいない。わたしは薬草採取でうっかり深くまで入ってしまったせいで、うっかり死ぬところだった……間抜けね、本当に……
「……本当にごめんなさい。助けてくれて、ありがとう」
「はい。無事でよかったです」
「ワダツミも同意見。生きててよかった」
情けないわたしの謝罪を受け入れてくれる二人。そんな二人の対応に、目頭が熱くなり……気づけば、わたしは顔を片手で覆っていた。




